【番外編】お姉様!!!!
結論だけ言うわ。
侍女にした。
歩けるくらい回復してから、正式に、男爵令嬢として、行儀見習いの侍女として雇ったわ。
というのも、この男爵令嬢(姉)はすっかり働いていないと強迫観念を抱くようになってしまっていた。
布団に包まれてブルブル震え、申し訳ありません申し訳ありませんと謝る令嬢に、私は仁王立ちで言い放った。
「時間が解決するとは言うけれど、時間は無作為に過ぎていくものよ。どれだけ心を休めてもまったく考えなくなることなんてないわ。どれだけ時間が過ぎても癒やされるものですか! そんなあっさりした傷を抱えているわけじゃないでしょう。だからあなたの身体が震えるのも仕事を求めるのも仕方がないこと。謝る必要などないわ!」
それでも気にする令嬢に、私は寝台の上にいてもできる仕事を押しつけた。
「何もしていないから考えてしまうのよ。現実逃避だろうがなんだろうが、集中して没頭できる趣味を見つけるしかないわ。仕事じゃなくて趣味に力をいれるの。自分のペースで活動して許されることをしなさい。誰かに合わせず、やりたいことをやるべきよ」
「何もわからないの…」
「今は仕事でいいから、片っ端からやるわよ! 好きと得意は違うからそこだけ注意して、続けたいと思うものだけ教えなさい!」
刺繍や裁縫、計算などの事務作業に清書作業。情報収集の整理や子供に読み聞かせる本の選別。とにかくいろんな仕事を布団に押しつけた。
「でも何より大事なのは睡眠よ。無理して眠るのもよくないけど、眠れないのはよくないわ。眠れると思ったら昼だろうが横になりなさい!」
「そんな…こんなふかふかした布団に入っているだけでも心労なのに…横になるだなんてっ」
「そこで仕事しても慣れないなんてアンタ強敵ね」
慣れさせる意味も込めてだったがとことん慣れなかった。
そんな私達の攻防を、ひょっこり現れたノーチェが解決した。
「お姉様のお友達は働き過ぎで眠れないのね? 横になると、休んでいる場合ではないって強迫観念に襲われるのかしら? それなら座ったまま眠れるように、肩にね、こうね、乗せて背もたれに寄りかかって眠れる枕を作ったらいいと思うの!」
「レッツ試作」
「あれぇ?」
すぐさま裁縫部隊に連絡して作られた「座ったままお昼寝枕」は首を半周包む形で作られ、素材に拘りしっかり綿が敷き詰められた。ラベンダーの香り付き。
装着してすぐは擽ったそうにしていた令嬢だが、装着して椅子にもたれかかり…スンッと眠りに落ちた。
なんってものを開発したのだ。
これなら、休みの少ない事務員などの仮眠にお役立ち過ぎる。
ノーチェ…恐ろしい子…!
それでようやく睡眠を確保した男爵令嬢(姉)はめきめきと回復し、仕事の中でも読書を気に入り趣味を見つけ…気を紛らわす、ということを覚えた。
そのまま私の侍女として雇用して、仕事としては私の秘書の役割を与えている。
令嬢だけあって文字の読み書きも計算もできたんだもの。優秀なら使うわよ。今ではすっかり私と一緒に仕事をする男性陣にも顔を覚えられ、私のバリケードになるくらい強かさが出てきている。
実家? 姉が悪徳な私にこき使われていると思っているのかノータッチよ。彼女たちがしていたこと、家庭の問題として大きく突き詰められないから厄介なのよね。
まあ、様々なことを押しつけていたようだから、彼らは自分たちで仕事が回らなくてこっちに構っている暇もないわ。政略結婚という手もあるけれど、雇用する際にこの子の今後は私が決めることを了承させているからそれもできないのよね。
自滅するのを待っているわ。
…そうやって活躍しはじめたこの子だけど、何故か最近挙動が怪しい。
元気がないというか追い詰められているというか…よくわからないが、物憂いため息をついたりする。
はっきりしないとその内吐かせるわよ…?
なんて思っていたら、頬をリスのように膨らませたノーチェが私の部屋にやって来た。
あら珍しい。
「聞いてお姉様! ベスティが酷いの!」
「へえ~」
「ピクニックに行く約束をしたのにお弁当を作ってくれないって言うのよ!」
「はぁ~ん」
あのへたれ小僧まだ自信がないのか。
現在私は十六歳。ノーチェは十一歳。
この一年で料理をはじめた伯爵家の小僧は、それなりに料理ができるようになったらしい。
得意料理が何かまでは知らないが、一人で材料を揃えて調理することができるようになっている。
普通そこまでになったら得意料理をノーチェにつくって結婚の一つでも申し込むものだが、一緒にいる時間が長かった小僧は気付いてしまっているらしい。
そう、ノーチェの舌は、とても肥えている。
本人は否定するが、とっても肥えている。
(毎食、料理長渾身の一品を食べているからね…)
しかも一緒に研究までしている。
本人は「映え」でしか役立たないと思っているようだが、バランスがどうとか栄養素がとか、かなり専門的な用語でお話できる時点で、作れないだけで、とても関わっている。
その際試食もするのだ。確実に、同じ家にいてもノーチェの方が美味しい物を食べている。
そう、そんなノーチェに「美味しい」といって貰うための一品。
周囲が考えていた以上に難しかった。
(たとえ失敗してもノーチェは感激して褒め倒すだろうけど、それじゃだめなんでしょうね)
一端に、料理人としてのプライドが芽生えているらしい。
大好きなノーチェに半端なものは食べさせられないと、頑なになっていた。
「ピクニックなら、ベスティのお弁当食べられると思ったのに…」
しかしここで、しゅんとするノーチェを生み出してしまっているのでマイナスだ。
オロオロしている小僧の姿が容易に想像できる。
「じゃあお弁当は誰が作るの?」
「あのね! 伯爵家の人たちがね! 渾身の力作を作ってくれるって教えてくれたの!」
そして美味しいお弁当で機嫌が直ることも予想できた。
(ちょろかわ…!)
大好きなベスティのお弁当も食べたいが、約束された美味しいお弁当も嬉しい。
食いしん坊な妹、可愛い。
それはそれで複雑な気持ちになるだろう小僧は反省しろ。
というかさっさと告白して婚約しろ。さっさと付き合え。なんでオトモダチのままなのよ。
さっさと付き合っちゃえよ!!!!! と隠れて叫んでいるのは一人や二人ではない。
「…じゃあきっと、我が家のお弁当も渾身の力作ね」
「そうなの?」
「ノーチェがよそのお家のお弁当を食べるのに、こっちが手抜きするはずがないわ」
「あれぇ?」
お嬢様がでりしゃすって言うのは我が家のお弁当だ!!! って見えないところで火花を散らす料理人達を知っているのはノーチェ以外の全員だ。
本気で首を傾げる妹、おニブで可愛い。
ふと、控えながらぷるぷる震えている令嬢に気付いた。
…何しているのかしらあの子。
ちょっと呆れているとノーチェも気付いた。
「なあに、具合が悪いの?」
「いいえ! 問題ありません!」
「でも震えているわ。無理はしちゃだめなのよ」
「いえ、その…お、お嬢様は、本当にお食事が好きなのだなと、微笑ましくなって…」
「うん、大好きよ!」
「うっ眩しい」
…この子最近変なテンションなのよね。
確かにノーチェの笑顔は眩しいけれど、そこまで大袈裟に反応するほど?
ノーチェはうきうきと話を続ける。
「私ね、卵が好きなの」
「え、はい」
「でもね、チーズも好きなの」
「はい」
「それでね、卵とチーズを足すとね、とっても幸せになれるの」
「…はい」
「料理は計算式って副料理長が言っていたの。足し算して、引き算して、かけ算や割り算も必要になるの」
「……計算式」
「それでね、足し算で幸せになるなら、かけ算だともっと幸せだと思うの」
「かけ算、幸せ…」
「だって大好きがたくさんよ? やり過ぎはよくないって言われたけど、計算してみて想像するのも大事だと思うの。実際試してみたら美味しいかもしれないの」
「…じゅるり」
「そうよね、想像すると涎が出ちゃうの!」
「わかります」(キリッ)
本当にわかっているのかこの男爵令嬢(姉)
…なんか、違うことを考えていない?
「あの、実は私、好きな者がいまして」
何の話を始めているのアンタ。
「わあ素敵」
動じないノーチェもどっしりしているわ。お母様に似たわね。
「ですが他にも好きな者がいまして」
私の妹に何を聞かせているの?
「魅力的なのね」
受け入れる度量が広いわ、私の妹。
「どちらか片方を選ばねばと思うのですが、どちらも私の魂を震わせる存在のため選ぶのは難しく…」
だから何を聞かせているの。強制的に黙らせるわよ。
「好きって、結婚したい好きなの?」
「いいえそんな烏滸がましい私は壁、もしくは天井。なんなら空気になりたいです。彼らを生かす酸素であり、排出される二酸化炭素に、私はなりたい」
なんて?
「ううん…? 結婚したい好きではないなら、選ばなくてもいいの」
「選ばなくても…いい…」
「結婚したい人は一人だけど、そうではないのでしょ? その人に押しつけないなら、たくさんの素敵な人を想っていても許される筈よ。だって素敵な人なんでしょう? 憧れって止められないと思うの」
「止められない…」
そう、止められないわ。
ノーチェと話しながら別の扉を全力で突破している男爵令嬢(姉)を止められないわ。
「そうだわ、憧れの人がたくさんいるなら、一緒にいるところを想像すると楽しいかも。私もね、憧れのお料理をテーブルに想像で並べるとドキドキしちゃうの。大好きが揃っていると、幸せよね!」
「………ありがとうございます…!!!!!!」
「あれぇ?」
何かに目覚めたわ。
手遅れだった気もするけど後押ししたわ、私の可愛い妹。
ノーチェ…恐ろしい子。
ちなみにこれが後の、薔薇の乙女会長、爆誕の瞬間だった。
侍女になった男爵令嬢は読書に嵌まり、登場人物に悶え、美しい主従愛に感動し…邪な目でキャラの関係を妄想しはじめてしまっていた。
(いけないわ…作者はそんな意図もないのにおかしな妄想をするのは失礼…いけないわ…)と思うが止められず。
なんなら切磋琢磨する厨房スタッフの友情と先輩後輩のやりとり、料理長と副料理長の信頼関係、他家の厨房スタッフとの確執などで大変萌えていた。
いけないわ…と思いながら、ノーチェの何気ない言葉に後押しされ、沼に沈む。
「集中できる趣味を見つけろってお姉様もいっていたから全力で趣味に没頭します!!!!」
彼女が開き直った結果が薔薇の乙女である。
お姉様、腐らない人だけど理解はある人。ただし妹を必要以上に近づけさせないと誓った。




