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15 美味しい【Sideベスティ】


 女の子はノーチェと名乗った。

 ノーチェ・アルディーヤ。

 その子はベスティの隣で、ナイフとフォークの握り方から実践まで見本となってくれた。

 手本になる、と彼女が言ったわけではないが、チラチラ確認するベスティがわかりやすいように、ゆっくり動いてくれた。

 食べやすいように食べていいと彼女が言ったから、ベスティ以外にも素手でお菓子を食べる子がいた。しかしどの子も楽しそうで、頬を染めながら美味しい美味しいと食べている。


 ベスティは今まで、美味しいがよくわからなかった。聞かれたこともないし、ただ出された食事を食べていた。

 しかしたくさんの子供達と一緒にお菓子を食べて、美味しいねと笑いかけられると、うんと頷きを返したくなる。

 よくわからないが、このお腹がぽかぽかすることを「美味しい」というのだろう。


「おれ、こうやって皆と食べるの初めてだ」

「そうだったの」

「ぎょーぎ悪いの、だめだったな…」


 行儀が悪い、というのがどういう意味かも分からない。

 自分が駄目らしいことしかわからず、どうしたらいいのかわからない。


「綺麗に食べるのは、これから練習すればいいわ。私もね、お魚上手に食べられないの」


 そんなベスティに、ノーチェは優しくしてくれた。

 ベスティからしてみれば何でもできるノーチェにも、できないことはあるらしい。そしてそれは恥じることではなく、これから学んでいくこと。

 これから。

 これから一緒に学ぶのだと、この子と一緒にいられるのだと思って頬が熱くなる。勘違いだったが、お腹がぽかぽかした。何も食べてないのに「美味しい」と思った。


「おれ、がんばる」

「うん! 一緒に頑張りましょう!」

「ん」


 しかしその日、あっさりノーチェは子爵家に帰った。

 当たり前だが、勘違いしていたベスティはショックで布団に丸まった。

 ノーチェがいないからしょんぼりしていたのだが、義母はベスティが集まりでやらかしたのだと思った。計画通り失敗したのだと考えて、今度はよその家での催しにも参加した。


 アルディーヤ子爵家はよその家からも引っ張りだこだったので、出掛ければ当然のようにノーチェもいた。


 また会えた! と嬉しくて駆け寄って、けれど挨拶の仕方がわからずうろうろした。

 そんなベスティに気付いて、ノーチェは先に挨拶をしてくれた。

 身分の低い者から挨拶をする。当然の流れだったのだが、ベスティはノーチェが声を掛けてくれてとても嬉しかった。


 ノーチェはベスティと顔を合わせる度、ベスティの知らないことを教えてくれた。

 それも押しつけるのではなく世間話のような気軽さで。ベスティは自然とノーチェからの教えを吸収し、身につけていった。

 一番多かったのは食事の作法の話だったが、ノーチェが教えてくれたから子供部屋で一人練習もできた。

 ノーチェが言ったように、練習しないと上手に食べることはできなかった。


 練習していなかったら、突然家族で晩餐をとると言われたとき、ベスティは伯爵(父親)の前で綺麗に食事ができなかった。


 完璧とは言えないが、子供らしい拙さ。

 それでも手順通りに食事を終えることができた。

 滅多に顔を合わせない伯爵は、多少覚束無くとも手順を覚えていると判断した。褒められなかったが叱責もなかった。いつも通りの反応だったが、義母は臍を噛んでいた。彼女はベスティが愚鈍であって欲しいのだ。


 ちなみに五歳のオルカはベスティより上手に食事をしていたが、好き嫌いが多く皿に彩りが残っていて怒られた。

 ニンジンを見てしょんぼりしていたので、こっそり食べてあげた。好き嫌いはよくないが、いやいや食べられる食材も可哀想だとノーチェが言っていたのを思い出したのだ。食べる人も食材も可哀想だから、お互い歩み寄らなくちゃなの。と、ちょっとよくわからないことを言っていた。

 ニンジンが消えたことに気付いたオルカはベスティを見上げて目を輝かせ、ニコッと笑う。

 腹違いの弟と遊んだことはないが、喧嘩したこともない。いつも義母が弟の傍にいるのでベスティは追い払われる。

 だけど目が合って笑いかけられて、ベスティはお腹がぽかぽかした。ニンジンは特別好きじゃなかったけれど、ノーチェと一緒にいる時みたいに美味しかった。


 それから頻繁に外に出て、頻繁にノーチェに会った。

 ベスティにとってノーチェは友達であり先生だったがそれはベスティだけでなく、催しに参加している子供達にとってもそうだった。

 彼女はお菓子を綺麗に食べながら、習ったことを積極的に教えてくれた。


 彼女がするのは勉強会ではなく、感想戦。

 挨拶するときこれくらい足を引いたらやりやすかった。文字を書くとき力を込めすぎたから歪んでしまった。本を読むとき、声に出したら覚えやすかった。

 学びが遅れているのは、ベスティだけではない。ノーチェはたくさんの子に話を振って、たくさんの苦手と向き合った。


 そうなの。むつかしいよね。わたしもまちがえたの。

 共感と、同調と、肯定。


 こうしてみたの。ああしてみたの? そうしてみるのもありなの。

 経験を語り合い、発想を飛ばし、気付けば皆で苦手を克服しようと動いていた。


 たくさん考えたからお腹が減ったの。皆でおやつにしましょう!

 そして最後は笑顔で、美味しい美味しいとおやつを食べる。

 苦手と向き合ったあとの甘いおやつは、ご褒美みたいでいつもより美味しく感じた。


 そうやって最後は美味しい記憶で集まりが終わるので、次の集まりでは苦手を克服する子が多い。

 ノーチェは自覚していないけれど、ノーチェが着席したら皆近付いてくる。それはノーチェとおしゃべりしたいからだし、美味しそうに食べるノーチェを見るだけで応援されている気持ちになれるからだ。

 ベスティはいつもノーチェの隣に居た。勿論ベスティが隣に居たいからだが、ノーチェもベスティを見るとこっちにおいでと笑いかけてくれる。それが嬉しくて、ベスティはいつもノーチェを見ると駆け寄った。


 そうやって何度も交流を重ね、一年後。

 ベスティは初めて、悪意を見た。



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