【番外編】お姉様!!!
誤字報告ありがとうございます。
セルディ男爵家、口臭どころか魂にこびりついた悪臭を放つ家だったわ。
腐ってやがる。どろどろにな。
私があれから、セルディ男爵令嬢(姉)と遭遇するまで三年かかった。
私は十五歳に。ノーチェは十歳になったわ。
ちなみにデビュタントではお父様にエスコートして貰った。ヘタに令息を選んで婚約だなんだと言われるのが煩わしかったから。
問題の男爵令嬢だけど、社交界デビュー前から表に出てこなくなった。今では妹の方が社交界デビューして、せっせと臭い口から姉がいかに怖い人なのかを語っている。
曰く、姉は礼儀にとても厳しくて、不出来な私を礼儀がなっていないと鞭で叩く。頑張っているのに姉は容赦がない。お父様お母様は私を心配して、お姉様は謹慎状態…。
なんて言っているけれど、信じているのは可憐な容貌に目が眩んでいる子息と頭の軽い令嬢だけね。ほぼ信じていないわ。
だって彼女、とても綺麗な手足をしているんだもの。
鞭で叩かれたといいながら、綺麗な手足を晒している。見えない部分を打たれたのだとしても、痛みで動きが鈍ることもない。実際叩かれたら肌が裂けて大変なことになるのにそんな素振りもなく、ただ目を潤ませて姉の悪行を語るだけ。
姉と同じ年代の令嬢を見ても怯むことなく、彼女の中で姉の存在がトラウマになっているとは思えない。
そもそも行動が同性に嫌われる女そのものなのよね。私可哀想、っていいながら見目のよい男性に擦り寄っている。ちゃんと考える頭のある人は騙されないわよ。
でも、言い続ければ真実にされる。
発信し続けるとそれは毒になる。
信憑性がなくても、発言され続ければそうかもしれないと思考を侵食される。
声が大きい人の意見で声の小さい人の意見を食い潰すように、正しくなくても世に蔓延って真実のように塗り替えられる。
実際この年、男爵令嬢(姉)の姿がまったく見えないことから、デビューしたての小娘の戯れ言を信じる者も増えてきていた。
イラッとするわね。
私は正義の味方じゃないけど、あからさまな行為は目障りだわ。
だから私は、セルディ男爵令嬢(姉)と鉢合わせるため商人の伝手や情報通な方々を駆使して情報を集めた。
そうして知ったのは、セルディ男爵令嬢(姉)が謹慎どころか召使いのように扱われ、妹どころか家族に鞭で打たれている事実。
…はぁー?????
信憑性はあるけれど間違いがあるかもしれないので、私は偶然を装って男爵家の近くまで赴き、あらやだちらっと目に入りましたわなんて言い訳をしながら男爵家の使用人が使用する井戸を覗き込んだ。
なんでよその家の間取りがわかるかって? こんなのだいたい見ればわかるわ、井戸がどのあたりにあるかなんて。
というか垣根低すぎる。防犯意識どうなっているの。見えちゃった~なんてしなくても普通に見えるわこの高さ。
そう、がっつり見えるわ。ボロボロの使用人服で必死に井戸から水を汲む男爵令嬢(姉)の姿が。水を運ぶ途中で別の使用人に足を引っかけられて転んで泥だらけになり、令嬢なのに使用人達からせせら笑われている令嬢の姿が。
はぁああ――――??????
この家臭いんですけどぉ――――?????
しかもなんか令嬢、三年前に見たときより痩せ細っているんだけどぉ――――??????
あ、これほっといたら死ぬ。
そう思ったので、令嬢がお使いを押しつけられて外に出たところを狙って当たり屋をして、無礼者~ただではおかぬ〜って感じに適当ぶっこいて馬車に乗せた。
渾身の演技力で物語に出てくる悪役令嬢みたいに高飛車になれたと思うの。御者が笑いを堪えていたけどなれていたわ。男爵令嬢(姉)がぽかんと口が半開きだったけどやれていたはずよ。ええ!
この無礼者は直々に罰を与えるって男爵家に連絡入れて子爵家につれて帰った。
それで医療費は勘弁してあげるって言ったらどうぞどうぞと渡された。
…私の大根演技を見抜けないなんてとんだ節穴ね!!!!
何が起きたかわかっていない男爵令嬢(姉)に温かいスープを飲ませて風呂に放り込んで医者に診させて温かい布団に突っ込んだ。
何でもいいからまず休め! 瀕死状態から回復しないことには何も語れないわ!
ノーチェはお姉様のお友達がお泊まりするの? とうきうきだったが見苦しくて会わせられない。
働き過ぎだからお休みさせるのよと言ったらシャチク…と呟いて、料理長に胃に優しいものを出すようお願いしにいった。
シャチクって何?
お父様は何も言わなかったけれど、お母様がひょっこり顔を出した。
「あの子はお姉ちゃんのお友達?」
「いいえ、目についただけの知り合いよ」
「今後どうしたいと思っているの?」
「…ちゃんと最後まで面倒見るわ。生き物を拾ってきたんだもの。責任持って、元気になったらどうしたいか聞くわ」
「お姉ちゃんは優しい子ね。でもね、人間を拾うって犬猫とは違うの。どちらも貴族だから、平民を拾ってくるのとも違うわ」
お母様はゆったりそう言って、ソファで膝をつき合わせ私の手を取った。
「お家が絡む限り、無償で助けることはできないの。気持ちだけだと、拾われた方も苦労するわ。お姉ちゃんがよかれと思ってしたことで、逆に負担をかけてしまうかもしれない」
「…もっと計画性を持って引っこ抜くべきだったのかしら」
「お母さんは、お姉ちゃんが衝動的だとしても、人を助けることを選んでくれる優しい子で嬉しいわ。だからこそ、助けた後のこともしっかり考えて欲しいの」
「…本人のやりたいようにやらせるだけじゃだめなのね?」
「急に引っこ抜かれて、どうしたらいいのかわからなくて困っちゃうと思うわ。ある程度、しっかり道は示してあげて。もちろん強制しなくていいし、相手の話を聞いてあげることも必要よ。でも、拾ったからには突き放しちゃだめ。ちゃぁんとお話しましょうね」
「わかったわ」
「もちろんお父さんもお母さんもお姉ちゃんの味方だから、何でもお願いしていいのよ」
「もちろんお願いするわ。まずはあの子が元気になるまでゆっくり休ませてあげたいから、この家にいさせて頂戴」
「あらあ、もちろんいいわよぉ」
お母様はふんわり笑って、私の頭をよしよし撫でて出ていった。
…お母様は商人だけど、貴族の夫人としてお茶会や夜会に顔を出している「子爵夫人」だ。ふんわりしているけれど、中身もふんわりしているわけじゃない。
むしろ、どっしりしているわね。ノーチェが「ふんわりしているけれどどっしりした食べ応え…お母様はカステラ!」なんて言っていたわ。
ちなみにお父様は「喉を潤すと見せかけてぱちぱちする炭酸水」だそうよ。
拾ったからには突き放しちゃだめ…ね。
お母様と入れ違いで戻って来たノーチェを見て、ほにゃっと笑う妹の頬をもちもち捏ねながら考えた。
ノーチェは不思議と、そのあたりしっかりケアしている。
そう、子供会で出会った伯爵家の小僧。無自覚だろうけれど、ノーチェは彼を突き放さない。
むしろ全力で迎え入れて、相手を楽しませようと趣向を凝らす。誰がどう見ても歓迎していて、嫌われているなどと少しも相手に思わせない対応をしている。
どうやら伯爵家で異変があったようで、小僧は暫く元気がなかった。しかしノーチェに会えば表情は明るくなり、ノーチェも全力で相手を笑顔にしようと自分にできる最大限のおもてなしをしている。
他にも、催しで仲良くなった子はいた。
その子達とも交流は続いていて、個人的なお茶会にも何度かお呼ばれしている。勿論全てご令嬢。子息からの誘いはお父様がバリケードになっていて、なんなら小僧の存在で篩に落とされている部分もある。懲りないで頑張っている輩もいるけれど、しつこい男は蹴飛ばされる運命である。
とにかく、仲良くなった令嬢ともしっかり交流は続いていて、中には小僧ほどでなくてもノーチェに救いを見出している子だっている。
ノーチェは仲良くなった子には、いつも全力だ。
全力で、お食事会をする。
おかげさまで子爵家は「貴族一の厨房を持つ」なんて言われている。
お呼ばれしたときの手土産とか、遊びに来たときのもてなしで出されるお菓子で胃袋を掴まれる客の多いこと多いこと。
(ノーチェは突き放さない。ちゃんと手を握ってくれている。何かあったら相談に乗って、美味しい物を一緒に食べて、仲間意識を育てて…無意識なのに、沢山の人に好かれている)
その中でも一番仲がよくて距離が近いのが伯爵家の小僧なわけだけど。
(それでもしっかり『条件』があってよかったわ)
ほいほい手を繋いでふわふわ笑っているだけならどうしようかと思ったが、ちゃんと異性に対する「条件」は持っていたらしい。
聞いた話では、やっぱり料理が上手な人が好き、と言ったようだ。
予想通りだ。
流石に料理長ほどではなくても、得意料理一品がないとノーチェを射止めることはできないだろう。
(あの小僧はちゃんとそれに応えて修行をはじめたと言うし、ノーチェが小僧を認めて二人の婚約がなされるまであと少しかしら)
それまでに伯爵家も、問題点を修正できればいいのだけれど。
なんて人の心配をしている場合ではなかった。
(私は私で、拾った責務を果たさないと)
今まで引っこ抜いてきた人たちは、自力で立っていた。しかし今回引っこ抜いた令嬢は座り込んでいる。
私がしっかりしないとね!
意気込む私はまさかノーチェが、ここから五年も待たされるなんて思ってもみなかった。
※ちなみに他にも引っこ抜かれた子達がたくさんいて、お姉様を「お姉様!」と慕っている。
中には「お姐様!」といっている子もいるかもしれない。




