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虚構の守り手 〜二つの日本の物語〜  作者: 扶桑かつみ


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第六章「悪戦」-4

 「信濃」。彼女の運命は、姉もしくは兄たちに劣らないぐらい波乱に満ちたものだった。

 

 もともとは、一九三九年の艦艇整備計画で建造が進められていた大和級戦艦の三番艦だった。

 だが、日支事変の進展にともなう資材不足で工事が停滞。

 大東亞戦争開戦と共に工事はほぼ停止してしまう。

 その後行われた工事も、他の艦艇を建造するため、ドックを空けるための工事でしかなかった。

 

 建造に関係した者たちが、未完成のまま朽ち果てさせるのではと疑ったほどだ。

 

 もっとも、未曾有の大戦争を始めてしまった日本海軍に、戦艦としての彼女を完成する力があったかは極めて疑わしい。

 

 しかし、彼女の運命に変化が訪れる。

 有名なミッドウェー沖海戦での日本海軍空母機動部隊の惨敗が、彼女に空母になることを強要したのだ。

 

 しかも空母化の工事も二転三転する。

 

 当初は、常識的な改装空母として、破格の大きさの船体を利用した通常の大型空母の方針が示されていたという。

 だが、改訂された海軍拡張計画で、異常なほど防御力を重視した洋上移動基地としての役割を持つ空母への改装が決定する。

 

 最も目立つ特徴は、甲板の全てを分厚い装甲で覆ってしまう点だった。

 同じ装甲空母の大鳳が、離発着に必要な最低限の飛行甲板しか装甲化しなかった事と比較するとその極端な防御姿勢が分かるだろう。

 

 アメリカやイギリスの同種の空母でも、ここまで直接防御を徹底した艦艇は存在しない。

 重装甲のため、基準排水量は世界最大の六万二〇〇〇トンが予定されていた。

 

 そして苦しい資材をやり繰りしつつ建造が進められたが、戦況の逼迫化にともない工事も停滞。

 それでも無理矢理の突貫工事により、四四年十一月就役が予定された。

 だが、その年の八月の停戦で全てが流れてしまう。

 

 そして停戦により早期建造の必要もなくなり、停戦に伴う軍縮で解体すら噂されるようになった。

 何も空母なら、戦争を戦い抜いた「瑞鶴」と、新たに就役しつつある「雲龍級」空母三隻で十分だった。

 軍縮などされては、とても六万トンもの空母は持てない。

 関係者がそう考えることに、何ら不思議はないだろう。

 

 しかし「信濃」を救ったのは、意外にもアメリカ海軍と大陸日本の存在だった。

 

 停戦後、日本各地に乗り込んできたアメリカ軍、特に海軍は日本中の基地に残る軍艦を綿密に調査した。

 中でも、日本からの情報が遮断されて以後の艦艇に強い興味を示した。

 

 彼らにとっては、ビックリ箱を開こうとした子供のそれに近い心境だったという。

 

 神秘の巨大戦艦「大和級」。覆面巡洋艦「最上級」。当時建造中だった「伊四〇〇級」潜水空母。

 そして重装甲空母「信濃」。

 それら全ては、アメリカ的合理性では考えられないコンセプトの存在たちだった。

 

 だから、事実上の敗戦とはいえ停戦した日本政府に対して強い圧力を加え、軍縮にかこつけて自国に持ち帰った艦艇も多い。

 建造中だった「伊四〇〇級」など、わざわざ資金と資材を援助までして完成させてから本国に持ち帰ったほどだ。

 

 しかし、さすがに「大和」と「信濃」を日本人の手から取り上げることはできなかった。

 そして戦艦には感情面以外ではあまり興味を示さなかったが、空母となった「信濃」には格別の関心を向けていた。

 停戦から半年にも満たない間に横須賀を訪れたアメリカ海軍高官の多さからも、関心の高さを伺い知る事ができる。

 

 なお、アメリカが「信濃」に強い興味を示したのは、自国でも似たようなコンセプトの艦が建造中だったからだ。

 しかもそれは、ミッドウェー沖海戦を契機として建造が開始されたものだけに、心理面での関心の高さもかなりのものといえた。

 

 このアメリカ製空母の存在は、戦後長らく活躍した「ミッドウェー級」として知られる新世代の航空母艦だ。

 

 彼女は、計画当時の艦艇で最も大型だった「モンタナ級」戦艦の船体設計を流用した装甲空母。

 つまり、「大和級」戦艦の船体を利用して建造された「信濃」とコンセプトが似ていた。

 

 そして「ミッドウェー級」は、日本との戦争が終わった事もあって建造半ば。

 対する「信濃」は完成直前。

 興味を示すなと言う方が難しいだろう。

 

 そして約半年の調査の後、アメリカ技術団が下した結論は「優秀な素質を持つ空母」だった。

 レポートには、正価で購入しても十分費用対効果があるだろうとされていた。

 

 だが、購入はさすがにできない。

 かといってこれほどのものを解体しろと言ったら日本海軍が怒るのは目に見えている。

 

 とりあえず結論が出せないので、その後も調査など理由をつけて保留状態を維持した。

 アメリカをして解体を躊躇させるだけの巨艦だったのだ。

 

 そうしてしばらく無為な時間を過ごしたが、やがて転機が訪れる。

 一九四九年の大陸日本での軍事クーデターと膨脹傾向の再燃だ。

 

 これにより、少なくとも列島日本の海軍力再建は必要とアメリカが判断。

 日本側からも強い動きがあり、彼らの日本侵攻を最も躊躇させるであろう母艦戦力の再編成が急ぎ行われることになった。

 

 しかし停戦時、日本海軍の大型空母は「瑞鶴」一隻だった。

 マリアナで全てを失っていたからだ。

 

 ほかには、「雲龍級」空母三隻と「信濃」が就役間近で、ほかは軽空母数隻が残るだけ。

 

 しかも戦後の軍縮で、軽空母の何隻かは不足する輸送船やタンカー、果ては復員船に使われて元の空母に戻せないものも多かった。

 船として幸運だったものの中には、客船に舞い戻れた船もあったほどだ。

 

 もっとも、米軍の大柄な機体を運用するには軽空母では小さすぎ、必然的に未完成空母群に注目が集まった。

 

 そして改設計の後に工事が再開され、順次母艦として就役。「雲龍級」空母三隻などは、計画当初よりはるかに贅沢で性能も向上して完成した。

 

 だが「雲龍級」は、レシプロ機運用が前提の改設計しかされていなかった。

 艦としての規模が小さかったからだ。

 

 これに対して戦後唯一の稼働状態を維持していた「瑞鶴」は、「雲龍級」就役に伴いドック入り。

 動乱開始時は徹底した近代改装の真っ最中だった。

 

 そして、最も大規模な改装が行われる事になったのが「信濃」だ。

 大改装の理由は様々だが、最大の理由は艦の規模が破格に大きかったからだ。

 

 しかも米軍は、この艦を自軍のこれから建造される同種の眷属たちのテストベッドにすべく大規模な支援を決定。

 さまざまな最新装備を提供し、図面を書き換えていった。

 

 列挙すれば以下のようになる。

 


・飛行甲板の延長と拡大

・艦首のエンクローズ化

・船内水密隔壁の増加と強化

・サイドエレベーターの追加

・アングルドデッキの追加

・飛行甲板装甲の変更(重コンクリートの排除)

・格納庫の拡大

・対空火器の刷新

・電子装置の刷新

・間接防御システムの強化


 以上、ほとんど改装をやり直すような工事が四九年に入ると開始された。

 

 そして二年以上の改装を経て、一九五一年夏にようやく完成。

 改装期間が長期にわたったのは、改装中にさらに新装備の搭載が決まり、そのための設計変更など時間のかかる作業が多かったためだ。

 だが、時間をかけただけに、その姿は先進的だった。

 

 エンクローズ化された艦首。

 その上に伸びる二本のカタパルト。

 横に張り出したサイドエレベーター。

 右舷中央部にそびえる電子装備を満載した煙突と一体化した艦橋構造物。

 アングルドデッキを斜めに横切る着艦用区画。

 

 その姿は、日本艦艇の姿を借りた米艦艇に他ならなかった。

 諸外国には、日本の空母と言うより、アメリカの新鋭空母と紹介した方が通用しただろう。

 そう思わせる姿だった。

 

 だが、それでも彼女は「信濃」に他ならず、日本艦艇である事を示す菊の御紋を掲げる存在だった。

 

 なお、艦載用戦闘機には当初はF9Fパンサーが予定され、就役の遅れからFJフュリーを搭載することになった。

 攻撃機はもちろんA1Hスカイレイダーだ。「信濃」は都合一〇〇機近くも搭載し、他に小型ヘリなども搭載、一隻で一個航空戦隊を編成する予定になっていた。

 

 そして五一年のクリスマス直前に熊本上空に現れた機体が、母艦と共に編成され、「信濃」から発進した航空隊だったのだ。

 

 この時「信濃」は、前日の昼間に紀伊半島沖で航空隊を全て収容、四国沖で訓練の予定だった。

 それが、前線から敵の攻勢近しという緊急報告を受けてヤンキー・ステーションに急行。

 

 急ぎ現地部隊の指揮下に入った彼らは、予備戦力として拘置され、敵第二波の攻撃開始にあわせて戦場に姿を現したのだ。

 

 このため日本国内にいた人民政府側の諜報組織は、横須賀を出て訓練中の空母は戦力外と判断し、配備予定の航空隊も同様と考えていた。

 

 事実「信濃」の腹の中には一回分の出撃を満たす弾薬しかなく、この後は僅かな護衛艦艇と共に通常の訓練へと復帰している。

 

 だがこの時の緊急出撃が、国連空軍に貴重な時間を与えたのは確かで、翌朝からの十分な攻撃を可能としたといえるだろう。

 


 そうして飛来した航空隊の攻撃の有様を眺めていた島田は、自分が今戦争のターニングポイントに立ち会っているのを不意に実感した。

 

 人民軍の精鋭戦車隊の後退と自衛軍の新鋭空母の登場。

 恐らく戦争は変化するだろう。

 まあ、あの虎たちが大人しく大陸に帰らない限り自分たちの苦労は続きそうだが、戦争に大きな変化が訪れるに違いない。

 

 紅蓮の炎に彩られた戦場を去りゆく鋼鉄の白い悪魔達を遠望しながら、島田は無線手に状況の変更を伝えるよう指示した。

 

「アニマルハンターよりビッグマウンテンへ。状況に変化あり。状況白。繰り返す。状況に変化あり。状況白。送れ」


 状況白。

 それは脅威が去ったことを告げるサインだった。



 いっぽう、島田とはまったく正反対の立場から戦場を見ている男がいた。

 

 人民軍英雄西竹一少将だ。

 

 彼は少し後ろの装甲指揮車から戦場を動かしていたのだが、新撰組と叫んだ航空隊の爆撃で全てを無茶苦茶にされていた。

 

 自走砲部隊は壊滅。

 後方の段列も大混乱。

 混戦状態の戦車隊は優勢に戦いを進めていたが、部隊の突進力と戦場のイニシアチブを失ったのは確かだ。

 

 こうなっては攻勢どころではない。

 耐久力のない我が軍は、今回の攻勢に失敗した以上、全てを失わないためにも少しでも早く持久体制を作り上げるしかない。

 

 後方の司令部は、何があろうとも前進せよと言っているが、適当な言い訳をつけて攻勢を止めるしかなかった。

 でなければ、取り返しのつかない事になる。

 今ならまだ傷は最小限だ。

 今日の夜明けから本格化するであろう爆撃を受ける前に、偽装陣地にしけ込むしかない。

 

 決意した西は、司令部への言い訳を伝えきると、指揮権の及ぶ全てに後退を命令した。

 


 後退してしばらくすると、苦労して泥のようになった農道を走る装甲車をよそに、易々と田圃を走る白い影が目に入った。

 よく見ると彼の元乗車だ。

 ペリスコープ上のハッチには、周囲を怠りなく警戒する曹長の姿も見える。

 

 彼を確認した西も装甲車上のハッチを開き、外に上半身を出してみた。

 なんとなく凱旋気分だ。

 もっとも、足下では身を乗り出すことを制止する部下の声が聞こえてくる。

 

 そして、旅団長の行動に気付いた将兵が、追い越し際もしくは追い越される時に歓声を上げたり敬礼をしている。

 

 全てが彼の決断の正しさを称えているのだ。

 

 少し横には、彼の元乗車が寄り添うように走っている。

 車長であるアイゼンビュット曹長は何も言ってこないが、護衛のつもりらしい。

 他にも同様の行動をとる車両が散見できる。

 

 そんな部下の好意に、少し気分が良くなった。

 

 なんだか負けたという気がしなくなっている。

 事実、彼らは勝ちつつあった。

 予想外の空襲がなければ勝利しただろう。

 もう勝ち負けなどどうでもいい事だが、帰ったらこの不意打ちを防げなかった事で上層部を糾弾すればいいだろう。

 

(それが済めば後は、部隊丸ごとどうやって国に帰るかの算段だ。でなければ、真面目な曹長が私との約束を果たせなくなってしまうからな)


 最後には戦略的にどうでもよい視点に想いをめぐらし、西は少しばかり晴れやかな気分になった。

 

 ようやく心が定まったと言うべきだろう。

 

 そう、彼は彼の新たな国を見つけたのだ。


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