【書籍発売記念SS】使用人は見た!
本日「転生先のお食事が満点でした」発売です!
アルディーヤ子爵家使用人視点。
アルディーヤ子爵家に勤める使用人たちは、とても愉快で距離が近い。
人の入れ替わりが少なく、ご息女たちが幼い頃からずっと見守っている使用人がほとんどなのも、原因の一つだ。
一番人の出入りが激しい厨房は、何故か増えるばかりで減らない。
おかしなことだが減らない。
引き抜いて他の店舗を任せているはずなのに、気付いたら戻って来ている。
しかし目的はお嬢様…ノーチェお嬢様に上達した腕を披露することなので、目的を達成したら満足げに帰るので放っておかれている。むしろいずれなる自分の姿だと向き合う料理人ばかりで、料理長は部下の独り立ちが進まず頭を抱えていた。知らぬはノーチェばかりなり。
アルディーヤ子爵家といえば料理人が有名だが、使用人は彼らだけではない。
雑務を熟す使用人達もまた、アルディーヤ子爵家をとても働きがいのある家だと認識していた。離職率が他家と比べて低いのは、給金がいいという理由だけではない。
この家には、ときめきと癒やしが溢れている。
そう、たとえばこんな風に。
(見付けてしまった…!)
今日もまた一人、偶然、ときめきと癒やしに遭遇した使用人が反射的に胸を押さえ心臓が暴れるのを抑えていた。
(ベイアー伯爵令息が来ていることはわかっていたけれど、まさか、まさか…こんなことになっているだなんて!)
今日は天気がよかったので、当家ご令嬢のノーチェと婚約者のベスティは中庭の東屋でお茶をしていた。
本日のおやつはシフォンケーキ。玉子たっぷりでふわふわした生地は単純だが種類が豊富で、バナナやオレンジなどの果物だけでなく、かぼちゃやニンジンなどの野菜で作られたケーキも並んでいた。
添え物もクリームやアイスと選択肢が無限大。種類が豊富な分、量が多く、使用人達へもおこぼれも多い。
そう、アルディーヤ子爵家の次女であるノーチェとその婚約者のベスティは、いつものようにおやつに舌鼓を打ちながら和やかにじゃれ合っていたはず。
しかし通りがかった使用人が遠目に見たのは、仲良くじゃれ合う二人ではなく…。
(お、お互いにもたれかかって転た寝中だとぉ~~~!!)
寄り添ってお昼寝をする十五歳カップルの姿だった。
そもそもこの二人、ついこの間婚約が整ったばかりの初々しい男女。家同士の約束も契約も後付けの、想い合う二人だからと結ばれたラブラブカップルだ。
幼い頃から見守ってきた子供達がとうとう婚約したと聞いたときは、使用人達の間で拍手喝采が溢れた。ノーチェとベスティが想い合っているのはわかっていたので、早くくっついちゃえよ!! と飲んだくれていた使用人は多い。
詳しくは知らないが、事情があったのはわかっている。わかっているが、外野はもだもだしていた。
そのもだもだしていた二人が、やっと婚約した二人が。
(くっついて寝てる~~!!)
まるで、じゃれ合いに疲れて眠る仔猫のように。
あどけなく幸せそうな顔をして、すやすや寝ている。
(あ、待って。あれは…手を繋いでいる! 手を繋いで寝ているわ…! 何これ尊い。目が幸せ。凝視してはならないとわかっているけれど、思わず網膜に焼き付けたくなる神聖さ…これが、宗教画…!?)
そんなわけがない。
ノーチェなんてぴすぴす間抜けな寝息を立てている。
疲れているのか、ベスティもノーチェの頭に突っ伏して寝ていた。
(狸寝入り…じゃないわ。お嬢様の頭に鼻が埋まっている…お嬢様の香りに包まれて寝ている…!)
これは、美味しい夢を見ていそう。
我が家のお嬢様、なんとなく、いい匂いがする。
美味しい意味での、いい匂いが。
ちなみに人それぞれ嗅ぎ取る匂いが違うので、ノーチェは食のイメージが強すぎて見る人の胃袋を刺激しているのではないかと予想されている。
そんなわけがない。
(ああ…普段の仔猫同士のじゃれ合いみたいなお二人も尊いですが、お互いを信頼して寄り添い合って眠る恋人同士の構図も、愛くるしいほどに、癖です!)
というか男女の幼馴染みが恋人になるの、癖です。
目撃した侍女は天に感謝した。
今このタイミングで仕事を与えてくれてありがとう。
しかしこれは、視界に入るということは、あちらからもこちらが見えているということ。
そう、深淵を覗いたとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ…!
音を立ててはいけない。あの二人の幸せ空間を邪魔してはいけない…!
(今私の、使用人としての技量が試される…!)
洗濯籠を抱えて通り過ぎるだけだったが、完全に気配を消してその場を通り過ぎることに成功した。
「ぐはぁ!」
成功したが、声も届かない位置に辿り着いてすぐ洗濯物が散らばらないことだけ気を付けて頽れた。呼吸も止めていた。酸素美味しい。
崩れ落ちた同僚を目撃した同僚二人がざわめく。
「ど、どうしたの! 何があったの!?」
「なんでもない…なんでもないわ…!」
「嘘つけこれだけのダメージを受けて…向こうで一体何が…」
「だ、ダメよ! ここから先には行ってはいけない…っ行かせないわ!」
「うるせぇ萌えポイントだろ! 言え! 供給しろ!」
「言葉では、語り尽くせない…!」
「独り占めすんな!」
「語れ! 何があった!」
アルディーヤ子爵家の使用人達はとても愉快で距離が近い。
雇い主にそう思われるのだから、同僚達では更に遠慮がなく、愉快で距離が近かった。
そして使用人達は皆、子爵家が大好きなので、小さな萌えを見逃したくない。小さい萌え小さい萌え小さい萌え見付けたをしたい。
なので目撃者をこうして詰めているのだが、目撃者は何故か皆、一様にして口が硬い…。
まあ独り占めしたがる。自らの欲望に忠実だった。
「…はっ! 皆静かに…! ここはレオーネ様の私室に近いわ…!」
「「はっ!」」
癒やし欲しさにあらぶっていたが、現在地を思い出して侍女達は自らの口をふさいだ。
アルディーヤ子爵家長女、レオーネ。通称皆のお姉様。
いつだって元気に勢いよく先頭に立つ我らがお姉様(概念)の私室が近い。
気まずさに、そっとお姉様(概念)の私室の方向を窺う。
「…! 扉が少し開いているわ…!」
「怠慢…いえ、今日は婚約者のファヴィー侯爵令息がいらっしゃる日…婚約者とはいえ男女ですもの。念の為に密室を防いでいるのだわ」
「もう密室で閉じ込めてもいいと思う」
「閉じ込めんな」
以上、全て小声。なんなら口をふさいでいるのでくぐもっている。
声を潜め、何事もなかったように解散しようとして…不意に彼女たちは気付いた。
物音、しないな…と。
侍女達の騒動に対する呆れた叱責も、婚約者と話し合う声もしない。何らかの作業中だろうと、物音がしない。
――男女が二人きりになるとき扉を少し開けておくのは、異変を感じたときにそっと部屋の中を窺うためである。
万が一がないか、確認するのも使用人の仕事。
婚約者だから何が起きても大丈夫などとは、流石に言えない。
まさかとは思うが…物音がしないのを異変と捉え、侍女達はそっと部屋の中を覗き見た。
天気がいいので窓が開いて、室内だが爽やかな風が吹いていた。
扉の対角にある作業机には誰も居ない。机の上にある書類が風で飛ばないよう、文鎮が載せられているのがわかる。
人の気配が見当たらない。
少し視線を動かして…長椅子に座る赤毛の青年が見えた。
数ある候補者の中からレオーネが選んだ婚約者。ロビン・ファヴィー侯爵令息。
背が高く、穏やかで優しげ。人当たりも良く旦那にするなら頷けるが、果たして私たちのお嬢様のお相手は務まるのかと使用人たちの評価は賛否両論(不敬)だったが…。
(あれ? お姉様はどこに…はぅあ!!)
彼女たちは気付いてしまった。
見当たらないレオーネお嬢様がどこに居るのか。
(お姉様が!)
(ファヴィー令息に!)
((膝枕されている――――!!))
あのつよつよお姉様が!
長椅子に座るロビンの膝を借りて、穏やかな寝顔を見せている…!
そしてそれを、慈愛に満ちた微笑みで見守るロビン…!
(はぁう!!)
全員胸を抉られた。
普段強気でパートナーを引きずる勢いで走り回るお嬢様が、苦笑して引きずられるロビンの膝でお休みになっているなんて…!
(普段振り回されている方が強気キャラの弱さを守る構図、癖です!)
誰かが小さく叫んだが、もしかしたら自分だったかもしれない。全員だったかもしれない。
それくらい、侍女達の中で尊いが暴れていた。
しかし流石にそれだけ無言で大騒ぎすれば、視線の煩さで気付かれる。
気配を感じて顔を上げたロビンと、侍女達で視線が合った。
((しまった気付かれた! 至福の時間を邪魔してしまった!!))
言葉なく慌てる侍女達を見て目を丸くしたロビンは…ゆぅるりと微笑んで、立てた人差し指を口元に当てて「シィー…」と囁いた。
静かに、のジェスチャー。
スンッと表情をなくした侍女達は頷いて、音を立てぬよう扉を閉めた。
密室がどうのとか考えるより、邪魔をしてはならないと判断した。
無言のまま同じ方向に進んだ侍女達は、部屋から充分距離をとり…。
かふっ(吐血)
気持ちよく吐血した。(幻視)
「――待って! 普段頼りない優男が見せる突然の色気は殺傷力が高い!」
「あんなんえちえちおねえさん(概念)じゃん! 強気生意気ツンデレ美少女(概念)を骨抜きにするえちえちおねえさん(概念)じゃん!!」
「何故百合にした。言え」
「癖です」
「ああぁギャップ萌ェ…!」
「常にレオーネ様優勢かと思えば押し倒されているヤツだわ…襲い受け? いいえ違う。油断していたらわからせ、られちゃう…!」
「わからせ系男子、てこと…!?」
「「きゃー!」」
尚、全て小声である。
「豪奢な椅子でふんぞり返るレオーネ様に侍る男達の女王様系逆ハーレムも見応えがあったけれど、ファヴィー様に甘えさせられるレオーネ様もありだわ…ポイントはさせられる、です」
「ちょっと前半、そんな事実存在しないから。存在するのはノーチェお嬢様の無自覚愛され逆ハーレムよ。光属性ひまわりの化身であらせられるノーチェお嬢様の笑顔に陥落しない貴族はいないわ。ベイアー伯爵令息はお嬢様を笑顔にする枠なので殿堂入りとする」
「どちらも存在しないわよいい加減にして。存在するのは婚約者と仲睦まじいお嬢様達だけよ」
「ラブラブハッピーエンド助かる」
「尊い」
生きた屍となった彼女たちは廊下の端っこで器用に悶えた。悶えながらそれぞれが力強く頷き合う。
そんな彼らの前に、また別の使用人が現れた。
「貴方たち、仕事中に何をしているのですか」
「あ、あなたはレオーネ様専属の…!」
やって来たのは、レオーネ本人が引き抜いた元男爵令嬢。
レオーネ専属の使用人として秘書役も務めている、元セルディ男爵令嬢(姉)だった。
「子爵家の方々に恙なくお過ごしいただけるように、私どもは常に最善の行動をせねばなりません。誰が見ているかもわからない場所で仕事もせず、立ち話をしている暇などありませんよ」
「「申し訳ありません!」」
レオーネの仕事を手伝っている彼女の立場は、厳密に言えば他の使用人と扱いが異なる。引っこ抜かれた経緯も特殊で、気易くやりとりできる関係ではなかった。
直属の上司というわけでもないが、立ち話は事実だったので生きた屍になっていた彼らは即座に頭を下げた。
「…貴方たちはどうやら、注意力が散漫になっているようですね…」
壁際に並んで頭を下げる彼らを見下ろしながら、元セルディ男爵令嬢は小さく嘆息する。
ピリッとしたお叱りの空気に、はしゃいでしまった自覚のある使用人達は息を呑んだ。
「仕方ありません」
元セルディ男爵令嬢は、大きな一歩を踏み出して彼らに背を向け、首だけで振り返り告げた。
「ここではなく、今夜は私のお部屋に来なさい…語り尽くしましょう」
(か、会長――――!!)
気易い関係ではないが、元セルディ男爵令嬢第二の顔「婦人会 薔薇の乙女会長」はとても有名だった。
萌えを説き、尊いを語り、発想と妄想の自由を主張する彼女の年に一度の自己紹介は毎年更新される伝説だ。
そんな彼女は薔薇でなくてもどんな妄想でも自己解釈付きで美味しく頂けるタイプ。
むしろ人様の妄想から栄養をとって生きているので、その手の話にはいつも飢えていた。
侍女達は力強く通じ合い、大きく頷いた。
((これだからアルディーヤ子爵家は最高だぜ…!))
凜々しい顔つきで、全員仕事に向かって散開する。
この場の全員、所属が違った。
――勿論彼女たちは、仕事中にうっかり時間を浪費したので上司にしっかり怒られた。
アルディーヤ子爵家は、今日も平和である。




