25 調味料、人によっては劇物
「幸せになりたいなら行動しなさい。白馬の王子様なんてどこにもいないわ」
お姉様は自信に満ちあふれている。
それはお姉様が、たくさん努力をしてきたから。その努力がお姉様を輝かせている。
幸せになるために、行動してきた人。
だからその言葉には、滲み出る説得力がある。
「子供が大成することで親が幸福に浸れるのは錯覚よ。子供は子供、親は親。子供の成功は子供の努力よ。親がレールを敷こうが歩くのは子供なんだから、親の功績になんてなりはしないわ。子供が感謝するのは機会を与えてくれたことに対してであって、功績は親のモノにはならないわ」
「な、なな…っ」
「謹慎中だから外に出ない? なんで自分勝手な旦那の言いなりになっているのよ。幸せになりたいなら最低な男に従うのはやめなさい。男に期待なんかしないで。自分の幸せは自分でつかみ取るしかないわ。期待するなら妥協しなさい。全部を求めるのは我が儘よ」
「わ、我が儘ですって…!?」
「向こうが妥協して条件を提示しているのに自分の意見だけ押し通そうとするなんて我が儘以外になんて言うのかしら。御教示下さらない?」
「子爵令嬢の分際でっ」
「その子爵家の娘ひとりで跡継ぎが決まるなんて思っている夫人はだいぶ視野が狭いですわ。いいえ相思相愛の二人が憎らしかっただけかしら。妬み嫉みはご立派ですわね」
「お、お姉様!」
呆然と見送っていたけれどこのままではいけない。
お姉様のキレッキレな言動に、周囲の耐性のない方達が真っ白になっている。
ノーチェは慌てて階段を下りた。ベスティもあとをついてくる。
「あら私の可愛い妹。話し合いは終わった?」
「話し合ったのよ。私とベスティはずっと一緒なの! …私達じゃなくて、夫人のことをどこへ連れて行くの?」
「あちこちよ」
「あれぇ?」
漠然としすぎていて反応に困る。
困惑する私達に、お姉様は胸を張る。
「幸せになりたいって嘯くだけなら誰にだってできるわ。屋敷に引きこもって幸せになれるわけがないじゃない。気持ちを落ち着かせる時間が必要? その時間で誰かを害することを考えるなら悪循環。引き籠もる方が悪さしているわ。だいたい誰かを傷つけて得た幸せは、自分を傷つけて終わりよ」
お姉様ってばキレッキレ。
「幸せになるのに、誰かを頼ってんじゃないわよ。ということで、伯爵夫人のできることを探しに行くわよ」
「「「「えっ」」」」
問答無用だったお姉様は、やっと引きずるのをやめて立ち止まる。
「夫人として役目は果たしているんだから、社交に勤しんでもいいじゃない。女社会をわかっていない伯爵に謹慎させられて何年目? 社交に出ていないんだからお誘いがあるわけもないわ。今後ひっそり活動再開していく必要があるわね。まずは小さな茶会から、趣味特技生きがいを探すのよ。愛せないなんて言わなくて良いことをわざわざ言ってくるような旦那は放置して、伯爵家の外に目を向けるべきよ」
「い、生きがい…? 私の生きがいはオルカを」
「子供に大人の人生押しつけてんじゃないわよ何回言わせる気?」
「わ、私に特技なんて…長らく社交も禁じられて、どうしろと…」
「ほんとわかってないわよ伯爵様。もう一回ビンタするといいわ」
謹慎ってことは社交もできないものね。社交ができなければ繋がりが断たれて、ひとりぼっちになっちゃう。
「自分自身の特技を把握できている人の方が少ないわ。声が綺麗とか、字が上手とか。物覚えがいいとか褒めるのが上手いとか、自分にとってなんてことないものが人によっては特技よ。一朝一夕で気付けるものでもないから暫く付き合って貰うわ。屋敷で一人ネガティブキャンペーンを開催するより健全でしょう。不倫を勧めているわけじゃないから男は紹介できないけど、幸せは、愛されるのは必要とするのは家族だけじゃないわ!」
さあ! 行くわよ!
お姉様は呆然としている伯爵夫人を再度引きずって、伯爵家の馬車に乗り込んだ。また馬車ジャックしている。
お姉様と夫人を乗せた馬車は、ガラガラ車輪を回して遠ざかっていった。
呆然とお姉様の勢いを見送った私達は、角を曲がって見えなくなる馬車を見送り…。
「…お姉様、伯爵夫人の『幸せの基準』を矯正する気なのだわ…」
伯爵夫人の求める幸福は我が子が伯爵位を継ぐこと。
それに固執する伯爵夫人の思考を、別のモノに挿げ替える気だ。
私がぽつりと呟いた言葉に、ベイアー兄弟はドン引きした。
「それって矯正できる物なのか…?」
「あの人やっぱり魔女だ…」
慄く私達の前で、パタンと扉は閉められた。
その日から本当に、お姉様は伯爵夫人を伴いあちこちの集まりに参加するようになった。
名目は「伯爵家の長男と子爵家の末っ子が婚約するに当たり親族となるので親交を深めている」だ。本来なら夫人同士で交流するところをお姉様が出張っているのは、お姉様の方が夫人をあちこちへ連れ回す伝手があるから。そして夫人同士だとどうしても家格の問題で伯爵夫人が強く出たら逆らえない。大人同士なので、融通が利かない部分が必ず出る。
その点、お姉様は成人しているが未婚で子爵令嬢のまま。立場的には弱いが、社交界で影響力があるのはお姉様の方。散々言いくるめられてあちこちへ連れ回されている。
その間に伯爵は、お父様…アルディーヤ子爵と何度も紳士クラブでお酒を飲み交わし、たくさん駄目出しされているらしい。
のんびり者ながら切れ者なお父様は、実はお姉様と同じくらい思い切りがいい。のんびりはっきりものを言う。夫人に対して後手になりがちな伯爵を叱責し、愛せないからと距離を置くのではなく信頼関係を築くよう諭した。
子爵家の大黒柱と暴れ馬が出動していた。ノーチェは呆然とみているだけだった。
ちなみにお母様はノーチェと一緒にほんわかしていた。二人に任せておけば大丈夫よ~なんてほんわか笑いながら刺繍をしていた。強い。
実際なんとかなった。
伯爵夫人は無事に、息子以外の生きがいを見つけたらしい。
だけど誰も、詳しい内容をノーチェに教えてくれなかった。
なんで! むくーっ!
ノーチェが知っているのは伯爵夫人が写本に目覚め、薔薇の乙女という婦人会に参加するようになったことだけだ。
見違えるように生き生きし出したらしいのに、詳しい内容を誰も教えてくれない。
「あそこは沼地よ。ノーチェを連れていけないわ」
「正直俺も何が起きているのかよくわかっていない。今までのことは謝られたけど…急展開過ぎて…」
「お姉様は…お姉様は、ずっとそのままで居てください…」
お姉様は真顔で、ベスティは困惑顔で、オルカは泣き顔だった。
オルカに本気で泣かれたので、ノーチェはむくれたものの追及しないことにした。
そしてようやく。
伯爵夫人との和解(?)を経て。
ノーチェはベスティに、伯爵家へと招待された。
※写本をしながら薔薇に目覚めた伯爵夫人その後。
写本していた本に紛れていたそう言う本から目覚めた夫人。気付く。
(なんてことでしょう。我が子達、とても妄想しがいがあるのではなくて…?)
自分より優秀な弟にコンプレックスを抱く兄。優秀だけど母の仕打ちから兄に負い目のある弟。そこから始まる禁断の関係…。
(もしかして家に寄りつかない夫は女性に対する愛情は前妻に捧げ、あとは同性しか愛せなくなっているのでは…?)
家庭に対する悩みを抱えながら、仕事で支えてくれる執事と隠れて想い合う主従ラブ…深みにはまりながら後妻に対して後ろめたくなり、更に家に寄りつかなくなる…。
(私が原因だけど、そこから始まる禁断の薔薇園もあるのでは…?)
「いけない…私が原因なのにこんな妄想はいけないわ…」
そう戒めながら写本を繰り返し、気付けばオリジナルがいくつか書き上がっていた。
「いけないわ…!」
読み返して推敲を繰り返し、清書したものを婦人会へと持って行ってしまった。
大変盛り上がった。
夫と息子の顔を真っ直ぐ見られなくなった。




