【番外編】お姉様!!!!!!
何故、お姉様は婚約を急がなかったのか。
勿論ちゃんと理由があります。
アルディーヤ子爵家はとってもお金持ちな子爵家だ。
貴族として家格は低く、上位貴族に婚約を無理強いされれば断れない。それでもやんわり回避が可能なのは、たくさんの商売であらゆる貴族と繋がりを持ち守って貰っていることと、お父様が娘の望まない婚約はしないと明言してくれているからだ。
だから私の周りには婚約者候補の令息達がわらわらわらわら。
お前ら砂糖に群がるアリか? ってくらいわらわらやってくる。
私は幸せになるつもりしかないので容赦なく篩にかけた。情報収集は基本。どれ程穏やかで優しい顔をしていてもお腹の中は真っ黒なものだ。腹黒は趣味じゃないのでおととい来やがれ。
子爵家姉妹に群がる令息達。しかしノーチェは隣に伯爵家長男が陣取っているので、相手が決まっていると予想されており被害に遭っていない。
しかし、長女の私が婚約を決めてしまえば、余った輩が押し寄せることは想像に難くない。
そう、あぶれた奴。長女がだめなら妹でも! なんて考える不埒な奴。
一度失敗した奴は手段を選ばない。最悪既成事実を作ろうと動く馬鹿もいるだろう。そうなれば傷つくのはノーチェだ。
だから私は、ノーチェが平穏に大好きな伯爵家の小僧と婚約できるように、それまでの間は防波堤に徹するつもりだった。
だけど、思った以上に伯爵家の男達がヘタレだった。
私が十九歳。ノーチェが十四歳になった今でも、伯爵家の現状は変わっていない。
腰が重すぎるのよあいつら。
ロビンにさっさと告白しておいて良かったわ。
だって気持ちを伝えておかないと売れちゃうじゃない。いくら私を好いてくれていたとしても、振り返らないと思ったら勝手に諦められちゃうかもしれないでしょ。好かれているからって好意に胡座をかかないわよ私は。
私が好きになったんだから、他の女が好きになる可能性は百あるのよ。
油断できるわけがない。
「来年はノーチェも十五歳…デビュタントになるって言うのに解決しないようなら私とお父様が動くわ。下準備でお父様も伯爵と紳士クラブで飲み友になったようだし。とにかくノーチェが婚約したら、速攻で婚約発表して結婚するわよ」
「電撃結婚になるな…」
苦笑しながら、ロビンは珈琲に口をつけた。ミルクも砂糖も入れていないブラック。普段は砂糖を一つだけ入れるけれど、今日はお茶請けが甘いから砂糖を入れなかったようだ。
本日のお茶請けはノーチェ発案、ミルクレープ。
薄いクレープと生クリームを何層にも重ねたケーキ。ノーチェ発案のミルクレープは、各断層に薄切りした果物が並べられている。断層で色が統一され、断面図が彩り豊かでとても美しい。
難点は食べ難いことね。ミルフィーユもだけど、多重菓子はどうも苦手よ。美味しいけど。
「でも時間があって良かったんじゃないか。あれから君は周辺整理に奔走したわけだし」
「まあ確かに時間がかかったわね。私が対応を間違えて禍根が残るのは良くないし。アンタに誤解されたくないし、向こうにだって悪いし、きっちりしっかりお断りして回ったわ」
「君は本当に誠実だ。そして思った以上に熱烈だ…」
「私直球しか投げないわよ」
「うん、剛速球…」
告白から二年経っているのに未だ照れるの反則じゃない? 反応が素直で可愛い。
それなのにいざとなれば年上の余裕見せるのずるいわ。好き。
そう、私はこの二年で私の婿候補だった人たちにきっちりお断りして回っていた。
といっても、婿候補としての話をした人たちだけ。告白されてもいないのに、いきなりお断りの話をするわけがない。ちょっと匂わせる程度のやりとりだった人たちには、相手が決まったことだけお伝えしているわ。
好意に応えられないのは心苦しいけど、すっぱり振らないと相手が次の恋にいけない。相手を傷つけるとわかっていたけど、私はきっちりすっぱりお断りして回った。
心を鬼にするのではなく、誠意を持って。
その後も商売で繋がっている人もいるし、担当から外れて会わなくなった人も居る。
人との繋がりはそう簡単に切れないし、気持ちの切り替えは容易じゃない。でも嫌いだったわけじゃないから、今後の幸福を祈っているわ。
私? 振った奴らの為にも全力でロビンと幸せになるわよ。
ごめんなさいの重み分、全部幸せに変換してやるんだから。
まあちょっとは気にするけど、これこそ時間が解決する問題と思うわ。
「…君が誠実に対応したから、次の幸せをつかめた奴もいる。君の対応は間違っていない」
「え、知らないわ。何その情報」
「あれ、こういうのは女性の方が早耳かと思ったけど…まだ伝わっていなかったか。君が設立した帳簿代行の店があるだろう」
「代行サービスの店ね。あれはノーチェのアイデアよ」
「君の妹は本当に色々思いつくね。そう、その代行サービスの店を君の婿候補の一人が取り扱っていただろう?」
「そうね、任せていたわ」
「彼、先日トランズ伯爵令嬢と婚約したよ」
「えっ……姉の方と!?」
驚いた。
…実は、トランズ伯爵令嬢(姉)の方も、あの後仕事を斡旋していたのだ。
というのも、彼女が妹を攻撃していたのは父親の裏切りを知って伏せてしまった母親への憐憫と、父親への失望。そんな中で溌剌とした妹へ憎悪を募らせ、存在を認められなかった。
しかし私が妹を読み聞かせの仕事で引っこ抜いたことで妹が屋敷にいる時間が減り、距離を取ることに成功。姿が見えなければ苛立ちは募らず、自分を見つめ直す時間ができた。
悪いのはお父様なのに、妹ばかり攻撃していた自分は心が狭かった。だけど歩み寄るのは難しい。そもそも自分にはあの子の声のように、誇れるものがあるだろうか…。
考えた彼女は、妹を引っこ抜いた私のところに自らやって来た。
私にも何かできることはあるか、と。
…知らんが?
正直困った。まさかの直訴。
しかし自分を変えようと動き出している令嬢の導きとなるならばと、じっくり話を聞いた。話を聞いた結果、計算が得意だというので代理店へのお手伝いをお願いした。
計算が苦手な貴族は一定数いるので、帳簿代行はそこそこ需要がある仕事だ。勿論帳簿なので契約はしっかりしている。秘密保持とかね。
まあ、代行サービスを使うような貴族は悪事を働くこともないけれど。証拠をわざわざ人に任せる悪人は…まあ、うん。げふんげふん。
とにかくそんな理由があって、トランズ伯爵令嬢(姉)は粛々と真面目にお仕事をしていた。
「…知らなかったわ。ということは、前々からいい感じだったの?」
「君が彼を振ってから二年だ。どうやら根気よく慰めてくれたのが彼女らしい。同じ伯爵家だし、代理店の利益は彼に譲渡していただろう? その関係もあって反対されることなく婚約できたと聞いたよ」
「なら良かったわ」
彼は伯爵家の三男で継ぐ爵位もない。悪い男ではないし、トランズ伯爵令嬢(姉)が騙されているってこともないだろう。
いえ、慰めに行ったってことはせっせとアプローチを頑張ったってことね。おめでとう。
彼女は父親の裏切りに傷ついて、真摯な愛を求めていた。彼ならきっと、彼女を裏切ることなく真摯に愛してくれるだろう。
愛されていると実感できれば、彼女の妹に対する悪感情も収まることだろう。
ちなみにその妹は児童保育の読み聞かせから羽ばたいて、劇団にいる。最近では主演女優に選ばれ音響担当といい感じだとか。
庶民だけど、そもそも庶民として生活していたから、貴族として生きるより庶民として愛に生きたいらしい。生粋の貴族が庶民として生きるわけでないから、障害は少ないと思うわ。
なるとしたら娘二人に見放されつつある父親の存在だけど、ちょっとくらい目を光らせてあげましょう。びかびかとね。
流れでシシアン子爵令嬢(妹)の話をするなら、彼女は彼女で大変貌を遂げた。
実はシシアン子爵令嬢(姉)から妹と両親を引き離したい、と相談を受けたのだ。
曰く、妹は両親から優しい虐待を受けている被害者だ、と。
両親は末っ子に甘く、何でも許し続けた。教育を放棄して、可愛い可愛いと愛でるだけ。
欲しがるものは全て与え、嫌がることは遠ざけた。
そうして育ったのが今の欲しがりな妹だ。
妹は、そう育てられたので欲しがる以外のことを知らない。
劣悪な教育。何度諫めても正されなかったからこそ、両親と妹を引き離して妹には更生して欲しいと姉は願っていた。
――――あの子が罪を犯す前に。
望まれたのなら仕方がないと、私はシシアン子爵令嬢(妹)と接触した。
簡単だ。あーそびーましょーっと声を掛けたらホイホイ来た。
何せ私はお金持ち子爵令嬢。しかも子爵令嬢(妹)とは同い年。オトモダチになって損は無い。誘われたらたいていの人は来る。
そして私は呼び出した子爵令嬢(妹)と欲しがる間もない弾丸ツアーを決行した。
あらゆる体験コーナーだ。
子爵令嬢(妹)は与えられるばかりで自分で何かしたことがない。甘やかされて、望むがままにありとあらゆるものを手渡され、ものが生み出される過程をわかっていない。
私は強制的に彼女に自分でものを生み出す作業に関わらせて、まずは物作りの途方もない行程と労力を教え込んだ。
ちなみにこの弾丸ツアー、お泊まり込みの三泊四日で決行した。旅行に行ったことのない子爵令嬢(妹)は意外なことに文句を言わず始終テンションが高かった。
そしてさらに意外なことに、彼女は馬に嵌まった。
馬だ。
弾丸ツアーで牧場へ足を運んだとき、丁度仔馬の出産と立ち会うことになった。人手が足りなくてお湯だ布だなんだとバタバタしている中に巻き込まれたのだ。
そして目にした生命誕生の瞬間に、子爵令嬢は泣くほど感動した。
気持ちはわかるわ。私も泣いたし。が、がんばえーっ!! って応援していたもの。
ここでまさかの欲しがり妹、与えたがりにジョブチェンジ。
牧場から離れなくなり、仔馬の周りをうろうろしては何が必要かを聞いて回り、掃除や餌やりに積極的に参加して、ドレスを脱ぎ捨て作業服を着るまでになった。
流石にこれは予想外。
そしてこの献身的な世話焼き具合に惚れた牧場の息子(男爵子息)が求婚。
流石にこれも予想外。
しかし与えたがりになっていた彼女はバッサリお断りして仔馬にかかりきり。
とっても予想外。
そんな君が好きだーっと牧場の中心で愛を叫んだ彼に絆されて、彼女は告白を受け入れた。
予想外。
子爵家の両親は大騒ぎしたようだが、すかさずシシアン子爵令嬢(姉)が両親の弱みを突きつけて(しっかり調査していた)爵位を継ぎ、両親を纏めて別宅へ隠居させた。その際ハンドメイドの趣味で繋がった男性を婿にして、手際よく自身の足下を固めた。
ちなみにその男性、熊のような騎士はうちのハンドメイド編み物部隊の一人だ。
大きな身体でちまちま編み物をするのが好きで、その背中にキュンとした子爵令嬢(姉)が積極的に声を掛けていたらしい。編み物の趣味からどんびかれることの多い彼は声を掛けてくれただけで嬉しかったようで、最初から好感度も高く、良好な関係のまま婚約を結んだらしい。
両親を隠居させる際、その弱みを見つける作業に騎士としてお手伝いしたらしいが、詳しいことは黙秘。
姉の方は予想通り、私の手助けはいらなかったわ。私は仕事を斡旋しただけで、ほぼ自力で幸せをつかみ取った。
イイ女ね。惚れ惚れしちゃう。
妹の方はそのまま牧場に嫁に行って、一応貴族だけど平民に近い生活を過ごしている。
それでも問題ないくらい、仔馬に愛情を注いでいるらしいわ。
そこは旦那に注ぎなさい、愛情。
ぶっちゃけ私の中で一番予想外の変貌を遂げたのこの子よ。
うちの侍女? あれは規格外よ。
…そう、残るはうちの侍女の実家。セルディ男爵家。
ゆっくりミルクレープを口に運び、果物の酸味とクリームの甘みを楽しみながら、そばで控えているセルディ男爵令嬢(姉)に視線を走らせた。
彼女の実家は救いようがない。
彼女も手を差し伸べる意思はない。
だから、数日前に没落が決まった。
そして…元男爵家の人間が、傍若無人に彼女を頼って子爵家に乗り込んで来るのは、今から二時間後の未来。
臭い口ね~って思っていた人たちも、自分で考えを改めたり切っ掛けでいい方向に変貌したりしたので、お姉様はそれを教訓にしています。
それでもどうしようもないくらい腐っている奴もいる。
そう、失敗作や不味いものは手を加えて作り直せるけど、ドロドロに腐っているものは捨てるしかない。




