招かれざる客
4月8日
神流聖は
朝から日暮れまで作業室にいた。
初めての<アンゴラフェレット>
解体工程に時間が掛かった。
山に桜が咲き始め、昼間は寒くない。
雨が4日続いた後の晴天。
山の生き物は活気づいている。
早起きしてソワソワしていたシロは
朝一番に山田動物霊園に連れて行った。
柵の中でトラと遊んでと。
事務所番の悠斗にシロの昼ご飯もお願いした。
そして夕方、シロを迎えにいくと
「セイさん。もうすぐカオルさんが来ます。牧場で太いウインナー買ったそうです」
悠斗は黒いエプロンを着けている。
事務所内の大理石ローテーブルには宅配ピザの箱が積まれている。
「太いウインナー?……普通にソーセージかな(こっちには連絡無いけど)」
「ですかね。それと社長が来ます。ピザは社長が注文したのだと思います」
「へえ……それって偶然?」
「さあ」
薫と鈴子が連携している、と思った。
何にせよ、聖にとっては嬉しいサプライズ。
「6時過ぎたら、いっぺんに寒くなるな」
話の途中で鈴子が到着。
シロとトラを伴って。
今日は橙色のパンツスーツ。
羽織っているカシミアのショールも全く同じ色。
髪の色は緑がかったシルバー。
いつもながらの鮮やかな姿。
しっかり見てしまい、
頭の中で描きかけている<アンゴラフェレット完成予想図>が
どこかへ飛んで行ってしまう。
「悠斗、お客さんや」
続いて薫が到着。
1人では無い……若い男(的場真)を連れて入って来た。
身長170センチ位。小顔でスリム。
手首をカオルに掴まれて、罠に掛かった小動物のように
身体を震わせている。
「霊園のお客さん?」
鈴子は聞いた。
「違います。ひ、あの、す、すみません」
男は腰が抜けたように、へなへなと膝をついた。
「悠斗の親戚ちゃうん? お顔の上半分が似てるで」
「へっ?……自分の親戚、なんですか?」
悠斗は、男の顔を覗き込んで聞いた。
「ち、違います。ゴメンなさい」
男は頭を床に着ける。
「ちゃうの?……ほんなら此処に何の用事?」
カオルは優しく問う。だが、手首を握ったまま。
解放しない。
「あの……。えーと……」
男は巧く喋れない。
悠斗に少し似た、肌の綺麗なイケメン。
紺色のパーカーは、フードがチェックのバーバリー。
ベージュのショートブーツは本革。
外見は整っているのに、
言動は、そうではない。
何者なのか
何で此処に居るのか
えらく緊張して怯えている。
なんで?
見当も付かない。
皆で男の言葉を待つしか無い。
黙って、男を囲むように
4人、突っ立ったまま待つしか無いの?
犬達はピザの側で涎垂らしている。
なんて無駄な時間、誰もが嫌になった頃に、
鈴子が動いた。
「ピザが冷めてしまうやんか。あんた、ええもんやるから、立ち」
ちょっと怖い。
「はい」
男は、反射的に、立った。
「吉野の濁り酒や。コレ飲み。すらすら喋れるようになるで」
鈴子は白い酒が入ったグラスを、男の口元に。
男は抗わず一口飲み、目をぱっちり開け(うまい)全部ゴクリと飲み干した。
深呼吸2回して、カオルをチラ見。
「エリカが、この人に、此処で会ってから、この人に、襲われる夢を、何度も見たと怖がっていたんです。窓を割って包丁持って家に入ってくる夢です。そう言うてたエリカが、ベランダから落ちて、死にました」
鈴子に答えた。
(え?)
聖と鈴子と悠斗は一斉に薫を見た。
薫の悪事を聞いたように、驚いたのだ。
一番驚いたのは薫だ。
「俺が夢に出てきたって?……それは俺のせい、ちゃうやろ。ほんで、ここで会った? エリカって誰なん? いつ此処に来た?」
「フルネームは清水絵理加です。1月にペットが死んで、奈良の山に在る一番料金が安い動物霊園に行ったと。僕は、ネットで調べ山田動物霊園と見当をつけました」
薫を見ないで鈴子に訴える。
「1月……あの子か? ハムスター持って来た。20才位の小柄な女の子。桜木さん、うちが頼んで送り迎えしてもらった、やんか」
と鈴子。
悠斗は、暫く考え(ああ)と。
そして男に
「その人(薫)じゃ無いです。面識があるのは自分です。清水さんは、ハムスターをベランダでプランター埋葬していた。それを、うちの霊園に移したいと。理由は伺っていません」
名刺を渡す。
「終業間近に電話がありました。G駅からです。バスの本数が少ないですから、送迎するよう社長の指示で送迎しました。後部座席に乗って頂きました。私的な会話は一切しておりません」
「え?……つまり、こちらが墓場の人?……想像していたのと真逆。テツが言うてた通り、エリカは病んでた?……こんな超イケメンが、エリカなんかに、何かしませんよね。エリカはご親切を勘違いした。怖い夢はエリカの妄想……」
酒が利いて舌が滑らかになったようだ。
「ベランダから転落か。キミは事故では無い他殺の可能性があると、墓場の男が怪しいと思ったんやな。夢に出てくるくらい怖い男やと。ほんで確かめに来た。結果、悠斗を見て違うと分かった。そういうコトやな」
カオルは男の手首を放し、ソーセージの包みを悠斗に渡す。
<怖い男>扱いされたのに文句は言わない。
大人の対応。さすが警察官。
「桜木さんレベルは、巷では滅多におらん。清水さんは一目惚れしたかもしれない。襲われる夢は、会いたい願望がカタチを変えたのかも。死人に口なしやから本当のコトは分からない。けど桜木さんの無実は確かや。此処で実質24時間勤務や。営業時間外は霊園の見回り、犬の世話。私に連絡無く山を出ることは無い」
鈴子はソファに腰を下ろし、ピザの箱を開ける。
悠斗はソーセージを調理し始めた
「ユウト、ガーリックバターも買ったで」
薫は腰を落ちつけビールを飲んでいる。
3人は、もう男に関心は無いようだ。
男は直立不動姿勢で誰かの指示を待っている
用が済んだら立ち去るべきと
察するほど大人じゃ無い。
聖は(側に立っていた)放置も可哀想だと、話しかけてみる。
「その子、彼女さん?」
興味も無いが聞いてみた。
「違います。中学の同級生です。卒業以来、会っていませんでした」
「久しぶりに会ったのか」
「同窓会で……すみません。ほんまに、すみませんでした。アホでした」
何度も詫びる。
居たたまれないのに、留まっている。
次の行動を決められないのだ。
「で、どこまで帰るの?」
セイは、(酒飲む前に)
この招かれざる客を
自分が駅まで送ろうと、決めた。
「K市の実家に帰ります」
「K市?」
「大阪府K市です。JRのK駅から歩いて15分です」
「じゃあG駅まで送っていくよ」
「いいんですか?」
上目遣いでセイを見ながら頭を下げる。
「あ、ありがとうございます」
笑顔が若干引きつっている。
血のような赤茶の染みが付いた白衣。片手に軍手。
何者かと、訝って当然。
「にいちゃん、うちの車使いや」
鈴子がベンツのキーを投げてきた。
「K駅いうたら、最近起こった、一家3人殺害事件現場に近いな」
カオルの独り言に、
「そ、そうです。僕は鈴石猛の同級生です」
男は、問われたように答えた。
「行くよ」
聖はドアを開け、先に外へ。
早く済ませたい。
後部座席に座らせてG駅へ向かう。
ベンツを運転するのは、初めて。
楽しいのと緊張するのとで、後ろの男にかまう余裕は無い。
助手席の金髪白いスーツの男、鈴子の守護霊も見えないふりをする。
黙って運転に集中
後部座席の男は
沈黙に耐えられないかのように問わず語り
「タケルの話で、中学の同級生が数人集まったんです。
僕は、タケルとは家も近くて幼稚園から一緒です。……母が、タケルが人を殺す夢を何回も見ていた、と怖いコト言ったんです。エリカが死んだと知って、エリカの夢も予知夢やったんやないかと、それで……」
ペラペラ喋りっぱなし。
なんで山田動物霊園にきたか。
長いお喋りのおかげで、事情を詳細まで知らされる。
「有り難うございました。あの僕は……的場真です」
G駅で降り際に、名乗り、学生証を見せる。
京都S大法学部。
学生証を見せられたのでは、こちらも素性を明かすのが礼儀。
呼び止めて、車の窓越しに名刺を渡した。
すぐに車を発進させたので
的場真がどれほど驚いたかは知らない。
神流聖の名を、知っていた。
京都X芸大の友人に、
OBに知る人ぞ知る<霊感剥製士>がいると、聞いていた。
霊園事務所に戻ると
薫は<酔っ払い>になっていた。
「腹立つガキやったなあ。俺の顔がストーカー殺人犯に見えるんか」
実は相当不愉快だったみたい。
「まだ、お子様やで。カオルはん、許したりや。世間を知らんねん。美形やからサイコパスで無いと思うんやで。浅い考えや」
鈴子はジンジャーエールを飲んでいる。
飲まずに帰る(運転して)予定なのか。
「自分は、ストーカーもしてないし、殺してないですよ」
悠斗が、聖にビールを注ぎながら言う。
エリカの夢にも死にも、関心が無さそう。
今回のような(女性がらみの)厄介事は、沢山あったに違いない。
容姿が良すぎるのはリスクを伴うんだと、
聖は悠斗が気の毒になる。
「アイツ、家族殺しの犯人とは、親しかったんかな」
薫が言うから
「家が近くて、小さいときは遊んでいた、でも母親が嫌っていて、
……予知夢を見たとか、タケルは中学で不登校……」
聖はさっき的場真から聴いた、
長い話を皆に語った。




