【番外編】お姉様
お姉様Sideのお話。
ほぼ新しいお話です。あの頃お姉様はこんなことをしていました。
私が5歳のとき、妹が生まれた。
ふくふくした手足にまあるい目。指を差し出せばぎゅっと握ってくる小さな手の平。
なんてこと。小さすぎるわ。
生きていける? こんなに小さくて生きていけるの?
――――わたしが守ってあげなくちゃ。
5年間、裕福な子爵家は私の天下だった。お母様とお父様に愛されて、使用人達からも大切にされ、たった一人のお嬢様は子爵家のお姫さまだった。
愛されて育った。大切にされて育った。この家で一番のお姫さまだった。
だけどそれも今日まで。
今日から…私だけじゃなくて私の妹もお姫さまよ!
あなたより早く生まれてあなたより多く愛された分、私がこの子を愛して守ってあげるわ!
「だってわたし、おねえさまだもの!」
ふんすと鼻息荒く宣言して、きょとんと丸い青い目を見た。姉妹で同じ青い瞳。
おねえさまにまかせなさい!
私はぷくっとした赤子のお腹に鼻先を突っ込んで深呼吸した。
ミルクの匂いがしたわ!
それから七年。
妹のノーチェは七歳になり、私は十二歳になった。
私の生家、アルディーヤ子爵家はとても裕福だ。貴族としても商人としても成功していて、ヘタな貴族より資産がある。幼い頃はよその家も同じくらい富んでいると思っていたけれど、そうじゃなかった。
だからこそ、我が家とお近付きになりたい貴族達はこぞって子爵家をパーティーに招待した。
私達、子爵令嬢が子供だから、もっぱら呼ばれるのは子供達の集まりだ。
(ふん、子供を使って接触して、それを足がかりにより深い仲になろうって魂胆はわかっているのよ。だって皆同じこと考えているもの!)
子供と言っても、この頃の年代は一年でかなりの差が出る。自然と近い年頃で固まって、話の合う相手とおしゃべりするようになっていた。
私はチラリと十代未満の子供達の集まりへと視線を向けた。
私の可愛い妹ノーチェは、今日も美味しそうにおやつを食べている。
膨れた頬が小リスのようでとても可愛い。
チラチラ見てくる令息達の視線から感じるストレスが緩和される。
私は十二歳。早ければこの年から婚約者が決まっていてもおかしくない。
幸いお父様は家族愛の強い当主なので、相手は好きに選んでいいと言われている。仮に家格が上の相手に圧力をかけられても札束で殴るからまかせろと言われていた。
流石お父様。頼りになるわ。
(かといって、今すぐ決める必要はないのよね)
流石にまだ早い。
この年頃で婚約を考える相手は余程切羽詰まった借金持ち。ワケアリ以外はあり得ない。
(ワケアリ…といえばあの小僧がそうね)
もう一度年下の集まりへ視線を向ければ、幸せそうなノーチェの隣には同じく幸せそうな男の子が座っていた。
黒髪黒い目の、整った顔立ちの男の子。しかし年齢より細い手足とマナーの覚束無い手元。整えられているようで手抜きが見える身嗜みに、早い段階からワケアリ物件だと察していた。
今、ノーチェと一番仲がいい子は子爵家が認めるワケアリ物件だ。
ワケアリだが、素直ないい子らしく素直で可愛いノーチェとのやりとりは見守りたくなるくらい癒やされる。
(ワケアリにも色々あるから一考の余地ありだけど、あれで拗れず成長したのは奇跡よね。普通どっか捻れるわ。捻れる前にノーチェと出会ったから素直なままなのかしら。だとしたら私の妹は最高ね。後でほっぺた捏ねてあげましょ)
もちもちした頬が堪らないのだ。やめられないとまらない。
(貴族相手だと余計な軋轢があって面倒なのよね。いっそお母様に紹介された商人で相手を見繕おうかしら。この間会った子は中々センスがよかったし、これからも顔を合わせるでしょうからよく考えておきましょう)
興味本位から母の手伝いを始め、今ではフルーツ専門のお菓子屋さんの経営に携わっている。流石に任されているわけではないが、ノウハウを学びながらいずれ店を持ちたいと考えていた。
(何がいいかしら。何がウケルかしら。需要があるのは何? ノーチェは食べ物を一番喜んでくれるけれど、他に何があるかしら)
チラリとテーブルを確認する。
十代の子供達は皆、走り回って遊ぶのははしたないと教育をされている年代だ。ティーテーブルを囲んでそれぞれ会話を楽しんでいる。令嬢はともかく、令息はそこそこ退屈そうだ。
盛り上がっているテーブルもあるが、私が着席している席はそこまで盛り上がっていない。
ちなみに男性はいない。女性で席が埋まっているところに着席した。一々見合いみたいなやりとりが煩わしかったので。
これは偶然なのだが、この時同席した者たちは皆姉妹のいる令嬢達だった。
「いやだわあの子ったらはしたない。平民上がりはこれだから…みっともないところを見せてごめんなさいね」
そう言って扇子で口元を隠し笑うのはトランズ伯爵令嬢。彼女の妹は養女らしく、盛り上がる席で声を上げて笑っていた。無作法な範囲ではなく、気に障る程ではない。しかし彼女的には気に食わないらしい。
「元気がよくて良いではないですか。私の姉など根が暗くて、恥ずかしいことに誰とも話せていませんわ。馴れ馴れしいのはこれから直せばいいかと」
そう言って紅茶に口をつけたのはシシアン子爵令嬢。姉は一人では何も出来ない出来損ないでと続くのは間違いなく悪口だ。
「そんな、何でも分けて下さるお優しい人ではありませんか。素朴で野花のようです。わたくしのお姉様は厳しくて、いつもわたくしをいじめるのでお優しいおねえさまには憧れますわ」
そう言って困ったように首を傾げるセルディ男爵令嬢。姉に虐められていると言うが、その虐めているらしい姉は一番遠い席でビクビクしながらお茶を飲んでいる。
「いやだわセルディ様。野花だなんて、本当のことでももう少し取り繕わなければ」
「そんな、わたくしそんなつもりはありませんでしたのよ。トランズ様ったら怖いわ」
「お二人とも喧嘩しないで下さいな。そんなことよりおかわりのお茶は如何です? これは姉が貰ってきたお茶なんです。あの人お友達がいないので、私が代わりに使うことにしたのです」
「確かにお友達がいないなら振る舞えませんものね。有効利用するのはいいことです」
「いい香りですわ」
「貰った甲斐がありました。この間もですね~」
(欲しがり押しつけ横取り姉妹冤罪ねつ造悪口大会)
私は扇子で口元を隠しながらスンッと表情を消していた。
座る場所間違えたわ。
(この人達、全員別人の悪口を言い合っているわ…誰も人の話を聞いていない証拠ね。言いたいことだけ言って人の話を聞かないなんて、人を不快にさせる天才かしら。私達はまだ子供だけど、こんな会話していたら家の恥だと思わないのかしら。恥ずかしい人たちね)
本当に座る場所を間違えた。成る程、最後まで席が埋まらないはずだわ。今後の教訓にしましょ。
早々に見切りをつけて、遠目に可愛い妹と素直な小僧を観察することにした。可愛い妹は小僧のプライドを護りながら今日も何か教えているようだ。
あの子の上手いところは、自分の失敗談も話してうまくできないことは当然だと認めること。だから上手にできるまで練習しましょうね、と笑顔で促されてやる気を出す子は多い。
成功例を見せるのは大事だが、失敗に寄り添うことも大事だ。責めるのではなく、どうして失敗したのかを一緒に考えて改善していく。一人で考えるのではなく皆で考える。それを当たり前にやってのける妹は本当にのほほん可愛い。
(シスコンとは思わないけど、妹は普通に可愛いものよね。それなのにこの人達、なんでこんなに姉妹を悪く言うのかしら)
仲良し姉妹ばかりでないことは知っているが、こぞって悪口を言うのは何故。
口が腐っているか。悪口を吐く度に悪臭も放っている気がする。いやだわこの席くさいわー。
何度か相づちを求められたが笑って誤魔化した。内心くだらないわ~と思いつつ、場を乱すわけにもいかず口には出さない。私はちゃんと主催者を慮る事の出来る令嬢なのだ。
それでもまあ、かなりイライラした。
(このイライラってどうしたらいいのかしら)
齢十二歳の子爵家長女は、お外では五匹くらい猫を被っていたのだった。
猫が逃げ出す日も近い。
幼い頃からお姉様はお姉様でした…。
お姉様、一応名前はあるのですが出さないで終わる可能性…。
「お姉様」イメージが強すぎた。
※20時に毎日投稿できたらいいな。




