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18 おやつを持ち運ぶポケットが欲しい

ノーチェ視点に戻ります。

拍手喝采の厨房入り口でイチャイチャする二人。でも泣いちゃったベスティとオロオロノーチェ。


 突然泣き出したベスティにびっくりしたノーチェは、咄嗟に食べるものを探したけれどここは伯爵家だった。

 落ち込んでいる人を見たら、美味しい物を上げなくちゃ! なんて自分本位な慰め方から卒業しなくては。ノーチェはそれで元気になるが、皆が皆、食べて元気になるわけじゃない。

 ノーチェはハンカチを取り出し、しゃがみ込んでベスティの目元を拭った。ベスティの黒々とした瞳が涙で潤んで、つやつやに煮込んだ黒豆みたいになっている。

 ベスティとは八年の付き合いだが、彼が泣いたのはブランデー入りケーキを食べられなかったときだけだ。それ以来泣いたところなど見たことがない。あの時と同じようにぽろぽろ涙するベスティが痛ましくて、ノーチェも一緒に眉を下げた。


 やっぱり美味しい物。美味しい物を持ってこなくちゃ。料理長の青椒肉絲じゃ駄目?

 ノーチェは嬉しいが、ベスティは多分嬉しくない。人を慰めるって難しい。


 そんな二人を見かねた従僕に、ここではなんだからと二階の部屋に誘導される。ノーチェは泣いているベスティの手を引いて従僕について行った。ノーチェに手を引かれ、ベスティはとぼとぼついてくる。その様子が捨てられた小犬のようで、やっぱり美味しい物を持って来たくなって困った。たんとお食べって言いたい。


 従僕に促され入室したのは、落ち着いた内装の部屋だった。

 モスグリーンとブラウンで統一された落ち着きのある部屋。シックに纏められた家具類に、なんとなくほっと息を吐く。勧められるまま長椅子に座った。従僕は頭を下げてそのまま部屋を出る。扉を閉めずに出たのは、二人が未婚の男女だからだろう。

 なんとなくぐるっと部屋を見渡して、チェストの上に写真立てを発見する。


 幼い日のベスティとノーチェがサンドイッチを美味しそうに頬張っていた。

 ノーチェのサンドイッチからトマトが脱走している。ノーチェは脱走に気付かず呑気に頬張っているが、隣のベスティが脱走に気付いて目を丸くしている…そんな写真。

 あれは、いつの写真だ。多分ピクニックへ行った時の写真だけど撮られていたの? 全然気付かなかった。

 ちょっとお間抜けなノーチェが綺麗な額縁の写真立てに飾られている。


 …あれ、もしかしてここベスティの部屋?


 伯爵家でそんな写真が置かれている部屋なんて、ベスティの部屋くらいしか想像できない。むしろベスティの部屋以外に飾られていたらびっくりだ。


(…ここがベスティの部屋ということは…落ち着いてお話ができるの!)


 未婚の男女が男の部屋で二人きりとか、そんなことノーチェの頭からすっぽり抜け落ちている。

 だって扉開いているし、大好きなベスティがノーチェに酷いことをするはずがないし。

 確信と信頼から、ノーチェは涙を流し続けるベスティに寄り添った。ぴったりくっついて座って、ベスティの涙を拭う。


 ベスティからは、微かに香ばしいいい匂いがした。先程まで揚げ物をしていたからその残り香だろう。

 ちょっと頭と口が春巻きに染まりそうになったが、泣いているベスティが目の前にいるのにそれはいけない。頑張って匂いから連想される美味しい料理を切り離した。

 だけどふと顔を上げたら、ベスティの涙は止まっていた。

 目元を真っ赤にしながら…首まで真っ赤に染めながら、潤んだ目を横にずらしている。


「あの、ノーチェ」

「うん」

「ごめん、もう大丈夫。その、嬉しいけど近い」

「でもたくさん泣いて…」

「あああっあれは、その、あーっ…突然連絡を絶ったから、ノーチェに嫌われていたらどうしようって思っていたから…」


 いいながら、ベスティは真っ赤な顔を両手で覆う。


「会いに行くことしか考えてなかった。会いに来てくれるなんて思ってなかったから」


 どうやら嬉しいが許容量を超えて涙になって出てきちゃったらしい。

 恥ずかしそうにするベスティにキュンとした。可愛い。


「会いたかったの。突然連絡が取れなくなって心配したの。風邪はもういいの? あ、でも厨房にいたから大丈夫ね。元気になったなら、教えてくれたらよかったのに」

「か…? …」


 一瞬ベスティが指の隙間から、ノーチェを見た。何かを確認するように黙って、成る程と小さく呟く。

 聞こえなかったので、ノーチェは言いたいことを続けた。


「会えなくて一ヶ月くらいのことだったのに、もの凄く長く感じたの。今まで決まった日にベスティが来てくれていたから気にならなかったの。約束した日にベスティがいないの、とても寂しかった」

「…オルカじゃ、ノーチェの寂しさは埋められなかった?」

「オルカ様はベスティじゃないから、ベスティのいない寂しさは埋まらないの」


 なんでそんなことを聞くんだろう。

 ノーチェは不思議そうに首を傾げたが、ベスティはまた泣きそうな顔をした。くしゃりと目元が歪んで、ノーチェは慌ててハンカチを掲げる。

 しかし先程も使用したのでだいぶ濡れてしまっていた。

 どうしよう、ハンカチは一枚しか所持していない。


「ノーチェのお姉様と、オルカと来たって言っていたよな。じゃあ、話は聞いてきた?」

「ううん、全然教えてくれないの。お姉様は、ベスティとお話してきなさいって…」


 小僧と話し合ってこいと言ったあくどい姉の顔を思い出す。

 ノーチェの言葉に、何故かベスティはあくどい姉を見たオルカと同じ、魔女を見るような目で遠くを見つめた。そこには誰もいないのよ?


「…時間切れってことかな。あの人が動き出すならもうめちゃくちゃだ…何がどうなるか全然わからない」

「ええと、お姉様が何をするのか私もわからないけれど…ベスティ、困っているの? もしかして私は来ちゃいけなかったの?」


 会いたいといったノーチェのために、お姉様は動いた。任せろとにやりと笑って、馬車ジャックまでして伯爵家にやって来た。

 破天荒な行いだが、しっかり根回しを終わらせている。お姉様は許されるとわかっていてああしている。だからこそ何が起こるか全然わからない。

 そんな姉を解き放った自覚があるので、ベスティが困るならノーチェの所為だ。ノーチェはもう少しゆったり待つべきだったのかもしれない。


「え、あ、違う! 会いに来てくれて嬉しい。ノーチェを待たせた俺が悪い」


 眉を下げるノーチェに向き合って、ベスティがノーチェの手を取った。濡れたハンカチがひんやりとして、ベスティの大きな手の平の体温が余計熱く感じる。


「格好悪いから、全部終わらせてからにしたかった。ただの俺の見栄だ。それでノーチェを悲しませるなら、俺が間違ってた。ほんとうに、来てくれて嬉しかったんだ。ありがとうノーチェ」


 真っ直ぐ嬉しいを伝えられて、真摯な目と視線が合って、やっと安心したノーチェがにっこり笑う。

 ノーチェの笑顔に安堵したベスティは…きゅっと、繋いだ手に力を込めた。


「本当は、もっと早くノーチェと話すべきだったんだ…だけど楽しくて、全然言えなくて」

「ベスティ?」


 迷うように言葉を紡ぎながら、彼は真剣な目でノーチェを見た。


「俺、料理人になる」

「あれぇ?」


 予想外の台詞が飛び出した。



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