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虚構の守り手 〜二つの日本の物語〜  作者: 扶桑かつみ


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第五章「醜き世界」-1

 ・一九五一年六月二五日深夜 対馬海峡



「「山城」より信号、『我ニ構ウナ』!」


 戦艦「山城」を見つめていた見張員から、絶叫とも言える報告が届く。

 しかし、信号を送ってきた当の「山城」は、誰かが何かをできる状態にはない。

 救援も人命救助以外は、既に手遅れなのは見れば明らかだった。

 

 鋼鉄の梁が折れ曲がる独特の金属音。

 炎が燃え盛り空気を揺らす音。

 搭載弾薬誘爆の連打。

 数百メートル離れていても、すべての音が聞こえてきそうなほどの損害を受けていた。

 

 それは断末魔の軍艦の姿に他ならなかった。

 


 戦闘前日の夜、極秘裏に行動を開始した「大東亜人民共和国軍・日本列島解放軍集団・第一挺身団」だったが、ほとんど偶然に対馬海峡外縁を警戒行動中のアメリカ艦隊に捉えられてしまう。

 

 この頃のアメリカは、デューイ政権末期にあってレッドパージの真っ最中だった。

 このため、東側に属する大東亜人民強国と僭称する東側勢力に対して、軍事的にも強い態度に出ていた。

 

 具体的には、東シナ海から対馬海峡を軍事的に封鎖していたのだ。

 また、対馬海峡封鎖は、大陸日本の宗主国といえるソ連に対する海上封鎖も兼ねているだけに、常に大きな戦力が割かれていた。

 

 アメリカ海軍が極東地域を重視していたのは、大東亜人民海軍が戦艦二隻を保有し、ソ連極東艦隊も新型の巡洋戦艦を二隻ウラジオストクに配備していたからでもあった。

 

 しかも、ソ連極東艦隊の活動が日本海で活発になっており、六月二十日からアメリカ最強の「ミズーリ」、「ウィスコンシン」を中心とする打撃艦隊が緊急配備されていた。

 

 もっとも、大陸日本側の目論見では、アメリカの打撃艦隊はソ連極東艦隊により津軽海峡近辺に釣り上げられており、二十四日から二十五日にかけての対馬海峡から東シナ海南東部には駆逐艦以上の「敵」は存在しないはずだった。

 


 なおソ連極東艦隊は、巡洋戦艦「セヴァストポリ」、「クロンシュタット」を中心として、「チャパエフ級」巡洋艦などを加えた艦艇で構成されている。

 運用ノウハウの全くない空母など欠片もなかった。

 

 しかも、新型の巡洋戦艦も、曰く付きのものだった。

 なぜなら大陸日本が保有する「扶桑」を、膨大な量の資源のバーター取引で買い入れ、その主砲を取り外して完成されたものだからだ。

 

 このため、イタリアの技術をロシア風にかみ砕いて完成した設計図面に日本製の砲塔を載せ、さらにドイツから奪った技術、イギリスから借りたロイヤル・ソヴェリンのノウハウを活用し、アメリカ製の堅牢で優れた部品などを使用するという、全ての列強の技術が注ぎ込まれたキマイラ(合成獣)となって完成していた。

 

 これだけ多数の国の技術をすりあわせた巡洋戦艦を建造したソ連の造船関係者には、大いなる賞賛を与えても良いだろう。

 

 もっともスターリンは、より大型のソビエツキー・クラスの建造再開を極めて強く望んだというが、さすがにそれは叶わなかった。

 セヴァストポリ級が建造できたのも、大陸日本にいた日本の造船技術者の協力がなければ難しかっただろう。

 

 しかし、日本の技術が強く反映された高速戦艦の存在は、アメリカを強く刺激した。

 

 日本製の十四インチ砲を搭載した高速戦艦が、アイオワ級完成までの約三十年間アメリカ海軍をシミュレーション上で悩ませてきた金剛級戦艦の影と強く重なったからだ。

 しかもソ連は、最高速力三十三ノットと公表していた。

 

 そして航空機が発達した時代にあっても、十分な打撃力を持った高速艦の存在は極めて脅威と判断されていた。

 これは一九四二年のソロモンでの戦いが、その想いを強くさせていた。

 

 だからこそ、アイオワ級戦艦が日本海や東シナ海を跋扈していても何ら不思議はなかった。

 少なくともアメリカ海軍にしてみれば、常識的配備と考えられていた。

 


 だが、事を起こそうとしている大陸日本側にとって米艦隊が邪魔なことこの上ないため、ソ連に要請して日本海に釣り上げてもらったのだ。

 

 しかし三十三ノットの健脚は伊達ではなかった。

 

 二十四日深夜に作戦を開始した大陸日本の動きを、優れた警戒網によりキャッチした情報に従い、ただちに日本海からとって返してくる。

 もっともそれが、彼女たちにとって幸運だったとは言い切れなかった。

 

 対馬海峡の狭隘部は海面状況が良好とは言い難く、しかも燃費無視で21万2000馬力で飛ばしてきた二隻の戦艦によって、米軍部隊が艦隊行動を取れる態勢になかったからだ。

 

 その上「ミズーリ」と「ウィスコンシン」は、そのままの速度で戦闘海域に突進。

 慌てて船団との間に立ちふさがろうとした「武蔵」、「山城」などとの距離を詰めた。

 

 アメリカ側としては、いまだ開戦に至っていない状況を、船団を巨砲で人質に取ることで事態を先延ばし、できうるなら中止させようとしたのだろうが、相手が悪かった。

 

 相手はすでに戦争を決意しているのだ。

 


 突然、サーチライトが照射され、次の瞬間戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

 距離一万四千メートル。

 かつて四国沖で砲撃戦をしたように、この時も安全距離を最初から無視した「武蔵」の砲撃は正確だった。

 もちろん後続する「山城」も同時に発砲した。

 

 ドイツ、アメリカの技術を応用したソ連製レーダーと従来の光学装置による狙い澄ました一撃が、「ミズーリ」と「ウィスコンシン」を捉える。

 

 突然のサーチライト照射による光学装置の機能低下と、突然の攻撃に小さな混乱に見舞われたアメリカ側は反撃が遅れる。

 そもそもアメリカ側は、いきなり砲撃されるとは考えていなかったので混乱も大きかった。

 

 そこに二隻の砲弾が低伸弾道で襲来。

 

 凄まじい勢いで空気を切り裂き、メイドインアメリカのすぐ側を通り過ぎ、第一射、第二射は定石通り外れたが、第三射は完全に捕らえた。

 

 三度目の射撃により、旗艦「ミズーリ」は瞬時に爆沈してしまう。

 

 「武蔵」の一撃は、「ミズーリ」の舷側装甲をやすやすと貫いて第二砲塔弾薬庫を直撃。

 稀にみるラッキーヒットだったのだ。

 しかし「山城」は「武蔵」ほど幸運ではなかった。

 

 「山城」の放った十四インチ砲も、第三射で数発が「ウィスコンシン」を直撃。

 艦後方の構造物の過半を破壊するも、砲弾の大半がバイタルパートを貫くに至らなかった。

 

 考え抜かれたアメリカ製の鎧が、角度という幸運も味方して辛うじて近距離からの十四インチ砲弾に耐え抜いたのだ。

 

 当然、近距離からの十六インチ高初速砲弾が、カウンターとして飛来。

 

 敵も第三射でクリーンヒットを放った。

 

 その後も距離の問題もあってほぼ三十秒に一回で襲った約一・二トンの巨弾は、次々に「山城」の周囲に着弾。

 手数ですら圧倒した彼女の砲弾は、見る間に独特の艦様を持つ同艦を粉砕。「武蔵」が目標を変更するまでに、「山城」をシロクマに襲われたアザラシのように無惨な姿へと変えていった。

 

 これが、今「武蔵」に乗る立花の眼前で展開されている光景だった。

 


 歯がゆいと思えた僅かな時間が過ぎ去った。

 

「砲術長より艦長、敵二番艦照準完了」

「即時発砲開始。「山城」を救え!」


 号令と同時に轟音が周囲を満たした。

 

 斉射だ。

 

 爆発的なエネルギーを砲口から発散する消炎火薬が生み出した火焔の先に、マッハ2以上で突進する四十六センチ砲弾が目に入った。

 

 周囲に着弾。

 

 六年前と変わらぬ真っ赤な水柱を吹き上げたが、予想通り命中弾はなかった。「山城」のデータ転送もあって見事に相手を挟み込んでいたが、運がなかったようだ。

 林立する水柱で激しく動揺しながらも、主砲を懸命に旋回させている「ウィスコンシン」の姿が見える。

 

 「山城」によって少なからず傷を負っているようだが、まだ致命傷にはなっていない。

 流石、合衆国最強の戦艦だ。

 

 立花は、敵手を刺すように見つめたまま、無言で双眼鏡をのぞき続けた。

 一度命令を発した以上、何かが起きるまであとは砲術長の任務だ。

 

 距離一万二八〇〇メートル。

 設計当初の想定からは考えられないような近距離から、再び「武蔵」の豪剣が振り下ろされる。

 

 直前に「ウィスコンシン」も自らの槍を素早く突きだしたが、立花の見たところ狙いが甘かった。

 慌てて繰り出しすぎたのだ。

 しかも波の荒い海峡では、大和級戦艦の方が圧倒的に安定性が高く有利だ。

 一斉射先なら随分違ったであろう弾道を描いたウィスコンシンの砲弾は、「武蔵」艦橋の僅か頭上を通過していく。

 

 巨弾の通過は急行列車が過ぎ去るようだと表現されるが、命中しなければただの流星雨。

 音付き打ち上げ花火だ。

 遠目でみればきっときれいに違いないだろう。

 

 双眼鏡の先では、外れ弾を見て慌てるように砲身を動かす敵手の姿が見える。

 

(だが遅い)


 彼女が次の砲弾を繰り出す数秒前、「武蔵」の放った砲弾が「ウィスコンシン」を包み込むように着弾していく。

 

 ひとつ、ふたつ……か。

 

(2発命中。条件を思えばたいしたもんか)


 命中弾は第一砲塔の辺りで大爆発を起こし、さらに艦中央部では、「ボスッ」という装甲を貫く音が聞こえるほどの見事さで舷側に突き刺さるのが遠望できた。

 

 もちろん後者はそんな気がしたに過ぎないだが、立花の想像は正確だった。

 

 次の瞬間「ウィスコンシン」の艦中央部で大爆発が起きる。

 

 煙突から夜目にも白い煙がたつのが見える。

 ボイラーを直撃したのだ。

 きっと今頃、缶室はボイラーの爆発で阿鼻叫喚の灼熱地獄だろう。

 

 しかし地獄の中からも、「ウィスコンシン」は次の砲撃を繰り出した。

 さすがは戦艦。

 簡単に屈するものではない。

 ただし発砲は二箇所から。

 第一砲塔は、さきほどの命中で煙を噴き上げるだけの穴と化している。

 

 しかも寸前のボイラー爆発で諸元が狂ったらしく、二十数秒で飛来した砲弾はかなり離れた場所に着弾した。

 

 反対に、さらに少し遅れて繰り出された「武蔵」の砲弾は三発が命中した。

 

 致命傷だった。

 

 主楼が雨細工のように傾いでいくのが見える。

 

 艦中央部下部からは、さらに誘爆するのも遠望できた。

 

(あれだけの爆発で誘爆や爆沈にならないとは、流石としか言えないな)


 そんな事を思いながら見つめていたが、さらに繰り出された斉射弾が「ウィスコンシン」に引導を渡す。

 爆沈にこそ至らなかったが、もはやただの屑鉄だった。

 沈没するのも時間の問題だろう。

 

 それを見届けると、立花は次なる命令を下した。

 

「砲撃停止。進路右二十度に変進。船団に接近中の巡洋艦に目標変更後、射撃再開。副砲と高角砲は適時射撃せよ」


 命令の復唱とその命令が実行されるのを見ながら、再び立花は観察者に戻った。

 おかげで真っ先に見たくないものが視界に飛び込んでくる。

 

 十六インチ砲弾をしこたま食らって断末魔の炎を吹き上げている「山城」だ。

 

 すでに総員上甲板が命令されたらしく、乗員が次々に飛び込んでいくのが見える。

 

 しかし「武蔵」も他の友軍艦艇も救助に手を貸すことはできない。

 まずは敵を撃退するのが先だ。

 

 今は、進路の関係からちょうどすれ違う形になった「山城」に、最後の敬礼を向けるしかできなかった。

 

 彼にとっての小さな救いは、「山城」の側から羅針盤に自らの体を縛った艦長が答礼するというような、映画や講談ものに出てきそうな劇的情景を目にしなかった事ぐらいだろう。

 


 いつしか戦闘もアメリカ軍の撤退で幕を閉じていたが、頑として沈没を拒むように漂流する「山城」は付近を照らした。

 

 当然「山城」の断末魔の炎が、付近を航行していた多くの艦船を照らし出している。

 

 これでは空からの敵に攻撃してくださいといっているようなものなので、乗組員の救助もそこそこに、一隻の駆逐艦が魚雷で介錯を行おうと、ゆっくり好位置をしめるべく動き出しているのが船団の側からも見えた。

 

「いいか、よく見ておけ。そして決して忘れるな」


 甲板上に出た部下に短く諭しているのは、少将となっていた西竹一だ。

 

 彼は、この度の日本本土解放の戦いに際して、自ら志願して戦車部隊の最上級指揮官の一人として第一挺身団に身を置いていた。

 

 アメリカからソ連に供与され、さらにそのお下がりとしてもらったLSTの中には、彼の軍馬たちとなっているティーゲル・ツヴァイが満載されていた。

 

 もっとも、船を無理矢理改造したので一個中隊も載せることができず、彼が直率する戦車旅団主力は同様の改装を施した特別製の戦車揚陸艦数隻に分乗していた。

 もちろん、整備をはじめとする支援部隊も分乗している。

 

 彼の座乗する艦は、そんな船団旗艦の任務にもなっていた。

 船も不足しているのだ。

 

 話しかける彼の横では、沈みゆく双方の戦艦に静かに敬礼を送っているアイゼンビュット曹長の姿があった。

 

「曹長たちは、なぜ今回志願したのだ? 国内の事でなら君たちが命を張る義理もあるだろう。しかし今回は、純粋に日本人の問題だと思うのだが」

「閣下、私はそうは考えません。大東亜人民共和国は建国からようやく六年に達しようかという国ですが、事実上の主権を持つ歴とした独立国家です。そして自分たちは、この国の軍人となることを自ら誓約しました。その上、この難し屋の扱いに一番精通していると自負しています。であるなら、志願は当然だと考えます」


 途中足下の甲板をトントンと叩いた曹長は、当たり前のことと言いたげに断言した。

 

 いかにもドイツ人らしく、日本人的あいまいさは欠片もない。

 

 しかし西にとっては、いかにもドイツ人らしいドイツ語よりも、彼の語った内容の方が重要だった。

 君臨しているつもりの日本人たちの知らないうちに、自分たちの作り上げた人工国家は、日本を模倣しながらも日本とは全く違うものへと変化しつつあったのだ。

 

 そういう視点で見ると、自身の部下達にもその片鱗を見ることができる。

 

 第二中隊の小隊長の一人は、朝鮮半島出身の将校だ。

 今回の作戦は第一派の消耗部隊を除いて全て日本人で構成されていたが、将校だけが例外とされた。

 そして将校の中には、かつて半島日本人ともいわれた朝鮮人がかなり含まれていた。

 

 彼らは故郷に対して屈折した意識を持っていても、日本の統治の中で日本の将校として育てられ、日本帝国軍人という意識は今でも強い。

 それこそが、彼らの社会での数少ない出世街道だからだ。

 

 それ以外の外人は、「軍事顧問」として出しゃばる赤いロシア人を例外とすれば、彼の部隊にいるようなドイツ人だったが、彼らとて革命以後にお雇い外国人や貸し出し外国人ではなく、人民共和国への帰化と軍への誓約をしている。

 

 しかも、日本人以外の要素がもたらす影響は今はまだ小さいが、これからはどんどん大きくなるだろう。

 万里の長城で睨み合っている戦友の中には、元中華民国に属する将兵も多数いる。

 

 であるにも関わらず、変化に全く気づかない時代に取り残された日本人達は、ある種の生物の持つ帰巣本能に従うかのように、日本本土へと押し寄せようとしている。

 

 本当にこれでいいのか。

 哲学者や政治家ならそう自問自答すべきかもしれないが、西は軍人だった。

 そして呼び寄せた家族や新しい部下達のために成すべき事は二つ。

 

 一つは任務を手抜かり無く行い、少しでも部下達や戦友が戦場で倒れることを減らすこと。

 そしてもう一つは、彼の新しい国を守ることだ。

 それは、これから押し寄せようとしている、彼の知らない国となった場所でも同じだろう。

 

 そして今は、西たちの側が祖国の真の解放をするという、彼ら以外誰も理解しないであろう大義名分を果たすことこそが彼の任務だった。

 

(なんてことだ)


 笑うに笑えない結論に達した西だったが、今は大河に流される流木に過ぎなかった。

 

 そして彼を運ぶ日本解放船団と言う名の濁流は、まもなく日本本土へと達しようとしていた。

 


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