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14 美味しいを知るまで【Sideベスティ】

ベスティ視点が数話続きます。


 ベスティはベイアー伯爵家に嫡男として生まれた。

 しかし母は産後の肥立ちが悪く、儚くなってしまった。

 父親である伯爵は嘆き悲しみ、暫く我が子を忘れ仕事に没頭した。

 乳母の手配はされていたし使用人達に温かく育てられたが、ベスティは父親に顧みられず育った。


 更に親族からの勧め…いや、ほぼ強制的に後妻を娶ることが決まった。


 伯爵の愛は前妻にのみ捧げられていたが、貴族の当主として子は多い方がいい。幼い子供が大人まで育つ保証はどこにも無く、少なくとも二人は跡継ぎ候補を作ることが推奨されていた。

 上位の貴族は特に、尊き血を絶やさぬように子は多い方がよいと言われている。


 そんな貴族的な慣習があったので、伯爵も後妻を娶らねばならなかった。

 この時ベスティは一歳。

 事情はまったくわからなかったが、いつの間にか「母」ができていた。「母」がなんなのか、そのときのベスティにはわからなかった。物心が付いていないだけでなく、まったく関わらなかったから。


 それから一年後、弟のオルカが生まれる。

 伯爵は務めを果たしたと再び仕事に明け暮れるようになり、伯爵家には幼い子供二人と後妻…義母が残された。


 …これで良識ある義母なら何の心配もないのだが、遠縁の男爵令嬢だった義母は男児を産んで欲が出た。

 自分が産んだ子を、伯爵家の跡取りにしたくなったのだ。


 それからベスティは、放置された。

 嫡男に相応しい教育も施されず、使用人も最低限しか与えられなかった。


 生まれたときからそうだったので、ベスティは母を知らない。父を知らない。

 乳母が絵本を読んでくれて、親身になってくれる使用人がいて、ベスティはそこまで寂しくはなかった。元からいないから、喪失を感じることもなかった。

 ベスティの世界は小さな子供部屋で完結していた。

 だから自分の生活がおかしい事に気付いていなかった。


 そんな中、突然外に放り出された。


 伯爵家で行われた年頃の子供達を集めたお茶会。親たちの交流であり、子供達が友人を作る場でもある。

 伯爵家に擦り寄りたい者、伯爵家がお近付きになりたい者を集めて定期的に行われている催しだった。

 それに何の説明もなく、ベスティも放り込まれた。

 むしろこのとき、ベスティは主役だった。伯爵家が主催していたのだから当然だ。誰もがベスティの友人作りを目的だと思っただろう。

 しかし一人で過ごしていたベスティは、こんなときどうしたらいいかまったくわからない。

 ベスティは一人、呆然としていた。


(どうしよう…)


 ベスティにはわからなかったが、義母はベスティを跡継ぎに相応しくない愚鈍にするつもりだった。必要な教育を施さず、知恵遅れとして跡継ぎに相応しくないと周知させるつもりだった。

 だからこの催しは、最初から失敗することを前提として開催されていた。

 勿論そんなことをしたら伯爵家の面目は丸つぶれだが、それだけ注目を浴びたら対処せざるを得なくなる。そう、跡継ぎ不適合と噂されるくらいのことがあれば…。


 そんな思惑はわからなかったが、ベスティは同じ年頃の子供達を見て興奮していた。


(おれとおなじくらいのが、たくさんいる)


 今まで自分より大きな大人ばかり見てきたので、自分と同じ背丈がたくさんいて驚いた。

 驚いて、萎縮して、どうしたら一緒に遊べるだろうかと周囲を見渡した。


(お話、してくれるかな。一緒に遊ぶの、どうしたらいいんだろう)


 教養がなくてもベスティは愚かではなかった。

 何も知らないので、身分の低いものに合わせることが屈辱だとも思わない。

 大人に囲まれて育ったが、甘やかされるだけ甘やかされて育ったわけではない。


(…あそこ、なんでたくさん集まっているんだ)


 だから子供達が集まってお菓子を食べ出したとき、同調性でふらふら引き寄せられた。美味しそうなお菓子に手を伸ばし、あっという間にかぶりつく。

 愚かではなかったが、やっぱり教養がないので失敗をした。


「ちょっと、あなた行儀が悪いわ」

「手で食べていいのはクッキーだけだぞ」


 高い声で指摘されて、咎める口調にベスティは固まった。よくわからないがいけないことをしたのだと察したからだ。

 察したが、何がいけないのかわからない。どうしたらいいのかわからず、固まるしかなかった。


(どうしよう、どうしよう…こういうときは、どうすればいいんだ?)


 仲良くなりたいのに、近付きたいのに、失敗してしまった。嫌われてしまうかもしれない。

 ドキドキしていると、先程とは別の高い声が割って入ってきた。


「パウアー様とディーン様、お食事のマナーをきちんと覚えているのですね。流石です!」

「ま、まあね!」

「これくらい当然だし…! で、ですし!」


 途端に、咎めるような視線を向けていた二人が得意げになる。

 瞬きながら視線を向ければ、茶髪に青い目をしたお人形みたいな子がベスティを見ていた。

 青い目は丸くて大きくてくりくりしている。ふわっとした茶髪は柔らかそうで、絵本で見たリスみたいに可愛い。

 その子はにっこり、ベスティに笑いかけた。

 びっくりした。

 向けられる笑顔が、あまりにも楽しそうで。


「このお菓子、美味しいの!」

「えっ」

「急がなくても大丈夫なのよ。まだたくさんあるの! 一緒に食べましょう!」

「え、あ、おれ」

「大丈夫なのよ。美味しく食べるのが一番のマナーなの。シュークリーム、美味しかったでしょう?」

「う、うん」


 本当は甘いことしかわかっていなかったが、ベスティは頷いた。

 頷いたベスティに、女の子はぱっと弾けるように笑う。


「なら大丈夫よ。それも食べていいの。食べやすいように食べましょう! まずは美味しく食べるのが一番なのよ! 綺麗に食べるのは練習が必要だから、今度挑戦しましょう」


 大丈夫、大丈夫。

 そう言って笑う女の子。

 胸がぎゅっと苦しくなって。

 ベスティは思わず、握っていたお菓子を握りつぶした。



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