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『番外編』秋の誘惑

秋といえば―!


「太ったわ」


 由々しき事態、と深刻な声を上げたお姉様。

 ノーチェはきょとんとしたまま、マロンクリームたっぷりのモンブランを味わっていた。


 モンブランはまず、王冠のようにクリームの上に乗っている栗をフォークとナイフでお皿に移してからフォークに刺して食べる。

 モンブランは手前から一口サイズにカット。子爵家のモンブランはスポンジ台なので、クリームとスポンジを一緒に食べるように縦にカット。これがタルト生地だった場合、ナイフでゆっくり切り分けて崩れないよう注意しながらクリームと一緒に食べる。

 ちなみにモンブランとは、栗ではなく山を意味する。細いクリームが山の形のようになっていることからそう呼ばれ出した。マロンクリームじゃなくても、細いクリームを山の形に盛り付けるケーキは総じてモンブランと呼ばれるらしい。


(日本人の感覚からすると、モンブランといえば栗だけど…ううん。いろんなクリームでモンブランが作られていたから、そうとは言い切れないわね。でもこの世界では、モンブランといえば栗なの)


 秋の味覚の季節なの。


 そして料理長の作るモンブランは、天辺だけでなくクリームにも細かく砕かれた栗が混ぜられていて、滑らかな食感に歯ごたえもあってとても新鮮。


「ん~っ、でりしゃす!」


 今日も料理長は最高です!


「こらノーチェ。お姉様のお話聞いていた?」

「あれぇ?」


 もにぃっとほっぺを両手で挟まれた。

 眦を上げた十七歳のお姉様は、もにもにとノーチェの頬を揉んでいる。


「もしかしてと思ったけどやっぱりだわ。最近ウエストがきついのよ。胸や腰じゃなくてウエストよ。お腹の辺りが気になるわ」

「むにむにむにっ」

「十二歳のノーチェはまだわからないかもしれないけれど、年頃の女性にとって数センチの違いは大事件よ。特にドレスを着る貴族令嬢は、体型に気を付けなくちゃいけないんだから!」

「むいむいむいっ」


 プンプンしながらノーチェのほっぺたを揉み込むお姉様のお皿は、からっとしている。しっかりモンブランはお腹に収まったようだ。


「はあ、油断していたわ…夏の暑さで汗をかいて、むしろやつれたと思っていたのに…ちょっと涼しくなって栗やサツマイモの季節になって、あっという間に増えたわ」

「どっちもお腹に溜まりやすいの」


 食物繊維やビタミンたっぷり。栄養素たっぷりカロリーたっぷりなので、食べ過ぎには注意が必要。


「今日のモンブランも最高だったけど、昨日のスイートポテトも最高だったわ。何あの動物さんシリーズ。売りに出すから覚悟しなさいよ」

「あれぇ」


 ハリネズミやうさぎの形に形成したスイートポテトはお姉様のお気に召したらしいが、何故か怒られている。美味しくてたくさん食べたからだろうか。


 そう、涼しさを増した秋の季節。この世界でも栗や芋が旬。

 他にも山の恵み、キノコも旬だ。天ぷらや炊き込みご飯が既に楽しみで仕方がない。

 海の幸ならサンマや牡蠣。脂ののったサンマの塩焼きは是非七輪でお願いしたい。

 果物では柿や梨、ぶどうが悩ましい。ノーチェは特に梨が好きだ。あの果汁で溺れそうになりながらデザートにいただきたい。


 じゅるり。どれも美味しそう。

 秋は食欲の季節です。

 とか思っていたら、お姉様の両手がノーチェのほっぺたから脇腹へ。


「きゃー! お姉様、くすぐったいの~っ」

「…くっ! 気持ちいい…!」

「きゃー!」


 おやつを食べ終えた子爵家姉妹は、暫くきゃっきゃと戯れていた。


「…って、危ない危ない癒やされて終わるところだったわ」

「あれぇ?」


 ノーチェの脇腹をもみもみしていたお姉様は、気を取り直して立ち上がった。ノーチェも転がっていたソファから立ち上がる。ソファの後ろで口元を押さえて震えていたお姉様のお友達(侍女)は、何故かその瞬間残念そうな顔をした。


「何度も言うけど、太ったわ」

「そんなことないと思うの」


 見た目お姉様のスレンダーなシルエットに変わりはない。

 しかしお姉様は、厳しい顔つきで首を振った。


「見た目に騙されちゃ駄目よ。そんなの誤差だわ。服がきついと思ったそのときに制限をしないと服が着られなくなるんだから」

「制限…!?」


 ノーチェは雷に打たれたような顔をした。


 制限。つまり、食事制限。

 美味しい物を…食べられない…!?


 ノーチェの大きくて丸い目が潤む。小さな身体が小刻みに震えた。


「し、し、し、死んじゃう…!」

「死なないわよ。死なない程度に制限するの」

「そ、そんなぁ…」


 美味しい物で機嫌をとるノーチェ。そんなノーチェが美味しいものを食べられないとしたら。


 死んじゃう。

 精神的に死んじゃう。

 めそっと半泣きになるノーチェに、お姉様は厳しい顔つきのまま仁王立ちした。


「それがいやなら、再びはじめるわよ…そう、運動のお時間です!」

「えいえいおー!」

「あれぇ?」


 いつの間にか、お母様も後ろにいた。

 美味しい物が多い季節。ウエストサイズが気になるのは、お姉様だけではなかったようだ。


 その後、朝のラジオ体操やランニング代わりのお散歩。日当たりのよい場所でするヨガやストレッチ。乗馬と合わせた数々の運動で、たくさん汗をかいた。

 そう、秋は食欲だけではない。ちょっと涼しくなって気持ちよく汗を流せる運動の秋でもある。


「せっかく旬なのだもの、主食をサツマイモにしましょう! 炭水化物で食物繊維が豊富なの。パンやご飯の代わりにしたら効果絶大よ! お腹に溜まるどっしりさんだし、飽きないようにキノコと選手交代しながら頑張りましょう。ダイエットに必要なのは充分な運動と充分なバランスが取れた食生活! 食生活なのよー!」


 そこは譲らないノーチェだった。


 日焼けに気を付けながら、子爵家の女性陣はえいさほいさと運動に明け暮れた。

 男性陣(お父様)はそっと距離をとって巻き込まれないようにした。


 ちなみにベスティが来たときは何事もなく、いつも通りお茶をした。

 お姉様曰く、ダイエットとは異性に主張してはならないらしい。異性に気付かれることなく速やかに隠密に痩せるのが美の基本だとか。

 異性が思わずこぼす「いつも綺麗だね」の裏側には弛まない努力が隠れているのだ。


「もしかして太った? とか言ってくる男は畑の肥やしにしたわ」


 したの?


 むしろお姉様にそんな発言ができる令息がいただろうか…と考えたが、思いつかなかった。

 肥やしにされてしまったからだろうか…。


(深く考えたらサスペンスが始まっちゃうかもしれないから、お口チャックなのよ)


 サスペンスは読書でだけ体験したい。

 食欲、運動ときたら読書の秋だ。ノーチェの求める秋は食欲一色だが、お母様とお姉様に巻き込まれ、ノーチェも適度な運動をしていた。

 その甲斐あって、お姉様とお母様は無事目標体重へと修正することに成功した。

 しかしノーチェは。

 …たくさん動いたけれど、その分たくさん食べるため、あまり変化がなかった。


「…この状態を維持するなら問題ないわ!」

「あれぇ」


 もちもちほっぺをこねくり回されながら、ノーチェは今日もおやつに舌鼓を打つ。

 黄金の芋ようかん、最高なの!




もう秋ですね。秋ですね。秋ですね…?

暑い日が続きますね…? 秋とは…???


第4回アイリス異世界ファンタジー大賞 銀賞受賞

転生先のお食事が満点でした 現在書籍化企画進行中です。

ちょこちょこ思い出したときに番外編を投稿していきます。よろしくお願い致します。

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