【番外編】お姉様!!!!!!!!
本編軸のお話なのであっさりテイストでお送りします。
お察しかもしれないけど、二十歳になったわ。
ノーチェは十五歳になった。
お察しかもしれないけど言わせて貰うわ。
伯爵家にはヘタレしかいないの!?
(まさかノーチェがここまで待たされることになるなんて…他に相手がいないと油断しているのかしら伯爵家。こっちがその気になればノーチェはもっと条件の良い頼り甲斐のある男性に嫁がせることだって可能なのよ。それこそ料理長の弟子でノーチェと面識があってでりしゃすも引き出している年の近い男なんてわんさかいるんだから)
半分くらいが狂人だが半分はまともなので選び放題だ。
料理人って独占欲が強いのかしら。自分の手料理以外の摂取を気にするのよね。
お嬢様の細胞を全部自分で作りたいって考えている奴が一定数いると判明したときのお父様の顔、時々夢に見るくらい怖かった。
ちなみに料理に異物混入を狙う奴はいない。我が家は子爵家。貴族だし、そんなことをしたら一発で独房行きだ。
何よりノーチェがむくーっとほっぺたを膨らましながら「食べ物にわざと食べられないものを入れる人、嫌いなの」と言ったことから、ちょっと言動の怪しい料理人達はスンッと大人しくなった。
お気付きだろうか。ここでノーチェから初めての「嫌い」が出た。
ノーチェに嫌われてまで異常行動に走る奴はいなかった。
幸いなことに料理長は完全に孫を見る目だ。だからこそおかしな思考にぶっ飛ぶ弟子の尻をぶっ飛ばせる厨房の砦になっている。頼りになるわ、料理長。
副料理長もまともな部類だと思っていたけれど、最近うちの侍女とかけ算の話で盛り上がっていた。
…数式の話よね。私は深追いしないわよ。精々仲良くしなさい。
とにかく、ノーチェの相手は絶対伯爵家の小僧じゃないといけないって訳じゃない。
いっそ別方向に誘導してみようかと考えたこともあった。
でも、ベスティに会えない…としょんぼりしているノーチェを見れば、そんな野暮はできない。
一ヶ月会えないだけでこんなにしょんぼりするのだから、別の人間などお呼びではない。
(あの小僧は何回ノーチェのしょんぼりポイントを貯めるつもりかしら)
スタンプカード一杯になったら子爵家からのお仕置きが発動するって知らないの? 今考えたから知らなくて当然ね。これから気を付けなさい。
「私、ベスティとご飯が食べたいの。会いたいの」
とっても素直な私の妹は、恥ずかしがることなく会いたいと主張する。
ほんわかしているけど強かなお母様と、のんびりしているけれど抜け目ないお父様の娘。
しっかり者だけど我が道を行くこの私の妹。
ノーチェはのほほんとしているけれど、自分の欲求にとても素直。
食いしん坊で、目新しいものが好きで、大好きを伝えることを躊躇わない。
どんなに捻くれた人間も、好きと言われ続けたら陥落してしまうわ。それが純粋な想いとわかればわかるほど早く、ね。
「お姉様に任せなさい!」
そう、任せなさい!
今が年貢の納め時よ!
というわけで小賢しい伯爵家の末っ子を甘味で買収して馬車ジャックして、在宅している伯爵夫人に体調不良などと逃げられないよう伯爵家へ乗り込んだ。
アポイントメントがない? 常識もない? おほほ根回し済みでしてよ! 伯爵は既にお父様の手で陥落済み。自分で解決出来ないとわかっているのだから大人しくしていればよろしいの! おほほほほ!
怒濤の展開に何が起きているのかわかっていないノーチェだけど、説明は小僧に任せるわ。第三者が語ると誤解が生じるから、当人同士で話し合いなさい。
伯爵夫人は突然乗り込んできた私に驚愕していたけれど、存在意義と言っても過言ではない息子が連れてきたから追い出せなかった。
伯爵夫人にとって、息子は自分の代行者。息子が伯爵家を継ぐことで、ないがしろにされた自分を慰められると本気で信じている。
幸せになりたいと訴える籠の鳥。
籠の中に幸せがないのなら。求めるのなら外に出るしかないのに、本気でそれに気付いていない。
籠の中の世界しか知らない憐れな鳥。
そもそも、伯爵の対処が悪い。
謹慎に対する期限を設けず、考えを改めるまで閉じ込める。相手を折ることしか考えていない。説得は相手の意見を否定する言葉の殴り合い。そのくせ夫人が執着しているオルカと距離を縮めて、ますます夫人を孤立させた。
幸いだったのは息子のオルカが母親を立てたことと、親族に彼女の味方がいたこと。使用人達も家政に携わる夫人を立てて、完全に孤立しなかったこと、かしら。
ただその所為で夫人はより息子に縋り、自分を追い詰める伯爵と前妻の息子に対して怨嗟を拗らせた。
賢いけれど子供のオルカはそんな母親を宥めることはできても、考えを変えることはできず…。
やっぱり伯爵の対処が悪い。
そもそも臭いものには蓋をするとばかりな態度が気に食わない。
――――伯爵夫人は、母親として成長する機会を奪われた少女だ。
子を産んで親になるのではない。子と共に親として成長するのだ。そしてそれは、同じ立場の人間が傍にいてこそモデルケースを描きやすくなる。
夫人は初婚。若くして後妻に入った彼女は、母親として悩みを共有できる友がいない。
当初はいただろう。子供達の催しに何度も参加していた彼女だ。
しかし貴族の繋がりは、社交に出ていないとすぐ見捨てられる希薄なものだ。
そう、何年も謹慎させられていた夫人には、誘いの手紙一つ来ない。
伯爵の行動で、彼女は親として成長する切っ掛けを阻害されてしまった。
母子だけでは価値観が凝り固まって、周囲の常識とずれていく。同じ立場の人間と触れ合って苦労を分かち合って、互いの常識を擦り合わせて正解を探していくのが子育てだ。親子だけで、家族だけで人間的に成長などできやしない。
家の中しか知らない家族は、世間に出れば食い物にされて終わりだ。
伯爵は世間を知っているかもしれないが、後妻からその機会を奪っている。そしてそれを自覚していない。
これだから仕事しかできない男って奴は。
いいえ、改善点を後回しにしている時点でできる男じゃないわ。いいところないじゃない伯爵。素直な息子と賢い息子を世に生み出す手伝いをした功績だけ認めてあげる。
夫人の語る持論を聞きながら思い出すのは、今まで関わってきた様々な令嬢達。
全員が望んだ幸せを得たわけじゃない。それでも彼女たちは努力して、自らの足で歩き出した。
私が引っこ抜いた。
引っこ抜いたが…その後、私が予想していない方向へ駆け出したのは間違いなく彼女たちだ。
じっと耐える時間だって必要よ。だけどもう、だいぶ待ったでしょう。
つまり、幸せになりたいなら。
こんな陰気な部屋でグチグチしている暇なんてないわ!
――――立ちなさい。私があなたのせっまい世界をぶち壊してあげる!
そして私は、伯爵夫人を力ずくで部屋から引っこ抜いた。
結果、薔薇の乙女が増えた。
写本に布教本を紛れ込ませた侍女は、計画通りと口元を歪めて笑っていた。
こいつ、お茶会で震えていた面影がかけらもないわね。
切っ掛けを紛れ込ませたのは侍女でした。
本人は可能性の一つとして娯楽を提供しただけだと供述しており…。




