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6 美味しいに感謝と敬意を


 ノーチェは子供だったので、その後何があったのか話は聞けなかった。

 しかしそれから伯爵夫人が表に出てくることがなくなり、ベスティは伯爵と行動することが多くなった。

 理由はわからないが、伯爵夫人が社交を控えるようになったのと同時、弟のオルカもベスティと一緒に催しに参加するようになった。


 黒目黒髪のベスティと違い、金髪碧眼の天使のように愛らしいオルカ。二歳年下の六歳ながらも聡明で、好奇心旺盛な男の子だ。

 ノーチェは小さい子は可愛いなぁと呑気に見守っていた。ちょっと不安そうなベスティの態度が不思議だったが、彼と変わらず交流を重ねていた。


 伯爵は夫人ほど頻繁に社交に出る機会がないので、ベスティと催しで会う回数はガクンと減った。

 集まりに出る回数は減ったが、顔を合わせる回数は増えた。


 というのも、ベスティが個人的に子爵家へ遊びに来るようになったのだ。

 お友達の来訪に、ノーチェは飛び上がって喜んだ。交通機関が整っていない今世で、お友達と気軽に遊ぶことはできない。わざわざノーチェを訪ねてくれる存在が殊の外嬉しかった。


 だから小さな女主人として、お母様に手伝ってもらいながら精一杯おもてなしをした。


 頭を使うキューブ型の六面パズル。体幹が鍛えられるジャンピングボードなど、思いつく限りの知育玩具で遊んだ。それらはノーチェの前世の知識と今世の「こんな玩具で遊びたい」という子供の欲求から生まれたもので、姉に奪取された落書き帳に書かれていた一部である。十三歳になった姉は「飛び跳ねるの私もやりたい!」とジャンピングボードがお気に入りだ。

 きゃっきゃと遊ぶ子供を見て、大人もそわっとしている。その内巨大ジャンピングボード…大人用のトランポリンが完成するかもしれない。


 勿論、一番力を入れたのはおやつだ。厨房スタッフと話し合って、子爵家の総力を挙げてノーチェのお友達を歓迎した。パーティーではないので量は作らない代わりに、凝った一品を提供し続けた。

 ベスティは毎回目を丸くして、目新しいおやつを楽しんだ。一緒にノーチェも楽しんだ。子爵家の厨房スタッフは優秀だが、やはりお客様対応こそ真髄を発揮する。

 普段の温かみある料理も好きだが、ちょっとよそ行きの気取ったお菓子はとても「映える」ので目が幸せ。


「ううん、でりしゃす~」

「ノーチェはいつも、美味しそうに食べるね」

「美味しそうに食べるのが、一番のマナーなのよ」


 勿論美味しいからそうなるのだが、食べる側のマナーは技法ではなく心意気が一番だと思っている。

 必要なのは感謝と敬意だ。食事を提供してくれる人。食材になった命。食を支えてきた食文化の歴史に敬意を払い、感謝しながら頂くのが一番のマナーだ。

 何も難しいことではない。美味しい料理をありがとうございますと思うことが大事なのだ。

 たとえ自分で調理した食事だとしても、食材を育て売ってくれた人たちに感謝して頂くことが最大のマナーだ。

 美味しい物で機嫌が取れるからこそ、ノーチェは美味しい物を提供してくれる人たちへの感謝を忘れてはならないと思っている。


 この一皿は、当たり前じゃない。


「単純に、私は美味しい物が大好きなの。だから私、厨房で働く人たち大好きよ!」


 勿論他の使用人達も生活を支えてくれる人たちで大好きだが、ノーチェにとって一番重要な食を担っている厨房スタッフへの好感度は、一番高い。


 ノーチェにとって当然のことだったが、ベスティにとってはそうではなかった。

 何故かとても衝撃を受けた顔をして、ノーチェを見ている。

 小さなお口が大きく開いて、背後に稲妻が走りそうなほど衝撃的な顔をしている。


 はて、どうしたのかしらとノーチェは首を傾げた。本日のおやつ、イチゴのショートケーキをパクリと食べながらベスティの反応を待つ。

 本日は、イチゴたっぷりのショートケーキだ。ベスティの好物がイチゴなので、特別に料理長と研究した。

 ふわふわのスポンジに、濃厚なクリーム。ケーキを包むクリームの絞り方が工夫されていて、ケーキの側面がクリームでリボンのように飾られている。載せられた甘酸っぱい赤いイチゴも飾り切りされており、まるで花が咲いているよう。


 見た目も味も楽しめるケーキ。ノーチェは大満足だ。


 ショートケーキは先端から、垂直にしたフォークで一口サイズにカットしながら食べる。底までカットするのが基本だけど、クリーム部分で形が崩れそうなら途中まででも問題ない。

 ただしクリームから上を先に食べ尽くすのはお行儀が悪い。ちゃんと先端から、徐々に攻略していくのが大事だ。


(ん~美味しい! でりしゃす~!)

「…あ、あのさ、ノーチェ…」

「なぁに?」

「ノーチェは、美味しい物を作れる人が、好き…?」


 ベスティの質問にきょとんとした。彼はもじもじと、何やら俯いている。

 その通りだが、なんだか美味しい物をくれる人なら誰にでもついていく子に思われている気がした。流石にそこまで警戒心は緩んでいない。緩んでないが、その通りだ。美味しい物を提供してくれる人は大好きである。

 ちょっと考えて、頷いた。


「好きよ。尊敬しているの」

「…!」


 ベスティははっと顔を上げて、ケーキを見て…何かを決意したように、フォークを動かした。

 途中まで食べ進めていたケーキを改めて一口、口にする。ゆっくり咀嚼して…ゴクリと音が聞こえるくらいゆっくり呑み込んだ。

 味を噛み締めるように動きを止めて…ぎゅうっと顔のパーツ全てを中央に集めるくらいしかめっ面になった。


「…おれ、料理長より美味しいもの、作れるようになる…」

「あれぇ?」


 なんでそうなったの?


 首を傾げるノーチェと、噛み締めるようにケーキを食べるベスティ。

 一部始終を見ていた、そばに控えていた使用人達は…我が家のお嬢様、とっても罪作り…と子供達のやりとりを眺めていた。

 そう、子供のやりとりだと微笑ましく見ていた。


 この言葉を交わしたのは二人が出会ってから三年経った頃のこと。

 二人は十歳になっていた。


 誰も、ベスティが本気だと思っていなかったのである。



このあたり月日が経過しているので年齢出てきますが、ダイジェストに年を重ねています。


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