【番外編】お姉様!
わからないことは人に聞けばいい。
そう判断した私は、早速お父様に聞いてみた。
「お茶会で他の令嬢達が悪口を聞かせてきて気分が悪くなったの。このイライラはどう解消したらいいの?」
「うちに帰ってきてから扇子で思いっきりクッションを叩くといいよ」
「埃が立つからやめなさいって侍女に怒られたわ!」
「しまった、我が家の侍女は優秀だねぇ」
「暴力はいけませんって言われたから、叩くのは駄目よ。でもイライラして、こう、ひっぱたきたくなるの。でもいけないことでしょう? 私はお姉様だから、妹の見本にならなければいけないの。だから、ちゃんと知っておきたいのよ」
実を言うと、子爵家が引っ張りだこになったのは妹が五歳になった頃…つまりつい最近からだ。
裕福な子爵家の麗しい姉妹。そう、姉と妹の二人。
姉一人では跡継ぎとして、婿は募集しても嫁ぎ先は探していなかった。しかし妹が生まれ、嫁ぎ先を探す必要が出てきた…と他家は思っている。
実際のところ子爵家はどこの誰でも愛があればいいと思っているのだが、よそはそうではない。
その関係もあり、妹がそこそこ成長したあたりでよその家から頻繁に声を掛けられるようになった。
煩わしいことだが、人の縁は商売の縁。顔つなぎを目的として、積極的に出歩いている。
だから私も、人付き合いに慣れているわけではない。
まだ感情の制御や、対処法が完璧ではなかった。
「お母様は何を聞かれてもふんわりほんわか笑っていれば向こうが勝手に解釈してくれているみたいだけど、私はそれできないと思うのよ。目が肉食獣のようですって侍女に言われたわ」
「ふんわりのほほんはノーチェの方だからねぇ。お姉ちゃんはお爺さまに似たかな」
「えー、私はお父様似だと思うわ!」
「えー、嬉しいなぁ」
ニコニコ笑う父が仕事中はハイエナのような目付きになることを知っている私は、胸を張って父親似だと宣言した。骨だって残さないわ。商機も敵も逃がすものですか。
「うーんそうだなぁ。イライラを根本的になくしてしまうのも手だね」
「え、あの令嬢達をぷちっとやっちまうの? やっちまうの?」
「妙な語彙が増えたなぁ。駄目だよそう言う言葉遣い」
「家の中だけにするわ。なんか言いやすいのよ。仕方がないの。で、やっち…や…やってしまうの?」
「暴力は駄目だよ」
否定に見せた肯定だと私は理解したわ。
そう、暴力じゃなければいいのね。
「でも我が家は子爵家だ。お金はあっても家格は低い。だからいざという時立場が弱いのはこちらの方」
「それもそうね」
「功績があれば認められる。子爵家は認められているけれど、たった一度の大きな失敗で見放されることもある」
「うん」
「だからやるときは徹底的に根回しをして、相手が反論してもどこ吹く風にしてしまうんだ」
「根回し」
根回しは大事だ。商売でも、なんでも。
「それと命のやりとりは駄目だよ」
「そこまで過激じゃないわ」
「そんなつもりはなくても、自分が思っている以上に相手を傷つけることもある。いつだって相手の立場になって想像することをやめないでね」
「…私と相手とじゃ、考えが違いすぎて正解がわからないわ」
「他人だからね、正解はないよ。相手の立場を考えることが大事なんだよ」
相手の立場を考えてプチッとやるのね。
なんだかとっても難しいわ。
「今までのお話を総合して…お姉ちゃんは何がしたい?」
「…そうね、取り敢えずあの三人にイライラしているの。それを解消するために、相手の立場に立ってプチ…」
あの臭い口を閉じさせるにはどうしたらいいかしら。
お互いまだ子供だから今からでも矯正できる? でもそれは私の仕事じゃないし…ご両親とかそっちの仕事よね。家族とか、親族とか。
…そうだわ。私、あの子達だけにイライラしていたわけじゃない。
「…今度会ったら、話しかけにいくわ」
「進捗は教えてね」
「ええ、お父様も色々教えてくれてありがとう」
「お姉ちゃんもお父さんの言い分、違うなぁって思ったら教えてね」
「ええ、わかったわ!」
なんて会話をしてから癒やしを求めてノーチェに会いに行くと、今日も厨房スタッフと仲良くおしゃべりしていた。
あの子が美味しいをありがとう、とはじめた厨房への挨拶。おかげさまでやる気をみなぎらせた厨房スタッフ一同は、めきめきと腕を上げて子爵家の食卓を贅沢に彩っている。
あまりに腕が上がったので、何人か引き抜いてお店をまかせたりしている。妹は不思議そうに人の入れ替わりを見ていたが、時々しれっと戻ってきて料理をしているので出張だと思っていた。
違うわよそいつ、休日に子爵家の厨房に入り込んだ不審者よ。ノーチェに料理を食べさせたいが為に顔を出しているとわかっているから追い出されないだけで、立場的には不審者よ。
美味しい物が大好きな妹は、美味しい物を作ってくれる人も大好きだ。
だけど純粋すぎて、時々やばい奴を錬成する。
「お嬢様に俺だけの料理を食べさせてお嬢様の細胞全部俺が作りたい」なんてやばい発言した奴は叩きだした。口に出すから…なんて理解ある目をした奴は経過観察中だ。我が家の可愛い妹をどんな目で見ているのよ。お父様が動く前に考えを改めなさいね。
「そこはね、こう、くっつけるの。それからこれをこう、こう、こう飾って…」
「成る程そうすれば見えますね」
「見えるの!」
「何が?」
「あ、お姉様!」
一生懸命おしゃべりしていたノーチェが私に気付いてぱっと笑顔になる。小さなお花がたくさん咲いているわ。
トトトッと小さな足音を立てながら近付いてきたノーチェは、新しい落書き帳を開いて私に掲げた。
「明日のお昼にね、お願いしたのよ! くまさんのかれーらいす!」
「…!?」
そこに描かれていたのは、ご飯を動物の形に纏めてその周りにカレーを盛るという、子供が喜びそうな盛り付け。クレヨンで元気いっぱいに描かれていた。
同じ頁には、うさぎさんバージョンと猫さんバージョンもある。顔はハムやチーズを切って飾り、猫さんは飾り方次第でぶちだったりトラだったり種類豊かだ。
(これは…飲食店の子供メニューにとっても有効…! ちょっと工夫すれば大人向けもありでは…!?)
動物さんシリーズは有能だ。デザート以外でも進出できるなんて。このアイデアは有効活用しなくては。
「明日のお昼は試食会よ…!」
「あれぇ?」
私の勢いに、のんきな妹は不思議そうに首を傾げた。




