【番外編】お姉様!!
「ご機嫌ようトランズ伯爵令嬢」
その日私が声を掛けたのは、元平民の妹を毛嫌いする悪口ばかり言う姉…ではなく。
「え、あ、ごっごきげんよう!」
まだまだ躾のなっていない妹の方だった。
恐らく同年代の貴族の知り合いを作るため、親心で参加させているのだろうけれどまだまだ躾がなっていない。せめて手に取ったカップケーキは皿に戻してからお返事しなさい。
本日もお日柄がよく、とある貴族が開催したお茶会に参加している。私は突然声を掛けられて驚いているトランズ伯爵令嬢(妹)の隣に腰掛けた。
話したことはなかったから、突然私に声を掛けられてどうしたらいいかわからないようね。カップケーキに食らいつきながら、目があちこちに泳いでいる。元気で可愛いけど、品はないわ。
ノーチェは美味しい物大好きだけど、食べ方が綺麗だからかぶりついているところなんて滅多に見ない。サンドイッチとか、ハンバーガーとか、かぶりつくのがマナーの料理くらい。
見苦しいという程ではないけれど、教育中だろうから今後に期待ね。
私が姉ではなく妹に声を掛けたのは、こっちにも思うことがあるから。
(ああだこうだ言われているけど、こっちは言われるだけなの? それとも反撃の機会を窺っているの? 片方の情報だけで決めつけるのはよくないわ。イライラするなら徹底解析して根っこからプチッとすべきよ)
勿論姉妹の問題は、家庭の問題だから私が手を出せる範囲は決まっている。流石に人様のお家事情に口だし手出しする気はない。そんなことをしていればきりがない。
(イライラするのは私に悪口を聞かせてくることに対して…なのか、無神経なことを言っている方なのか、黙って言われている方なのか、自己分析も必要だもの。対話は無駄にならないわ)
今日はその第一歩だ。シシアン子爵令嬢(姉)とセルディ男爵令嬢(姉)も見つけ次第突撃予定。
イライラは放置しちゃいけないわ。見ないふりで回避するのも手だけど、気になるなら放置する方が悪手よね。徹底的にやるわよ!
なにを、と聞かれてもまだ答えられないけど、とにかくやるわ。なにかを。
今日もちびっ子達がわちゃわちゃしているのを遠目に確認しながら、私は五匹被っている猫を一匹放り投げた。
ちなみにトランズ伯爵令嬢(妹)は腹芸のできない素朴な少女だった。
聞かれたことに対してあっさり回答してしまう迂闊さがあり、貴族の礼儀作法も最低限しか学んでいない。しかし十一歳だと言うから、まだまだ躾け甲斐がある。
そして話を聞いてみてわかったのだが、この子はまだ自分がどのような状況に置かれているかわかっていない。
(姉によって【出来の悪い平民の娘】ってイメージ操作が行われていることに気付いていない。間違っていないけど悪意を持ってやられているわ。実際礼儀がなっていないのを見て、人が離れていく段階も近い。そもそも父親の伯爵が妹に甘いのが原因なわけだし…)
どうやら市井で出会った花屋と運命的な恋をして生まれたのがトランズ伯爵令嬢(妹)らしい。
運命的って言えば許されると思っているのかしら男って。それって運命じゃないのよ。浮気行為なの。運命だと思うなら誠実に対応しなさいよ。下半身でしか考えられないのかしら。つまり去勢したら皆理性的に…?
うーん、女も浮気するから一概にそうとも言えないわね…。
(とにかく、こういう場合もあるのね…どうしようかしらこの子。これからに期待して応援だけにしておく? 気付かせる義理もないし…)
貴族の教育に食らいつくか投げ出すか、まだわからない。それは私が口を出すことじゃない。
でも気になるわ。
だってこの子。
(…可愛い声しているのよね!)
子供特有の高い声、だけではない。
可愛い声だ。そして聞き取りやすいハキハキとした発声。これは読み聞かせに最適。
私の質問に目を回している伯爵令嬢(妹)にずいって近付いて、私はにやっと勝ち気に笑った。
「ねえあなた、私ともっと仲良くならない?」
「え?」
ノーチェ発案、従業員の子供達を預かる施設。そこには年代様々な子供が預けられている。
子守もいるが、人員は多い方がいい。
そう、文字の勉強をする子供達に本を読み聞かせる人員が欲しかったの!
私はトランズ伯爵令嬢(妹)を読み聞かせ要員として引っこ抜いた。
「ご機嫌ようシシアン子爵令嬢(姉)」
「ご機嫌ようアルディーヤ子爵令嬢(姉)…?」
冷静に対処してきたわ。この(姉)
シシアン子爵令嬢(姉)は、一人ひっそりお茶をしている所に私がやってきて、戸惑うように視線をうろつかせた。
それでも冷静に私に合わせてお返事したわけだから、頭は回るわね。この人は自分が妹にどう扱われているかちゃんとわかっていそう。
私は問答無用で隣に座った。若干戸惑うが、大きな反応はない。
確か、私の二つ年上の十四歳。二歳年下の妹は姉を扱き下ろしながら、姉の持ち物を借りたといって身につけていた。アクセサリーやドレス。この間は高級茶葉。
その所為か、身につけているドレスは流行を外れた古めかしいドレス。私は情緒的で好きだけど、最新を追い求める頭の軽い令嬢には受けないわね。
会話してみたところ、テンポは悪くない。どもることも俯くこともなく話すから根暗というわけでもない。それでもひっそりしているのは性格かしら。
事前に行った情報収集の結果、欲しがりなのは妹だけでなく母親もらしい。
父親は二人に甘く、求めるものを買い与えてしまう。注意するシシアン子爵令嬢(姉)は口うるさいと疎まれて、最近では会話もままならないとか。お嬢様を心配する侍女情報だけど、どこまで本当のことかしらね。
(目が死んでいないから、諦めていない。この人は放っておいても自力で何とかしそうね…その場合実家ごと切り捨てるか立て直すか。様子からして改心は難しそうだし…これは近いうちに妹の方がバッサリやられるわね)
それはそれで楽しみだから注目しておこう。
それとは別で。
(…この人、持ち物の趣味がいい!)
着ているドレスこそ古くさいが、持ち物はとても趣味がいい。
ポーチの刺繍、大胆で好きよ。真ん中にドーンってリアルな黒猫が刺繍されているの。単体の刺繍ってバランスが難しいのに違和感がない。
「素敵な小物ね。これはどのお店で?」
「これですか。これは私が作ったもので…」
「採用」
「えっ」
ノーチェが思い出したように欲しがる可愛い小物を作るハンドメイド部隊も人手不足。
便利な小物から可愛い置物まで、刺繍だけでなく木彫りだったり編み物だったり多岐に渡るハンドメイド担当部隊が存在する。
そう、手先が器用で裁縫のできる人員が欲しかったの!
私はシシアン子爵令嬢(姉)を裁縫要員として引っこ抜いた。
そして、セルディ男爵令嬢(姉)は――――…。
「アンタ、私と来なさい」
無理矢理掴んだ腕は痩せ細り、服の隙間からは青みがかかった打撲痕が覗いていた。
私は無理矢理、セルディ男爵令嬢(姉)を男爵家から引っこ抜いた。




