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虚構の守り手 〜二つの日本の物語〜  作者: 扶桑かつみ


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第七章「対決」-3

「……本船団にはソヴィエト連邦船籍の民間船が多数含まれています。戦闘行動を中止されたし。繰り返す。国連軍へ、本船団にはソヴィエト連邦船籍の民間船が多数含まれてい……」


 無線からは、霞遙かに見える敵船団からの通信が延々と続いている。

 無線以外でも、電信、光信号、ありとあらゆる手段で接近中の国連艦隊に戦闘停止を求めている。

 ご丁寧に、長短双方のラジオ放送でも同じことを放送している。

 

 そして国連軍が行動を起こしたとき、敵船団は幾つかのグループに分かれると、ミグの傘の下、朝鮮半島に向けての突進、いや逃避行をすで開始していた。

 しかも最後のグループには、暗灰色をした人民海軍の戦闘艦艇がピッタリと張り付いている。

 

 平均十四ノット程度ながら、十時間もあれば海からは手が出せなくなってしまう。

 その上、敵船団の反対側からはソ連義勇艦隊が急接近しつつあり、この艦隊の動きも予断を許さない。

 

 対する国連軍は、東シナ海の米戦艦部隊が後方から追撃。「大和」を中心とする日本艦隊には、迂回して西水道から頭を押さえるよう命令を発する。

 

 この行動により、一つしかない人民艦隊はどちらかの艦隊が戦闘をしかけて拘束し、残りの片方が敵船団を葬ることになっていた。

 

 そうすれば人民軍はジ・エンドだ。

 

 放送などブラフでしかない。

 国際法上の正義はこちらにある。

 

 そしてこの複雑化した追撃戦を、国連側は多数の偵察機や電子情報によって制御、各艦隊を適切な位置へと導いていた。

 


「各参謀、現状を報告」


 有賀が前方を双眼鏡で見つめながら短く命じる。

 

「ただ今本艦および本艦隊は、対馬北西海上八キロを航行中。

 あと十三分で対馬海峡・西水道に入ります」

「敵配置に変化なし。敵船団まで約四五〇。護衛艦隊までは三六〇。護衛艦隊は増速、依然進路をこちらに向けています。

 まもなく視認可能。数は戦艦一、重巡二、駆逐艦四ないし六。他の小型艦は潜水艦を警戒してか別行動を取っています」

「ソ連義勇艦隊が対馬海峡東水道に入りつつあり。このままでは、あと三十分でA任務部隊と船団の間に割って入ります」

「「武蔵」がこっちに来てる理由はそれか」


 三人の参謀の報告の最後に有賀が独白した。

 

 その時、別の方向から大声が上がる。

 

「右舷見張りより報告、敵マスト確認。

 距離三五八、方位六〇。「武蔵」です」


 ◆


「「大和」視認しました。距離三五八、方位零度」

「よし、全艦隊に指令。第四戦速。進路四十度。イヤでもこっちに付き合ってもらうぞ」

「ヨーソロー。全艦第四戦速。進路四十度」


 実質的な艦隊指揮官の神の指令に立花が応え、さらに随伴する各艦艇も見事な操艦術を見せ、陣形を崩すことなく進路を変えていく。

 大陸に行っても、帝国海軍の血は少しも衰えてもいないと言いたげな美しい動きだ。

 

 そして「大和」戦闘群は、頭を押さえられたく無ければ変進するしかなく、船団を捕捉するのなら「武蔵」に同航しなくてはならない。

 これが、立花がいったゲームだ。

 しかも互いに同じ剣、同じ鎧を持つので、ある意味チキンレースだった。

 互いに世界最強を謳われた重巡洋艦をお供に連れているが、一騎打ちの邪魔にはならないと考えられていた。

 

(距離二五〇あたりからが勝負だな)


 距離30000メートルからの砲撃を命令しようとしていた立花だが、それを神が制した。

 

「艦長、やる気満々なところ悪いが、少し時間を借りるぞ。うまくいけば時間が稼げる」


 そう言うと、近距離通信装置のマイクを握ると、今最も通信帯を占めている常套文句を唱えだした。

 

 相手はもちろん、目の前の日本艦隊だ。

 

 今日の対馬海峡は比較的視界も良かったが、まともに見えるにはまだしばらくかかる。

 しかし、近距離無線でも出力を強めているので、声は届いている筈だ。

 

「当船団がソ連船籍を主張するなら、戦闘意志が無いことを示し、ただちに停船。当方の臨検に応じられたし。国際法上問題がなければ通行を許可する」


 数分すると、向こうからも近距離無線が入った。

 

「おい、立花艦長。聞き覚えがあるか?」

「ハイ。……有賀だと思います」

「あのごっつい男か。確か戦隊司令だったな」

「そうです。今の艦長は能村の筈です。あと単に話し合うなら、艦隊司令(正式名称は違う)の松田さんか観戦武官のバーク提督が最高位ですね」

「こっちの情報じゃあ松田さんは後方だ。観戦武官は佐官クラスが間違いなくいるだろうが、俺以上の見物人だ。話すに値せん」


 神はそう言ってしばらく思案に耽るが、すぐさま決断すると再びマイクを口元にもっていった。

 

「オイ、こっちの声が聞こえるか。こちらは大東亜人民共和国海軍海軍次長・神重徳中将。そちらの最高責任者と話したい」


 二度繰り返した。

 

 そして数瞬。

 

「聞こえている。こちらは日本国海上自衛軍将補・有賀幸作。現在は国連日本援助海軍D任務群の最先任指揮官である。何度も繰り返すが、話し合うというなら停船し砲を向けるのを止めるべきだ。でなければ、国際法上話し合う理由はない」


 有賀の言葉を聞きながら、神は立花に「ニッ」と男性的な笑みを向けた。

 思うツボというわけだ。

 

 ソ連そのものの存在と、ソ連の持つ核兵器が生み出した虚構の時間の完成だ。

 

 なぜなら、アメリカは既に核のカードを切って失敗し、次このカードを切る権利を持つとされるソ連が同じ事をしては、苦労して作り上げた局地戦争という状況ではなくなってしまう。

 

 そして虚構を利用した、神の長広舌が始まった。

 有賀も自分たちの正当性を明確にするためいちいち反論せねばならず、数分間水掛け論が続く。

 

 そうして距離が30000メートルに近づきつつあった。

 戦闘を行うならタイムリミットだ。

 しかも国連艦隊側は、同航戦を強いられ船団との距離も離されつつあり、躊躇している時間ではなかった。

 

 そんな焦りにも似た声がスピーカーから響く。

 

「議論に出口はないと判断する。よって通信をこれにて遮断する」


 ちらっと時計を見た神も潮時と判断したようだ。

 実質的に時が稼げなかったのは残念かといえば、顔はそうでもない。

 自分が前座であることを知っているような顔だ。

 そんな顔のまま、さらにマイクに向かう。

 

「了解した。サラバだ有賀君。そして日本海軍の諸君も。それと、敵手から言うべき言葉ではないが、諸君らの壮健と日本列島の繁栄を祈る。ただ、あと少し待ってくれ。もう一人そちらに交信したい者がいる。一分くれ」


 ぬけぬけと言って、立花にマイクをわたす。

 神は日本列島に対して決別の言葉を言うために、わざわざこんな茶番をしたのだ。

 

 そんな神の突拍子もない行為に少し混乱した立花だったが、マイクを静かに受けとる。

 

「私は立花清。軍艦「武蔵」の艦長だ。有賀提督、そしてこれを聞いている全ての人へ。今の会話で日本と日本列島を守るべき軍が、本来あるべき姿だと確認できた。ありがとう。そしてさようなら」


 最後の言葉と共に通信兵が回路を切り、立花と神は互いに顔を見合い、納得した表情を浮かべた。

 


 ◆


「立花! 神! 誰でもいい、応えろ!」


 最後の言葉と共にプツッと通信が切れる音が聞こえたとき、有賀は思わず叫んでしまった。

 

 まだこちらの言いたいことをは言ってない。

 一方的に言いたいこと言って、気分良くなってんじゃない。

 

 有賀はそんな事で感情がいっぱいだった。

 これが心理作戦なら、見事なまでの成功というべきだろう。

 

 そんな有賀の肩を叩く者があった。

 バークだ。

 

 彼は静かに顔を横にふると、次には決断を促す強い表情になる。

 

 バークの仕草に気分を無理矢理切り替えた有賀がうなづき、艦長の能村に命じた。

 

「射撃開始!」


 有賀の命令と共に、一旦停滞を命じられていた「大和」の戦闘力が次々に解放されていく。

 また有賀は、全艦隊にも戦闘命令を伝えており、各艦艇が敵への突撃を開始する。

 

 「大和」が、まるで幾重にも重なる鎖を解かれた野獣や魔物のようにうごめきだした。

 

 まずは、戦中では考えられなかった電波のビームが「武蔵」を絡めるのが見えそうなほど鋼鉄の枠組みから放たれる。

 連動して、既に敵に向けられていた四十六センチ砲が微調整を開始。

 目では分からないほどゆっくりと旋回しながら、徐々に主砲を天空にもたげ出す。

 さらに、新たに搭載した大量の防空火器がうごめきが、「大和」の凶暴さを演出する。

 

 ほんの数分で完全な凶器となった「大和」は、マスターである艦長の命令を待つばかりとなった。

 

 そしてその瞬間はもうすぐだ。

 

「距離三〇〇!(30000メートル)」

 同時に各所から報告が入る。

 戦闘距離だ。

 

「撃っ!」


 能村が鋭い一言を発しきる前に、「大和」が咆哮した。

 いきなりの斉射。

 九門の主砲全てを使った一斉射撃。

 一発あたり四五二〇〇メートル/トンもの運動エネルギーを持つ暴力が解き放たれた瞬間だ。

 

 この時だけで「大和」の主砲では三トン近い高性能火薬が消費され、各砲口からは大量の火薬が生み出した火焔が数十メートルも先に伸びる。

 

 しかも発砲時の衝撃波は、主砲を中心に球形を作るように付近の海面を押しつぶした。「大和」のまわりの海が一瞬目に見えない超巨大レンズを押し付けたようになるのが見える。

 

 そして初速七八〇メートル/秒で飛翔する砲弾は、約六〇秒後に彼女の妹の周囲に弾着する事になる。

 

 だがそれは自らも同じだ。

 

 まるで鏡に映したかのような情景が、全ての状況を見定めている様々な双眼鏡から確認できた。

 

 状況を一瞬で見極めた有賀は思った。

 

(大見得なんぞ切ったからって手は抜かんぞ立花)


 ◆


「敵一番艦発砲。二番艦以降は隊列を離れて増速中。先頭は高雄型」


 様々な報告が各所からもたらされる。

 

 しかし一旦一騎打ちが始まった以上、艦長は意外にすることはない。

 

 撃つのは砲術長、動かすのは航海長、損害復旧は内務長もしくは副長。

 それぞれ役割が決まっている。

 今艦長がすべきは、状況の変化を見極めるべく注意深く戦況を見守ることぐらいだ。

 

 しかも今は、互いに第一斉射目。

 着弾を数えるストップウォッチを読み上げる声だけが響いている。

 その声を聞きながら、一瞬だけ心にゆとりを持った立花は周囲を見渡してみた。

 

 第一艦橋からは艦前方から中央部にかけてが一望できる。

 

 なんとか木張りを保っている甲板とそこに陣取る二つの巨大な砲塔。

 副砲を取り除いた上に新たに乗っかっている、防空戦闘用の巨大な射撃管制装置。

 艦の両舷に大量に据えられた、ソ連製十センチ連装両用砲と三十七ミリ連装機銃。

 

 それらが、夜間での活動を主眼にした暗い灰色に彩色され鈍く光り輝いている。

 

 ここからは見えないが、艦橋の真後ろには新たに太いマストがそそり立ち、ソ連製の電探も設置されている。

 もっともソ連製といっても、アメリカ製のコピーにドイツから奪った技術を付け足したようなものだ。

 もちろん精度も能力も、今のアメリカ製のものとは比べものにならないぐらい低い。

 何しろ技術レベルは第二次世界大戦程度だ。

 だがそれでも、旧帝国軍が使っていたものよりずっと性能が高い。

 

 各射撃管制装置に付けられた電探も同じだ。

 

 曲がりなりにも光学照準と電探射撃が実用レベルで併用できているのだ。

 おかげで開戦時は、ライバルとされたアイオワ級戦艦二隻を不意打ちとはいえ撃沈できた。

 

 そういったシステム自体に思うところがないわけではないが、技術など使う者次第。

 立花はそうも割り切っている。

 

 それに長い間の改装は、悪い事ばかりではない。

 

 水密隔壁の増加や各隔壁の増厚など、間接防御力は著しく強化されている。

 しかも主缶もソ連の技術陣が取り囲んで温度、気圧も強化していた。

 従来の機関もリミッター解除で十六万八千馬力まで強化可能だが、ロシアの冶金学は予想した以上に高く、それ以上にパワーアップしている。

 排水量が二〇〇〇トンも増えたのに、最高速力が一ノット以上向上しているのはそのためだ。

 

 こればかりは向こうは知るまい。

 

 それを思うと少し児戯に似た気持ちがわき上がる。

 どこかで連中を出し抜けないものかと。

 

 しかし、そんな事を思ったのも一瞬だ。

 

 なにしろストップウォッチを数える声は、五〇を越えた。

 もうすぐ双方とも着弾だ。

 

(しかし、一撃目が当たることはない。勝負は五分経ってからだろう)


 立花は、経験則から予測した。

 

 そして戦闘開始から五分。

 距離は同航しながらも4000メートル近く縮まり、双方五度の砲火を交わした。

 そこで「武蔵」がようやく挟叉した。

 遠距離ということと海峡の波がもたらした時間だ。

 

 だがこの時、「大和」が改装後の力を現し始めた。

 

 距離28000メートルの第三射目で挟叉を出し、この第五射目で命中弾を叩き出したのだ。

 

 射撃・照準能力の差がもたらした差だった。

 

 立花や神が陣取る第一艦橋は、凄まじい揺れに襲われ、周囲では悲鳴や怒号が飛び交っている。

 

「各部被害報告!」

「艦尾航空機格納庫被弾」

「右舷短艇格納庫にて火災発生」

「応急班、損害復旧急げ」

「各砲塔異常なし」

「射撃指揮装置異常なし」

「電探正常稼働」

「機関全力発揮可能」

「全艦異常なし!」


 聞き終えた立花は、内心ホッとしながらも態勢を立てなおしつつ吠えた。

 

「次弾急げよ! 向こうは待ってくれないぞ!」


 彼の横では、神が口から赤いものを吐き出し、口の中を少しもぞもぞさせた。

 どこかにぶつけて、口を切ったか歯でも折れたのだろう。

 それが終わるとお国なまり丸出しの気合いを入れ、次の弾着までの数十秒間まるでなにかを待つように、再び双眼鏡を掲げ外を注視した。

 

 そして次の着弾の寸前、神の口元が崩れた。

 

 悪魔の微笑みだ。

 


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