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虚構の守り手 〜二つの日本の物語〜  作者: 扶桑かつみ


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第六章「悪戦」-2

「ぶえぃっくしょん!」


 陸上自衛軍の恐怖の象徴とされた男は、大げさな身振りとともに大きなくしゃみをした。

 

 例年より寒い九州の冬を前に、せっかく満州より温かい場所に来たというのに、これでは貴族の伊達男も台無しだ。

 まわりの兵たちも礼儀で笑いをこらえているが、彼の見えない場所で笑い者にする事は疑いない。

 

 伊達者の指揮官にあるまじき失態だ。

 しかたないので、目のあった兵に向かって「ニッ」と強く笑っておくことにした。

 こうしておけば、少なくとも悪い印象にはならないだろう。

 

 そこに、何事もなかったかのような顔のアイゼンビュット曹長がやって来て、ドイツ軍人らしい見事な敬礼を決める。

 

「閣下。通信参謀の間島大尉が、旅団司令部までお越し願えないかとの事です」

「分かった。まあ、遅れていた整備中隊、補給大隊の到着に関してだろ。ところで、偽装の方はどうなっている」

「ハイ、各車両の偽装完了と、連隊長を通じて全中隊長から通信が入りました。本車両も今通信を受けたところです」

「了解。ほぼ順調だな」

「ほぼ? 何か問題でもありますか、全ては許容範囲と思われますが」

「ああ済まない。全て順調だ。十分に補給できない前線ということを思えば、今以上の望むのは難しいな」


 西はいかにもドイツ人らしい完璧主義と、日本語の曖昧さの魅力の差について講義しようかとも考えたが、今さらと言う気持ちが勝り、適当に誤魔化すと乗車へと足を進めた。

 

 彼が歩みを止めた先には、一メートル以上掘り下げられた大造りな壕に、狭そうに伏せる一匹の虎がいた。

 

 ティーゲル・ツヴァイだ。

 だが、砲塔は他と大きく違っていた。

 あえて言えば初期型のポルシェ砲塔と呼ばれる形状に似ている。

 砲塔から突き出ている砲身を見ると、自然と口がにやつくのが自分でも分かった。

 

 そこにいつの間にか横に並んでいた曹長が口をはさんできた。

 

「閣下、本当に今回もこれで出撃なさるのですか?」

「曹長は、旅団長なんだから後方の装甲指揮車にいてくれ、といいたげだな」

「その方がはるかに合理的かつ効率的です」


 アイゼンビュット曹長の答えに淀みはない。

 本気でそう考え、そして意見しているのだ。

 

 旧帝国陸軍ではあり得ないし、今のこの国の軍隊も似たようなものだが、西の支配する部隊は例外に近かった。

 また軍事顧問としての役割が多いドイツ系軍人には、下士官以上には将校並の発言が公的にも許されている。

 

 そして彼は、はるか雲の上の階級の上級将校に、与えられた権限を躊躇なく行使していた。

 

 そんなドイツ人の生真面目さに少しおかしみを感じた西は、少しからかってみる事にした。

 

「確かに曹長の言う通りかもしれん。だが、この虎の中なら一番生存率は高いと思わないか。それに搭載弾薬を減らして通信装置も強化してある」

「ですがこれは、もともとは中隊指揮官用です。また戦車からの視界は極めて限られており、前線指揮にも限界があります。大隊や連隊レベルなら指揮可能かもしれませんが、複合的な編成の旅団指揮はまず無理です」

「よく分かった曹長。では、君がこれからこの虎の車長だ。この虎のことを一番知っているのは君だからな。頼むから無事連れ帰ってくれよ。私は少し後ろで見物させてもらうぞ」

「ハッ!」


 反射的に敬礼した曹長だったが、次の瞬間「エッ、エッ」とばかりにとまどっている。

 それを見ると流石に声を出して笑い出してしまった。

 気が付いたら腹をかかえて笑っていた。

 

 そこに曹長が少し怒った声がする。

 

「冗談なのですか閣下」

「アハハハ…。いや、笑ったことは済まない。でも、冗談じゃないぞ、本気だ。後で文書にもしてやる。明日の攻撃開始までに適当な砲手を見つけておけよ。戦車に乗ったままの突撃なんて、福岡突破戦で懲りたよ。何も分かりゃしない」


 最後に虎を見ながら、憮然と腰に手を当てた。

 

 それを見た曹長は少し安心したようだ。

 

「了解しました、閣下。本車両を無事新京の駐屯地まで連れ帰れるよう、最善の努力をさせていただきます」

「ウン、頼むぞ。この虎はとびきりの美人だからな」


 あくまでも真面目な曹長に、相変わらずの軽口で答えた西だったが、本当に無事に帰られれば良いと思った。

 

 なお、彼らの前に鎮座する虎は、世界的には幻の虎と言われる車両だ。

 福岡突破戦の先陣を切った車両であり、その後の新京凱旋パレードで西大佐改め少将が座乗した車両だからだ。

 

 しかもこの虎は、人民軍がスクラップとソ連からの資材で作り上げた鋼鉄の合成獣だった。

 

 もとは、初期型のポルシェ砲塔を搭載したティーゲル・ツヴァイだが、新京に運ばれた時点で主砲が途中からバッサリ折れていた。

 

 本来なら部品取り用だったが、エンジンが完全に無事で状態も良好だったため主砲が届けられるのを待つことになった。

 

 しかし、待てど暮らせど使い回せそうな主砲は届かなかった。

 それどころかシベリア鉄道でやってきたのは、虎とは直接関係のない戦車と部品の山だった。

 四号戦車がそのまま貨車で送らてきた時には、さすがの西も頭がクラクラしたものだ。

 だが、後期型のパンターは共通化された部品も多かった。

 砲塔のないツヴァイなど、試作車両のガラクタとしてとどけられた最終型の砲塔を無理矢理改造して載せているものもあったほどだ。

 

 また、ティーゲル・ツヴァイと同じシャーシを使っている筈のヤクート・ティーゲルが、巨大なガラクタとして二週間もかけてシベリア鉄道を使い大陸を横断してきた。

 どうやって貨車に乗せたのか、疑問しか出てこない荷物だった。

 しかし、届いた時点で主砲が取り外されており、車輪などを予備部品として取った以外何の役にも立たなかった。

 

 工場の側で数両分山積みされた錆びかけの巨大なシャーシは、工兵と安山製鉄所職員が来てバーナーで時間をかけてバラバラに分解し、喜んで持ち去っただけに終わる。

 彼らいわく、最高級の「屑鉄」だそうだ。

 

 そんな日々を過ごしていたが、結局目の前にあるツヴァイのための砲塔は、ガラクタの山の中にはなかった。

 このため他の残骸と共に共食いをまたしようという話しになったが、どうせ員数外なんだからと、技術者や工員達が今後のために何両かまともに走るやつをくれと言いだし、この車両を含めた何両かが拠出されてしまう。

 

 そしてそれから数ヶ月。

 西が北九州に出発する数ヶ月前に今の形になって戻ってきた。

 

 戻ってきた本車両の最大の特徴は、ソ連軍の最新鋭の戦車砲、「D10T 100mm砲」を装備している点だ。

 

 艦載砲からの転用だが、砲の破壊力、速射性などまさにポスト大戦型の主砲だ。

 この主砲を搭載したT54戦車が、49年からソ連軍に量産配備が始められていたが、主砲そのものは既製品の改良のため供与が成立したらしい。

 

 だがこの主砲を装備するために、主砲基部と前楯、天上装甲がまるで違う装甲形状に変化していた。

 しかも巨大なはずのツヴァイの砲塔に収まりきらず上に少しはみ出し、工員が鋳造工場に無理矢理ねじ込んだ特別あつらえの装甲で覆われていた。

 装甲厚も半ばやけくそ気味に最大二〇〇ミリある。

 

 このタイプは他にもう一両あって、民間ルートで入手したアメリカ製大出力無線機をしつらえて、その他様々な場所に手を入れた末にスクラップ予備軍から「新鋭戦車」として帰ってきた。

 そして西の元に来て以後は、第一中隊直属車両として保持されている。

 

 工員達は、各中隊の指揮官用にと考え無線機などしつらえたらしいが、もととなったティーゲル・ツヴァイのエンジン信頼性を思えば、それはさすがに危険すぎた。

 

 なお、工員達はこれを元の王虎にかけて「カイザー・ティーゲル」と呼んでいた。

 

 また、同じ対戦車砲は他にも十数門あって、ソ連から供与された一番大きなシャーシのスターリン2型の車体の上に搭載していた。

 装甲は申し訳程度しかないが火力は絶大だ。

 これが同じく部隊にやって来て、これをドイツ人たちはナスホルン・ツヴァイやヤークト・マルダーと呼んだ。

 なお、同じ砲を装備したSU100突撃砲が供与されなかったのも、T54と同じで秘密兵器扱いだったからだ。

 

 そしてこの事は、大戦中最強の戦車といえど、既に時代に取り残されつつあるという事の何よりの証拠といえた。

 救いは、相手も同じか自分たち以下の装備ということだろう。

 

 しかし、エンジンもアメリカ製プラグや部品を使うことで信頼性を強化し、その他出来る限り第三国ルートで入手した耐久性の高い優秀な部品に交換、もしくは元の部品を加工して使用している。

 時代に追いつくことは難しいが、まだ歴史の中に埋もれたわけではなかったのだ。

 

 もっとも、大戦中に使用されていたソ連軍の旧式突撃砲が、装備を主砲からドーザーに切り替えて、虎たちの壕を掘って回っていたことは、戦車の末路を皮肉る存在として、関係者を憮然とさせていた。

 


 そうした曰く付きの装甲車両の伏在地を後にした西は、少し離れた旅団司令部へと足を向けた。

 

 偽装された司令部には、ソ連が「特別に」供与した新型の4×4装輪装甲輸送車が数台止められていた。

 そして装甲車を楯がわりに、間にテントを張って無線機を机の上に並べた野戦司令部が開設されている。

 

 数百台の装甲車両、自動車両を指揮統制するにはこれぐらいの規模は必要なのだ。

 

 テントに足を進めた西は、さっそく各所に命令を発令。

 作戦発動に向けての準備を急がせた。

 

 作戦は今からほぼ丸一日後の二十三日深夜に開始され、四十八時間以内の作戦完了が見込まれていた。

 

 作戦目的は、この秋に奪取しそこねた熊本平野の制圧。

 第一線の突撃部隊が敵第一線を引きつけている間から突破戦力を担う西の戦車旅団が進撃。

 爾後国道443号線を突っ切り熊本市の反対側の緑川に達し、そこから海岸線を目指して一気に熊本市を包囲してしまうのだ。

 

 平地を失った敵は、熊本の半分を明け渡さざるを得ない。

 そうなれば有明海は奪ったも同然で、長崎、佐世保前面の山間部で踏ん張っている敵海軍部隊を側面や後背から攻撃する事も可能になる。

 

 それが人民軍の表面的な目論見だ。

 

 そして表向きのもう一つの本音は、政治的な限定勝利を目的としたものだった。

 

 国連軍の軍事力、旧軍の影に怯えるだけの列島日本人。

 この二つの事をまともに考えれば、もはや日本本土の軍事的、政治的解放など、物心両面で幻想に過ぎないことは明らかだった。

 

 そして解放に代わりうる政治的代案が、何とかして長崎、佐世保を落として港と街を破壊。

 列島に巣くう連中が企てた「侵攻」計画を長期的に「とん挫」させるというものだ。

 つまり大陸日本に対する策源地の破壊こそが、今回の遠征の最大の目的と言うことにすり替えられたのだ。

 

 今回の作戦は、その第一段階にあたる。

 この後もう一度突破船団を編成し、その増援兵力で一気に勝負を決する予定だった。

 そして「作戦目的」を達成した人民軍は大陸に凱旋。

 戦争は一方的に終了する。

 

 これが新たに書かれたシナリオだ。

 

 何しろ自衛軍とやらも国連軍も、侵攻するための軍隊ではない。

 それにソ連の影があっては、大陸に侵攻するなど出来ようはずはない。

 

 そんな希望的観測にのっとった手前勝手なシナリオだった。

 

 しかし裏には、もっと切実な問題があった。

 

 今回計画された一連の作戦を半分以上成功させなければ、戦争はいずれじり貧で終わり、来年の夏を待たずして北九州にある全軍は降伏を余儀なくされるのだ。

 

 しかも十万人以上展開した戦力を、一度に引き返すだけの船はもうない。

 ソ連からの援助で維持されている限定的制空権が維持できる保証もない。

 

 だからこそ、一度攻め切らねば引き返すこともできない。

 

 それが人民軍の置かれた現状だったのだ。

 

 そして前線にある将兵達は、状況をよく理解していた。

 また、もし降伏を余儀なくされれば、奪回にやってきた列島日本人達にどのような復讐をされるのかという恐怖が、無謀に近い作戦を心理面で後押ししていた。

 

 もっとも旅団司令部で指揮を取ることにした西に、不安そうな側面を見ることはできない。

 

 いつ如何なる時も絶望しない戦士の姿がそこにあった。

 そのせいだろうか、絶望に近い感情の溢れた北九州の大地に急ぎ送られてきた旅団将兵の士気はすこぶる高かった。

 

 あとは、相手が適度に弱ければ作戦は成功するだろう。

 西はそう思いながら、司令部の情景を見つめていた。

 


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