『番外編』夏の涼
夏といえばー!
ノーチェ、十歳の夏。
「あぁ~~~~」
「あついぃ~~」
ノーチェとベスティはでろっと溶けていた。
季節は夏真っ盛り。太陽が真上でぎんぎらぎんに輝いている。
今日も今日とて子爵家に遊びに来てくれていたベスティだが、飛び跳ねて遊ぶ気力も組み立てて遊ぶ気力もない。子爵家に、ノーチェに逢いに来て力尽きている。ノーチェもベスティが来てくれたことを喜んで力尽きた。
二人揃って子供部屋のフローリングで溶けている。お互いに顔が真っ赤っか。
掃除は行き届いているが、お貴族様としてちょっと見せられない姿だ。
「ちょっとだけ…床にぴったりくっつくと、冷たい気がするの…」
「うん…わかる…」
なんて言って床にぴったり貼り付くお子様を、使用人達が苦笑しながら眺めている。
勿論彼、彼女たちもとっても暑い。しかし大人として床や壁に貼り付く奇行を見せるわけにはいかない。できれば彫刻などに貼り付きたいが、常識が邪魔をしてそんな行動取れない。大人なので。
「こんな…こんなときは…冷たいものよ!」
気力を振り絞ったノーチェは、よいしょと身体を起こした。
暑い中遊びに来てくれたお友達をおもてなしするため、いつまでも溶けてはいられない。正直ずっとでろりと溶けてしまいたいが、お客様を放置して溶けていたことがばれたらお母様に怒られる。
親しき仲にも礼儀あり。ノーチェにはちゃんと、ベスティをおもてなしする使命があるのだ。
「冷たいもの…?」
「そうよ。ちゃんとね、考えていたのよ。今日のおやつ!」
「おやつ」
溶けていたベスティがソワッと顔を上げた。興味を引けたことに元気を得たノーチェは、小さい身体で仁王立ちして両の拳を空に向かって突き上げた。
ノーチェの、太陽に負けないぞのポーズ。
「今日のおやつは、かき氷よ!」
夏の風物詩、かき氷。
前世では夏場、お祭りで必ず食べていた。お祭りだけでなく、いつからかかき氷専門店なども建ち並び、それこそ映えるかき氷が多種多様に暑い日を助けていた。
暑いときこそ氷菓子。
氷菓子といえばかき氷。
こんなに溶けるほど暑いのだから、かき氷を食べないなど愚の骨頂だ。
そんな溶けているノーチェの熱意から、本日のおやつはかき氷である。
いつもは遊んでからおやつの時間だが、今日は本当に暑いのでかき氷で涼むことにする。
「ということで、好きなのを選んでね!」
「え、種類がたくさんある…」
料理長が張り切ってくれました!
不思議なことに温室での栽培も成功している世界なので、季節感のない果物も手に入れることができた。前世と比べたら割高だけど、それでも手に入れられるって事実がすごいと思うわ。
ちなみに用意されたのは四種類。
まずは王道のイチゴ味。
生のイチゴで作るシロップ。とろっと濃厚でイチゴの甘酸っぱい風味。練乳と生クリーム、イチゴの組み合わせは正義です。
続いて爽やかな蜂蜜レモン味。
蜂蜜とレモンの爽やかな甘さ。蜂蜜の濃厚さとレモンの爽やかさが喧嘩しない。レモンのシロップは砂糖を加えるだけでもできるけれど、そこに蜂蜜が追加されていることで味が更に際立っている。
そして旬の桃味。
ヨーグルトと果肉の相性が抜群で、甘さが際立つ一品。ゴロゴロと一口サイズにカットされた果肉が氷で冷やされて、氷とは違うシャリシャリした食感も楽しい。
最後に変わり種の抹茶味。
あっさり渋い味わいの抹茶は、抹茶パウダーの量次第でどこまでも大人の味にブレンド可能。かと思えばそっと餡子を添えて、甘みとの調和も楽しめる。
甘いのが苦手な人は、餡子なしで抹茶味を楽しんだりしていたわ。
子爵家ではお父様が桃味。お母様は蜂蜜レモン味がお好きよ。
お姉様は、抹茶が可能なら他のお茶でもシロップが作れるのではと、可能性で頭がいっぱいだったわ。好みだけならここにはないけれど、マンゴーがお好き。
ちなみにノーチェは全部美味しく頂く箱推し。でも全部食べたらお腹が痛くなっちゃうから、今日は蜂蜜レモンを選んだ。
ベスティは興味深そうにシロップをみてから、イチゴ味を選んだ。
やっぱりベスティはイチゴが好きなのね。
二人揃ってシャリシャリ粒が粗めのかき氷にシロップをかけて貰って、いただきますをしてからスプーンで一口。
「「ん~~~っ」」
頭がキーンッてするー!
「…へへ」
「えへへ」
二人で悶えてから、目を合わせて笑い合う。
暑くて溶けていたけれど、やっぱり冷たいものを食べると背筋が伸びるの。
なんだか回復した気がするわ。
ノーチェが転生したこの世界は多分、グルメ無双が終わった後の世界だと思うけれど、ちょこちょこ技術が追いついていない部分がある。その中でも、かき氷の削りなんかは技術が甘い。
ふんわり氷にならないのよ。ちょっと粗くなるの。
ふんわりのコツは薄ーく削ること。他にも容器を冷やしたり、水を替えたりとかあるけれど、試行錯誤中なの。
その内、氷をきゅっと固めて丸めたアイスもトッピングして、クマさんの顔にしたいわ。森の動物さんシリーズ、かき氷でもできるって言ったらお姉様大喜びすると思うの。
お姉様といえば、庶民の出店で食べたかき氷と我が家のかき氷がだいぶ違うって言っていたわ。
色の派手さは出店が勝ちだけど、味が全部同じだったって。
…それ、たぶん着色料で色を変えただけだったんだと思うの…。
子爵家みたいにゴロゴロ果物を使ったかき氷は、出店で出すにはコストがかかりすぎるから…。
(あら、でも出店のかき氷の醍醐味もあるわよね…)
「ねえねえベスティ」
「ん?」
冷たいものを食べて気力が回復したベスティ。彼もちゃんと背筋を伸ばして、冷えたイチゴを咀嚼している。
「あのねベスティ、べってして?」
「べっ?」
「べぇ」
こんな感じ、とノーチェがお手本で舌を出す。
あっかんべぇの要領でべーっと舌を出されたベスティは、座ったまま飛び上がって驚いた。
おろおろと周囲を見渡すが誰とも視線が合わない。使用人達はにこやかに余所見している。さっきまでガン見して癒やしで暑さを凌いでいた様子など微塵も感じさせない。
青い目を好奇心で輝かせるノーチェ。普段隠された桃色の舌。ベスティの視線は忙しく上下した。
「えふひ?」
「……!」
氷菓子で涼んだはずなのに、グンと熱が上がって視界がクラクラする。
舌を出しているので上手く発音できないノーチェに、更に頭がクラクラした。
どうして自分がこんなに混乱しているのかもわからず、観念したベスティがちろっと舌を出す。直視できず視線を逸らしていたベスティだが、次の瞬間ずいっと身を乗り出したノーチェに舌を噛みそうになった。
ベスティの動揺などお構いなしに、ノーチェはじっとベスティの舌を確認した。
変わりない、桃色の舌だ。
(庶民のお祭り、出店のかき氷は着色料を使っていたから、お姉様の舌は真っ青だったの…もしかしたらって思ったけど、やっぱり料理長は着色料は使っていないから舌の色は変わらないのね)
「!? !??」
本人たちは真剣に好奇心と困惑の渦中にいたが、あっかんべー状態で見つめ合う二人は大変微笑ましい光景だった。
お嬢様の意図は読めないが、また何かずれたことを考えているんだろうなぁと見守っている。
微笑ましいが、途中参加のお姉様には不可解な光景だった。
「…なに? 睨めっこ?」
夏の暑さに辟易して涼を求めてやって来たお姉様は、舌を出して向かい合う二人に首を傾げた。声に反応したノーチェが振り返る。
「お姉様! あのね、舌の色をね、確認していたのよ!」
「なんで…ああ、かき氷のシロップね」
「この間の夏祭りでお姉様の舌が青くなっていたでしょう? イチゴを食べたのに、ベスティは真っ赤じゃないのよ」
「あれは出店限定よ」
お姉様、出店限定じゃなくて子爵家がお金を使って果物をふんだんに使っているだけです。
他のお家でかき氷をするなら売られているかき氷シロップを使って、舌の色が変わると思います。
(だって楽だし美味しいから!)
勿論料理長は最高なので、子爵家のかき氷だってとっても美味しい。
子爵家のかき氷は喫茶店や専門店で出てくるかき氷。
どっちも美味しいから、どっちも食べたくなっちゃうのだ。
「今度機会があったら出店のかき氷も試してみましょう? 舌がね、そのシロップと同じ色になるのよ!」
「しょ、しょっか…」
「あ、舌! もうしまっていいわ! ごめんなさいね!」
「ん…」
ずっと出しっぱなしでいてくれたベスティは、かき氷を食べられなかった所為かまた顔を真っ赤にしてしまっていた。
暑いわよね。ごめんなさいね。うっかりしていたわ。
真っ赤になったベスティはそこそこふんわりしているはずの氷をスプーンで叩いて固めて一口で口に詰め込んだ。
あれぇ? なんで? 頭がきーんってなっちゃうのに?
案の定、ベスティは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
あれぇ?
「…あらやだ、小僧がのぼせるから氷が溶けそう…」
暑さで気怠そうにしながら、お姉様がそんなことを呟いていたなんて、ノーチェは全く気付いていなかった。
ちなみにイチゴの気分になったらしいお姉様は、手早くご自分で盛り付けて特大かき氷イチゴスペシャルをお作りになった。
…とっても豪快で斬新な盛り付けだったわ!
今年も暑いので、我慢せず皆さん涼んでください。
第4回アイリス異世界ファンタジー大賞 銀賞受賞
転生先のお食事が満点でした 現在書籍化企画進行中です。
ちょこちょこ思い出したときに番外編を投稿していきます。よろしくお願い致します。
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