21 愛も料理も火力が勝負
「あのね、ベスティ…」
このままでは駄目だ。
羞恥に震えながら、ノーチェはなんとか話を切り出した。
背中に回していた腕をのろのろ解き、少しだけ離れる。ちょっと抱きついたままこの会話をするのは、ノーチェの心臓に悪い。
でもベスティの顔は見られなかった。のたうち回りたいほどの羞恥からまだ回復していない。ノーチェは顔を真っ赤に染めて、俯きながら涙目でぷるぷる震えた。
「私、さっきも言ったけど、ベスティが料理人じゃなくても大好きよ」
ちなみにノーチェが顔を真っ赤にしながら「大好き」と言ったのは初めてのことだった。
照れではなく関係のない羞恥心からだが、初めてのことだった。
今まで無邪気100%の「だいすきー!」を貰い続けたベスティは、自分の前で小さく震え、赤面しながら告げられた大好きに頭が爆発するかと思った。
お互い子供のような大好きばかりで、こんな風に真剣に好きを交わしたことがない。
涙目で俯くノーチェがとても美味しそうに見えて、ゴクリと唾を飲み込む。自分を落ち着かせるため、ベスティは頭の中でキャベツの千切りをはじめた。
頭の中の厨房で大鍋を振る料理長が「均等に切るのじゃ!」と叫んだ。はい。
「ええとね、確かにね、美味しい物を作る人は好きなの。でもそれは絶対条件じゃなくて、あのね…えっとね…」
もじもじ足の爪先をこすり合わせ、無意識の内にベスティのコックコートの袖をぎゅっと握っていた。
いつものほほん穏やかなノーチェがしどろもどろになっているところなど初めて見る。ベスティは自分の袖を握る手が、無意識に頼ってくれているようで嬉しかった。脳内厨房で料理長がもの凄い速さで鍋を振っている。鍋で炒められる食材達の激しいハーモニーがやけに響いた。
ノーチェは一通りもじもじしたあと、羞恥心を振り切るようにベスティを見上げた。涙に潤んだくりくりした青い目と、目元を赤く染めた黒い目がぶつかり合う。
「私もベスティと結婚したいの! だから将来のこと、私と一緒に決めて欲しいの!」
ベスティの脳内厨房で、料理長の鍋から火柱が上がった。
「それに、それにね! 無理してどっちか選ばなくてもね、両方選ぶ道だってあるのよ。今すぐ両方極めなくていいの。料理長を超える目標は高くていいと思うけど、料理長を超えないと結婚できないわけじゃなくてね、あのね、生涯の目標にすればいいと思うの。私と結婚したあとでも、料理は極められるのよ」
「けっこんしたあと」
「は、伯爵を継いでからは忙しいから、料理に集中できないの。趣味ではできるけど、極めるのは難しいの。そうよね。だけどね、子供が生まれてから」
「こども」
「あっあっあのね、子供に爵位を継がせたあとの、余生に極めるのもありなのよ。人生まだまだ先が長いの。大丈夫よ、私ずっとベスティと一緒なの」
「いっしょ」
「一緒なの」
「うん」
「うん」
「…うん!」
ベスティの顔が、情けないくらい真っ赤になる。
でもノーチェも真っ赤だった。
二人揃って真っ赤になりながら、お互いの顔を隠すように再び抱き合う。
「ノーチェ大好き。ずっと一緒にいて。結婚しよう」
「ベスティ大好き。一緒にいたいから結婚して」
お互いの肩にぐりぐり額をこすり合わせながら、擽ったくてクスクス笑う。
「俺絶対美味しい料理作るから。料理長超える料理作るから」
「楽しみなの。…でも美味しくなくてもいいからベスティ(のお料理)食べさせて! 食べたい! ベスティの(手料理)食べたいの!」
「だからその言い方はよくないって! 本当によくない! 駄目!」
「え、なんで駄目なの!? 食べちゃ駄目なの!?」
「違うそっちじゃない」
「オルカ様は食べてるのに! 伯爵も食べてるのに! 美味しいベスティ(のお料理)食べてるのに!」
「食べてない! …いや食べてるか。そう言う意味じゃなくて…うん、次は、次はちゃんとノーチェを招待するから…」
「わあい!」
「…これからは、招待しても大丈夫」
小さく呟いた言葉は、この距離だ。聞こえた。
ノーチェはベスティを見上げた。至近距離で目が合う。
言葉の意味が聞きたいが、目の合ったベスティが幸せそうに笑うので、もうちょっとこのままでいたい。
「…俺の手料理ちゃんとご馳走するから、ノーチェもご馳走して」
「デコレーションするだけでもよければ…」
やはり厨房に入ったことがないし包丁を持たせて貰えなさそうだったので、ノーチェはちょっと困った顔でできることを主張した。
映えなら任せろ。不器用なりに魅せてみせます。
ノーチェの主張に、ベスティは吹き出すように笑う。
「大丈夫、いつもノーチェは美味しそう」
ベスティは赤い顔のまま笑って、同じく赤いノーチェの頬にキスをした。
出会って八年。初めての色めいた接触。
なんか突然前世の知識がうねりを上げて、先程からベスティが駄目と言っているノーチェの言葉選びや彼の言っているご馳走を理解してしまい…。
ノーチェは加熱されたトマトのように柔らかく崩れた。
抱き留めるベスティは触れ合ったところからぽかぽかお腹が温かくなり、やっぱり美味しいなと頷いた。
※もうはよ結婚しろと思いながら心の中で悶えていた使用人達は若い二人が初々しく結婚の約束をした瞬間心が一つになった。
(エンダァアアアアアアアアアア!!!!!)
ちなみに扉が開いていたので、部屋の外にいた使用人達も心が一つになった。




