表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/45

『番外編』冬の暖


 雪が降らないからって、暖かいわけではないと思うの。


「さ、さむーい!」


 だから冬なのにお外でお茶会は、流石に蛮勇だと思うわ!


 ノーチェ、九歳の冬。

 ちらちらと雪が降る季節に、お庭でお茶会が催されていた。


 ここのお家のお庭は、いつも旬の花を前面に飾り立てて見応えがある。植物が好きなお家なのだと思う。お茶会はいつもお庭だし、必ず見頃な植物がお話に盛り込まれるし、聞いていて雑学が増えるのを、ノーチェは楽しんでいる。とても楽しい。

 今は椿が見頃でもうちょっと雪が降れば椿の赤と雪の白の対比でより美しく情緒的なお庭が見られると思う。その光景を想像するだけで、ちょっと和の空気を感じるのでそれはまた見に来たいと思う。けどね。


 寒い、寒いわ!

 お日様はぽかぽかだけど、風が強くてもの凄く寒いわ!


 ノーチェはベスティにくっついて、ガタガタと震えた。


 お子様の集いに参加する頻度の減ったベスティだが、今日は伯爵の知人の催しとあって参加していた。会場でノーチェを見つけて笑顔で近付いてくれたので、隙間風が入ってこないようにぺったりくっついた。ベスティは大慌てだったが、会場を知って何も言わなくなった。寒さで何も言えなくなったが正しい。


 冬場にお外でお茶会は蛮行すぎる。


 子供は風の子とはいえ、走り回ってはいけないと言い聞かされている子がほとんどだ。いくら体温の高い子供だからと言って、じっと座っていたら凍えてしまう。


 だからノーチェは積極的に、くっついてくっついてと言いながらベスティ以外にもくっついていった。


 頬を染めていやがる子もいたけれど、一度無理矢理くっついてしまえばその温かさに気付いたのだろう。何も言わず他の子とくっついた。羞恥心より寒さが勝った瞬間だった。それだけ寒いのよ。

 出されたお茶も冷たくなるのがとても早い。

 次回は開催場所を考えてもらわねば…でもお庭が綺麗でそれを見せたい気持ちもわかる…なんてよそ行きのコートを着たまま縮まっていたノーチェは、ここでやっと運ばれてきたお茶請けに甲羅に隠れていた亀が首を伸ばすようににゅっと伸び上がった。


 だって運ばれてきた円形の入れ物。

 ほかほかと湯気の立つ入れ物。

 アレはまさか、この寒い時期にとっても欲しくなる…。


(肉まんだわー!)


 あったかフードを求めて、わっと子供達は蜘蛛の子を散らすように解散した。しかし寒さに耐えきれず、肉まん片手に再び集結する。誰も何も言わないが、皆同じ動きをした。

 それよりも肉まんだ。

 冷えた身体にありがたい肉まん。ふっくら柔らかそうな丸み。ほかほかと上がる湯気は罪深いほど魅力的で、何よりサイズが大きめなのがありがたい。


「あつぅいっ」

「あちち、あちっい」

「はふはふ、はふはふ」

「火傷に注意なのよ!」


 絶対言うのが遅かった。何人か可愛く舌を出してしわくちゃな顔をしている。その中にベスティもいて、ノーチェはうふふと笑った。


「寒いものね。温かいのがぶっと食べたくなるわよね」

「持ってるだけでも温かいけど、冷めちゃうと思って…」

「熱いってわかっているけど、暖まりたくて…」

「わかっていたけどやりました…」

「火傷痛い…」

「うふふふふ!」


 ベスティだけでなく、近くにいた子たちがしょんぼりしている。


 熱い熱いと言いながら、皆でくっついて食べる肉まんはまた格別だ。軽い火傷だって醍醐味みたいなもの。火傷は痛いのでしない方がいいけれど、火傷しそうになるくらい熱い肉まんをがぶっと食べるのがまた楽しい。


 もちろん、半分に割って中身を冷ましながら食べるのだって賢い食べ方だ。肉まんは冷めたって美味しい。千切って食べるのはとっても上品。それでもノーチェはそのままはぐっと噛みつくように食べるのが好きだ。


 というわけで、がぶっといただいた。


 大きな肉まんは生地もふんわりしていて、一口では中身に出会えなかった。もう一口齧り付いて、具材の熱気がノーチェの口内に溢れた。

 細切れ肉とネギ。この食感はタケノコと、椎茸だろうか。小さく刻まれた具材はお互いを補い合ってより美味しく感じられる。はふはふと熱を逃がすように噛み締めて呑み込めば、喉元を熱が通り抜けていく。ポトンと胃に落っこちた熱が、身体を中心から温めてくれるようだ。


(温かいものは、寒い中で食べるとより美味しく感じられるわ)


 真冬にこたつに入りながらアイスを食べる幸福感に似ている。


(…それを狙ってのお外だったのかしら?)


 ふと、主催者側の思惑を考えてしまった。多分違うと思う。


 ノーチェ達は肉まんを食べながら、いつも以上に皆でくっついて暖を取る。やっぱり羞恥心でもじもじしている子もいるが、嫌がっているわけではなさそうなので寒いわ寒いわくっつきましょう! とノーチェが声を掛ければおずおず隣の子とくっついた。中には仲のよい子を探し当ててくっついている子もいる。

 皆いつもより距離が近くて、声が近くて、クスクス笑う声も聞こえた。


「…なんか温かくなってきた」

「そうねえ、温かいわね」


 わちゃわちゃぎゅうぎゅうしていると温かくなるのは当然だ。


(私たち、押しくらまんじゅうみたいになっているわ)


 肉まんを食べながら皆でぎゅうぎゅう押しくらまんじゅう。


 食事中に遊ぶのは危ないが、主旨は遊びではなく寒さ対策である。あれ? そもそも押しくらまんじゅうってそういう遊びだったっけ…? 押されて泣くなだから違う…? この世界にはない遊びなので、ノーチェは正解がわからず一瞬だけ宇宙を背負った。


(これは遊びじゃない、遊びじゃないからセーフなの。そうよ、くっついて暖まるのは理に適った行為なのよ。確か前世でもテレビでこんな光景を…見たことが…)


 そこまで考えて、ノーチェはハッとした。

 そうだ。確かに見た。これはとても既視感のある光景。

 これは…あれだ。


(冬の猿山…!)


 チラチラ降る雪が頭に積もりながら、集団でじっと身を寄せ合うあの姿…!

 外側の子が寒そう、なんて思っていたらアレは立派に上下関係が織りなす世知辛い姿だった…!


(そう、真ん中にボスがいるのよ。ボスを温めるために皆くっついていたのだわ確か。つまりこれも、真ん中にいる子がボス? 皆でくっついて温めなきゃいけない相手…)


 思わずきょろりと周囲を見渡したノーチェは、右見て左見て前を見て後ろを見て、三百六十度を確認してから瞬きをした。


 ノーチェが真ん中だった。

 つまり冬の猿山理論だと、ノーチェがボスである。


(あれぇ?)


 ぽかんとしながら、ノーチェは半分になった肉まんに食い付いた。

 肉まんおいちい。




「あの年代、仲がいいわね…」


 部屋の中からぎゅうぎゅうにくっついている年下の子供達を眺めながら、私は温かなお茶を飲んでいた。

 植物が好きなお家だからか、いつもお茶が凝っている。今回はストロベリーとバニラの甘い香りがする紅茶だ。しかし後味はスッキリしていて飲みやすい。


 茶葉にこだわりが強くて自分たちで栽培、生産まで行っていると聞く。機会を作って商売の話がしたい。十四歳の私だけでは舐められるかもしれないので、父にしっかり話を通してからにしよう。


(まあ、あちらも家と繋ぎが欲しいでしょうし。そこまで苦戦しないでしょうね)


 窓から見える、ぎゅうぎゅうにくっついている子供達。きゃっきゃと場所を交換して、外側の子も温まるように声を掛けている妹の姿が人に埋もれるようにして確認できる。


 寒空の下、いつまでも庭に出ているのがあの年代だけだと、妹はいつ気付くだろうか。


 外の寒さに震え上がって、親世代は勿論私と同じ年代の子供達も早々に建物の中に避難しているというのに。あの子達は寒い寒いと言いながらくっつき合って庭でじゃれ合っている。もうそろそろしたら誰かが声を掛けて中に誘導されるだろう。


 すべては外に出てすぐくっついて! と周りの子にお願いしたノーチェが事の発端だ。


 寒さに耐えかねて暖を取らねばと思ったのだろうが、無理をする必要はない。さっさと建物の中に避難すべきだった。

 恐らく主催者も、少し庭を堪能してもらったら室内へ誘導するつもりだっただろう。外にお茶菓子が用意されていなかったのも室内でまったりするのが本命だったからだ。


 しかしノーチェがくっついて! とお願いした結果、あの年代の子たちは団子になって集結し、きゃあきゃあと楽しげにくっついて動かなくなってしまった。


 なんか可愛いと、主催者も見守りたくなったのだろう。わざわざお茶請けの肉まんを外に持っていって与えている。子供達はわっと肉まんを手にし、再び一箇所に終結する様子は微笑ましかった。そして集結場所になっているノーチェは呑気に笑っている。


 あの子達が寒くても移動しないのはノーチェがくっついてと言ったからだ。

 端っこの子が寒そうだと気付いたノーチェが立ち位置の交換を提案したものだから、爵位関係なくわちゃわちゃと仲良く暖を取っている。そろそろ淑女として異性と距離を意識する年齢のはずなのに、全くそれが見られない。

 仲良くくっついて団子になっている彼らから白い湯気が立ちこめるのが見えて、お熱いことでと呆れながらあんまんに齧り付く。他にもピザまんがあった。

 仲良く肉まんを頬張っている妹は、室内に誘導されてはじめて他の味に気付くだろう。飛び上がって喜ぶだろう姿を想像しながら、友達と固まってきゃっきゃしている様子を眺めた。


 いや本当に仲良しだな。


 伯爵家の小僧とは特別仲がいいが、それ以外の子たちとも充分仲がいい。自分と違う方向で人脈を広げる妹は、いつだって人の輪の中で笑っている。

 その中心に自分がいる意味を、ノーチェはいつ気付くだろうか。

 なんだか楽しくなってきて、私は最後の一欠片を口に放り込み、にやりと笑った。



「今日ね、皆でくっついていたのだけれど、気付いたら真ん中にいたのよ。私が小さいから、囲みやすかったのね!」

「そういう意味じゃないのよ」

「あれぇ?」




仲良し同世代。

冬の食べ物…あったかフード…と悩みながら見つけたのは肉まんでした。

イベントの時期ネタはお見送り。次回は温かくなった春に投稿できたらいいな。


第4回アイリス異世界ファンタジー大賞 銀賞受賞

転生先のお食事が満点でした 現在書籍化企画進行中です。

ちょこちょこ思い出したときに番外編を投稿していきます。よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんて可愛いお話なんでしょう。 心がほっこりしました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ