【番外編】お姉様!!!!!!!
昨日の投稿時間はミスです!!!!
セルディ男爵家は没落したので、彼らは元貴族。
私の侍女として勤めている(姉)も貴族籍を失ったが、既に働き蓄えのある彼女にとって何の打撃にもならなかった。
貴族と結婚する場合だけ苦労するけれど、現在彼女の目に異性は萌の対象としてしか映らない。ときめきの方向性が違う。ちょっとこの衝動が落ち着くまで現実での恋愛は難しそう。
…それはそれで問題な気がするけど、明らかに元気になっているから健康で幸福ならいいんじゃないかしら。結婚だけが幸せじゃないわよね。趣味に生きる道もアリよ。
だから不健康で不幸を呼びそうなセルディ一家は、さっさとお帰り願いたいわ。
そう、現在の彼らは一般市民。
我が子爵家に乗り込むなんて真似、許されるわけがない。
門番にとっ捕まって丸められて牢屋にぽいっと放り投げるのが当然の流れというものだけど、タイミングが悪かった。
ロビンの帰宅に合わせて馬車が家の前に停まり門が開いた瞬間に、薄汚れた三人が元男爵令嬢(姉)の名前を叫びながら突進してきた。
ゾンビかと思ったわ。
お見送りで私と元令嬢…侍女も一緒だったから飛び出してきたんだろうけど、勢いというか動きがゾンビ。門番が阻んでいる隙間を縫って侵入しようと藻掻く様子がとってもゾンビ。
「無礼者! 私を誰だと思っている!」
「邪魔よ! 退きなさい! 私達は自分の娘に用があるだけよ!」
「お姉様! 見ていないでわたくしたちが身内だと証明して下さいお姉様!」
「身内がどこまでも恥をさらして申し訳ございません」
「彼ら今までどこに居たのかしら」
純粋に気になった。だって没落してから屋敷だって追い出されている。
数日経っているからその間どこかに身を寄せていたはずだけど…そこも追い出されたのかしら。
彼らは結局最後まで、自己を省みることのできなかった人たちだ。
私も一応、気にかけたのよ。
どこまでも悪臭漂う男爵家だけど、シシアン子爵令嬢(妹)みたいなケースもある。いってしまえばセルディ男爵令嬢(妹)だって両親から毒を与えられて育った令嬢だ。もし更生の余地ありと判断できたなら、姉が望むなら、視界に入らない範囲で更生のチャンスを与えようかとちょっとだけ考えた。髪一筋分くらい考えた。
無駄だったけど。
彼女は姉がいなくなっても誰かを甚振ることをやめなかった。
誰かを傷つけて、か弱いふりをして、罪を認めず周囲に傷ばかり増やしていた。
無自覚な振る舞いではない。自分が誰かを追い詰めていると自覚していながら、諫める声を潰しながら、自らの行いを改善しなかった。
だって悪いことだと思っていないから。
自分が幸せなら、他者の涙など目に入らない。
――――あれは誰かを傷つけて、高揚感を幸福感と勘違いしてしまった人間の末路だ。
ノーチェがいなくて良かったわ。
あの子は今、チーズケーキを抱えて令嬢達のお茶会に参加中よ。どの子もほわほわしていて綿菓子の集まりみたいで平和。この殺伐とした場所と比べたら天と地の差がある。
あの子のお土産話を活力に、悪臭放つ一家を追い払わないと。
ちなみに今まで喩えで言っていたけれど、今日は本気で臭いわ。数日でここまで臭くなれるって才能ね。残念ながら私じゃ活用方法が思いつかないから別を当たって頂戴。
彼らを構ってあげる必要などないのだけれど、目の前で騒がれたので仕方がなく近付いた。
彼らを押さえ込む門番の背後。万が一彼らが掻い潜っても届く前に押さえ込まれる距離で立ち止まり、私は腕を組んで仁王立ちした。その斜め背後で控える侍女は、無表情でゾンビみたいな動きをする生物学上の両親と妹を睥睨している。
ロビンも近くに控えてくれたけれど、何かする気はなさそう。私の邪魔にならないよう、背後に控えてくれた。
「あらどこの腐った果実かと思えば廃棄済みで商品価値なしと判断されたセルディ一家ではございませんか。我が子爵家に何のご用でしょう。人として腐っているあなた方は知り得ないかもしれませんが、人に会うときは身分差関係なくアポイントメントを取る礼儀があるのですが、受け取った覚えはありませんわねぇ」
「アルディーヤ子爵令嬢…!」
「まあ! 社交でお会いしたときと顔つきが随分違いますのね野性味がましていましてよ? 縋れる相手がいない所為かしら? 最後にはあなたの涙に関心を向けるものもいなくなりましたものねぇ、頼る相手がいなければ人は強くなるものです。良かったですね人として成長できて」
「何も良くないわ…!」
頼る相手がいないから面倒ごとを押しつける相手がいなくて苦労しているのだろうけれど、そもそも押しつけること自体が間違いだから。ここで自立して自分の足で立てば拍手喝采あんよが上手ー! ってできるのに。できそうにないわね。はんっ。
「ご令嬢! 私達の状況は知っているだろう!? そいつに命じて私達を保護…」
「ねえあなた、扶養控除の登録は必要?」
「私は独り身ですし親兄弟もいませんので必要ありません」
「な…何を言っているんだ! 親不孝者め! お前の稼ぎで私達を養うのが長女の責務だろう!」
「そうよ! なんのために生まれてきて誰が育てたと思っているの!」
「少なくとも、私をないがしろにする人たちを養うために生まれてきたわけではありません」
私の斜め背後に控えながら、私の侍女はきっぱりと彼らを拒絶した。
「私の生きがいは私が決めます。貴方たちには、萌えない」
最後の台詞はいらなかったと思うわ。
「な、生意気な…使い潰される使用人の分際で…っ」
「その使用人の給金目当てに這いずる貴方たちの立場は一体何なのでしょう。一時は生まれたことを嘆きましたが、今は少しばかり感謝できます。ですがそれは育てられた恩義には繋がりません。だって私は貴方たちに育てられていませんから」
「お、お姉様、わたくしは。わたくしはあなたの妹ですわ。妹を庇護するのは姉の役目でしょう?」
「庇護するほどか弱い妹など私に存在しません」
「わたくしがこんなに困っているのに!?」
「知りません。ご自分で解決なさい。成人してから何年経ったと思っているのですか」
これ、私と同い年なのよね。つまり十九歳よ。
「それにか弱く庇護欲の擽られる妹は間に合っております」
おいこらそれ私の妹のことじゃないでしょうね。あの子は私の妹よ。おわかり?
可愛くて癒やされて純粋に慕ってくれる年の離れた妹の理想型だけどあの子は私の妹。皆の妹ではなく私の妹よ。
「私は成人して、家を出ました。貴方たちとは何の関わりもありません。お引き取り下さい」
「ぐぅ――――!」
お手本みたいに呻くじゃない。
話の区切りがついたと判断した門番が、動きの鈍くなったセルディ一家を締め上げる。彼らはあっという間に簀巻きになった。
彼らはこれから憲兵に引き渡されて、貴族の屋敷に乗り込んだ庶民として裁かれる。敷地内に侵入していないからまだセーフだけど、鞭打ちは免れない。
「今の今まで他人から搾取して楽をしてきたのだから、これからは死ぬ気で働きなさい。もう誰も貴方たちの糧になる人は居ないわよ」
最後に一言、わかっていなさそうだから親切心で教えてあげただけだった。
しかし嫌みに聞こえたらしく、セルディ元男爵令嬢(妹)は憎らしげに顔を歪めて、私を見上げて怒鳴りつけた。
「なによ…自分だって妹から搾取しているくせに!」
憎らしげに吐き捨てられて、一瞬何を言われているか分からなかった。
妹から搾取?
…私がノーチェから搾取しているって?
きょとんとした私が虚を突かれたように…図星を指されたように見えたらしい。元男爵令嬢(妹)は愛らしい風貌を醜悪に歪めて、私をせせら笑った。
「妹が未成年なのをいいことに、妹のアイデアを奪って商売に利用している性悪な姉。本当は妹が生み出すはずだった利益を独占して使い潰す強欲な姉って社交界では有名だわ! あなただって身内を糧に咲いた毒花じゃない! そんなあなたに私たちを糾弾する権利などないわ!」
勝ち誇ったように叫ばれた内容に瞬きを繰り返す。
そういえばあったわね、そんな噂。
私は、売り出す手段は思いつくけれど、商品自体は思い浮かばない。
あるものを利用して、形作ることはできない。人が作ったものを宣伝して広告塔になることはできるけれど、私にアイデアの泉はない。
ノーチェはポコポコアイデアを生み出す、湧き水みたいな子だ。
私はその湧き水をボトルに入れるかコップに入れるか、なんなら川を作るかを考える人。
だけどその水を、アイデアを自分の物だと主張したことは一度もない。
ノーチェのアイデアを使用するときは、全てあの子の名前で発表している。
そうしないと、私の手柄になっちゃうもの。
だから、小さいノーチェにはデザイン料が資産に入っている。未成年だから管理はお母様がしているけれど、あの年でしっかり稼いでいるのだ。
家族だろうがなんだろうが、アイデアは有料なんだから報酬は払うわよ。
ノーチェもしっかり把握している。お小遣い~なんて嬉しそうだけど、お小遣いの金額じゃないのよね。厨房スタッフの臨時ボーナスとして活用するから、厨房スタッフは更にノーチェに傾倒していく。
――――表面だけ見る人に、私が妹の知恵を搾取しているように見えるのは仕方がない。
仕方がない。
仕方が…。
なくないわね。ただの節穴だわ。
私はしっかり胸を張って、長い茶髪を手の甲で払った。
「私と妹には確固たる信頼関係があるの。外野の的外れな戯れ言なんか聞くだけ無駄ね」
「あ、あなたの思い上がりじゃないっ」
「一方的に搾取するだけのアンタと私を並べないでくださる? 気分が悪いわ…だってとっても、アンタって、くっさいんだから」
最低とか、性悪とかよりも、美しい外見で周囲の印象を操作してきた彼女にはこの一言が何より効いた。
衝撃を受けた顔をして、口を大きく開いて…ぱくぱく言葉を探すけど、まったく言葉が出てこない。
恐らく、自覚がある。
身嗜みを整えられていない彼女は、心身共に、臭い。
「う、う、うあああああああんっ!」
泣き喚く彼女を呼ばれた憲兵達が連れて行く。
ああ騒がしかった。
仁王立ちする私の隣に、黙って一部始終を見守っていたロビンが一歩踏み出して並ぶ。
「強いなぁ君たちは。誰の手助けもいらなかった」
「ふふん、だって私、お姉様だもの」
「そうだね。妹が尊敬する、強いお姉様だ」
「おほほほほ」
「君の妹は、間違いなく姉が大好きだよ」
「…改めて言われなくても、ちゃんとわかっているわ」
わかっているけど、第三者からの断言は自信に繋がる。
そう、これは私の思い上がりなんかじゃない。
もちもちほっぺのノーチェは、絶対の信頼感から私に笑いかけてくれている。
だから私は、その信頼を裏切らないお姉様でいるのよ。
というかアンタの問題なのに私達のやりとりで悶えてんじゃないわよ。そこの侍女。
私を男体化させて婿候補と無理矢理薔薇の園を作り上げていたの知っているんだからね。
誰が襲い受けだ。
ノーチェ発案、おやつ抜きの刑に処す。
その日の夜、ノーチェがひょっこり現れて。
「お姉様、いつもありがとう。大好き」
そう言ってにっこり笑ってもちもちほっぺを擦り付けてきたから、遠慮なくこねくり回した。
まったく、我が家の使用人達は本当に、愉快でとても距離が近いわね!
お姉様は気にしていないわと気丈ですが、見聞きしていた使用人達はそっとノーチェをお姉様のところに誘導しました。
よくわからないけれど何かを察したノーチェ、お姉様に惜しみないありがとうと大好きをお届け。
この後、こっそり両親からの指示で、プリンの差し入れを頂く。
子爵家は今日も平和です。




