4 美味しく食べるのが一番
男の子は、ベスティと名乗った。
なんとこの家の子で、伯爵令息だった。ベスティ・ベイアー伯爵令息。
二つ年下の弟がいるらしいが、まだ五歳。こういった集まりに参加するには早いということで子供部屋にいるらしい。
ベスティは食べるのがヘタだった。ナイフとフォークに慣れておらず、力加減もヘタでシューの中身が飛び出すこともある。本人は大慌てだが、子供の失敗はいつ見ても可愛い。
食べやすいように食べていいとノーチェが言ったから、ベスティ以外もこっそり素手で食べている子がいる。どの子も楽しそうで、美味しそうに食べていた。
(七歳だもの。お行儀よくするのも大事だけど、美味しく楽しく食べるのが一番よ!)
もしかしたら怒られるかもしれないが、子供達だけの秘密である。
子供の秘密は得てして大人にばれているものだが、大人も子供達の微笑ましいやりとりを寛大な心で眺めていた。
「…おれ、こうやって皆と食べるのはじめてだ」
「そうだったの」
「ぎょーぎ悪いの、だめだったな…」
「綺麗に食べるのは、これから練習すればいいわ。私もね、お魚上手に食べられないの」
ぽろぽろ零して哀しくなる。
綺麗に食べられなくてしょんぼりするノーチェを見て大人がほんわかしているのは知っているが、ノーチェも他の子をそんな風に見ているので文句は言えない。
しょんぼりする小さい子、可愛い。知ってる。
ノーチェも上手にできないと知ったベスティはポッと白い頬を赤く染めた。そっか、と小さく呟いてもじもじ爪先をこすり合わせる。
「おれ、がんばる」
「うん! 一緒に頑張りましょう!」
「ん」
こっくり頷いたベスティはノーチェの手元を見ながら、小さなフォークを握りしめていた。
それから何度か似たような集まりがあり、ノーチェは何度もベスティと顔を合わせる機会に恵まれた。
集まりに出てくる子達はマナーをしっかり学んで、家の外に出しても大丈夫と判断された子達が大半だ。真面目に装うのが長続きしなくても、最低限の教育は施されている。
しかしベスティはどうもその最低限が身についていないように見えた。
挨拶の仕方。食事の仕方。綺麗な服を着て身なりを整えられてはいるけれど、動作が貴族の子供と違い、まるで自由な庶民みたいだった。
幼い子供達なのであまり気にされていないが、ちょっと年齢が上がれば無作法が目立つ。それだとベスティが困ってしまう。
ノーチェはベスティに会う度に、食事の順番や挨拶で気をつける点などを「むつかしいよね~」と世間話のように話題にした。そんなノーチェの言葉を、ベスティは初めて言われたとばかりに真っさらな顔で聞いていた。
不真面目なわけではなく、一度聞いたことは忘れない器用さがあった。だから教師から習ったことがわからないとか、身についていないとかではない。
(教えて貰えてないってことかなぁ)
伯爵家の人間で、よその家の集まりに出てきているのに?
子供が教育できていないのはその家の力量不足と判断されるので、無作法者は中々外に出られない。それなのに教養が身についていないベスティが集まりに参加しているのが不思議だった。
お金持ちの子爵家は頻繁にお呼ばれする。
頻繁にお呼ばれする中で、頻繁に顔を合わせるのだから、頻度に見合わぬ拙さにノーチェは内心首を傾げていた。
同行しているのは伯爵夫人。お茶会に来るのはたいてい夫人なので珍しいことではないが、なんとなく違和感がある。
よくわからないが、ベスティはとても真面目にノーチェの話を聞いてノーチェの真似をしてマナーを学んでいたので、事情を聞くのは後回しにした。
だって私達七歳。
失敗しても許される子供だもん。
交流を繰り返したノーチェとベスティ。
それから一年後。出会ったときと同じように伯爵家で開かれた集まりに参加したノーチェは、いつものようにお菓子を物色して違和感に気付いた。
弟のオルカの年齢間違っていました。訂正しました。
二つ年下の五歳。
ご指摘ありがとうございました。




