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18.暴走




 一方、キース達は街の水源三カ所すべてが蘇っていることを確認したが、当然ながら青葉の姿を見る事は無かった。


「キース様、どうしますか?」

「……何処を探せば…… しかしあの領主……」

「私もあの領主が一番怪しいと思うのですが、あの領主は本当に宰相サイドの人間ではないのですか?」

「それは間違いない。この街の利権を血で血を洗うような奪い合いをしているんだ。手を組むはずは……」


 二人が話をしながら領主館に戻ろうとしている時、街道の方から歓声が上がった。


 聖女様!

 ありがとうございます!

 心からの感謝を――



「アオバ様?!」

「本気で領主が私兵の護衛だけを連れて……?」


 歓声の上がる方へ走る二人。

 そこには領主が言った通り、一個小隊の私兵に馬車の前後を守られた神殿の馬車が通っている。

 馬車のなかには、見なれた黒髪の小柄な女性がフードを深くかぶり、民衆に手を振っていた。


「……アオバ様……?」

「ウソです…… 私達を置いて行くなんて……」


 馬車の中の女性は青葉に見える。

 確かに青葉に、見えた。


 しかし。

 アデリナは目を細めるように、その馬車の隊列を見る。



「…………キース様、変です! 違います。あれはアオバ様じゃない!」

「アデリナ?あのような黒髪はこの国には……」

「貴方は目までヘタレなんですか! あれほどの水源を蘇らせたはずのアオバ様が水精霊様達を纏っていない筈がないでしょう!!」


 眉をキリキリと釣りあげてキースに説教するアデリナ。

 キースも最早青葉と思しき女性を乗せた馬車とは距離が開いてしまったが、確かに馬車の周りにも精霊は見えない。

 青葉が乗った馬車は湿気対策が必要なほどに水精霊が集まるのに。


「何かあったんです。領主館に戻りましょう!アルカナも回収しないと!」

「ああ、その通りだ。…………そうだ、アデリナ。(かつら)……だ。アデリナが変装するために鬘の用意があると……」

「領主の方がそう言ったんですか?!」

「ああ、間違いない。その時は不思議に思わなかったのだが…… どうして黒髪の鬘など簡単に用意できると思ったのだろう」

「この間抜け――――!!」


 アデリナは一声叫ぶと領主館目指して走り出した。

 一瞬遅れてキースも走りだす。

 キースにはアデリナに言い返す言葉は無かった。

 ただ、胸がやけるように痛かった。




 




 領主館につくと、領主は聖女の見送りに出て不在と言うことだった。


「……? あの隊列に領主が?」

「見た覚えはありません。怪しいですキース様」


 堂々、領主の私兵たちの前で領主への不信を口にするアデリナ。

 そしてさっと身をひるがえすと、青葉用に用意されていた客室へ走る。

 侍女が止めるが、アデリナの気迫に押されたのか追いかけては行かなかった。

 キースも後に続く。


「……良かった…… とりあえずアルカナはあります」

 部屋に押し入ったアデリナは、青葉を昼食に呼びに行った時と変わらない部屋の様子にとりあえず安心する。これでアルカナまで持っていかれたらたまらない。


 青葉の脱いだ聖女の簡易正装もそのままだ。

 キースはそれを手に取る。

「アオバ様……」

 この国を救ってくださる唯一無二の聖女だ。

 無体なことはされないとは思っていても、それでもキースは腰の剣に手が伸びる。


「許さん……」

「キース様?」

「あの領主、許さない」

「それはもちろんですが、とにかくアオバ様を探さないことには…… こっちにアルカナがあるのは僥倖(ぎょうこう)です。私の拙い水の魔力でもアルカナを通せばアオバ様を探すくらいは出来るでしょう」

「出来るのか?!」

「私は上級精霊魔法まで使えると言いましたよね。アオバ様には遠く及びませんが、アルカナに主の方向を示させるくらいは……」


 そう言ってアデリナはアルカナに魔力を通す。

 すると、青葉が持った時とは比べ物にならないとは言え青く輝きはじめ、周囲を水の精霊が集う。


「アオバ様はどこ?あなたの主の方向を示せ、アクアアルカナ!」


 その言葉に、アルカナの先端にある青い石は大きく光り、領主館の外の離れの方を指した。 







 それと同時だった。


 天が裂ける程の雷が鳴った。

 

 そして、文字通りバケツをひっくり返したような雨が降り出したのだ。




「アオバ様?!」

「アオバ様の雨ですね、……でも、いつもと違う……」


 窓から外を見ると、さっきまで見えていた離宮が見えなくなるくらい激しい雨が降っている。

 

「この雨量は…… 渇いた河川が耐えられるか……」


 このエスタの街は中央に大きな川が流れていた。

 ――――流れていた。過去形である。

 干ばつと同時に少しずつ流れを変え、今は流れた跡があるだけだ。

 しかしこれだけの雨となれば流れ込む先が必要になる。


 この領主が乾いた河川の補修をしているとは思えなかった。



「アデリナ!とにかく先ほど見えた離宮へ行く!」

「はい!道を作ります!」

 

 アデリナは自分の槍を降り、雨の中に通路を作った。

 アデリナの槍は、穂先の反対側、持ち手の方に先に水の魔石が埋め込まれ、ロットの代わりも出来るようになっていた。


「さあ早く!」

「相変わらず多芸だな」

「無芸な人よりマシだと思いますけどね」


 お互いに貶しあいながら、青葉のいるであろう離宮へ急ぐ。

 二人にとって、青葉が自分たち以外と旅をするのはもう考えられなかった。

 


 



 離宮でくつろぎながら、降雨の祈りの結果を待っていた領主は雷の音に、それこそ椅子から飛び上がるほどに驚いた。


「こ、これは何だ! 聖女は何をした!?」


 その一瞬後から降り始める雨。

 雨と言うより、水と言う凶器。


「こ、こんなことが…… バカな!祈りを止めさせろ!このままでは街が洪水になってしまう!」


 領主が慌てて祭壇の部屋に入った時には、青葉は全身に青い光を纏い、大きく開いた瞳も深い蒼に輝いて外からの音は一切聞こえていないようだった。


「聖女様、この雨は一体!?聖女様!!」


 領主の言葉に何の反応も示さない青葉。

 しかもそれまで以上に青葉の纏う光が強くなり、それに応じるように外の雨音が酷くなる。

 すでにそれは「雨」ではなく「嵐」だ。

 強い風が乾いて脆くなった木々を揺らし、折れた枝がそこかしこに見える。


「聖女様!!これ以上はお許しください!!町中を流れる川が決壊します!」


 領主が縋りつくようにい青葉に懇願するも、青葉に反応はない。

 ただひたすら前を見て水の精霊を集めている。


「せ、……聖女様……?」


 

 その時、大きな地鳴りがして領主館の裏にある崖が崩れ始めた。


「領主さま、ここは危険です、脱出を!」

 護衛に促され、領主は青葉を振り返る。

 青葉の様子は変わらない。


「わ、分かった脱出する」


 そう言って祭壇の部屋を出た時、離宮側で大きな音がしている事に気がついた。

 滝のような雨にも、地鳴りにも負けない音は、扉を力任せに破壊した音だった。







「アオバ様――――!」

「あ、アデリナ……」


 水魔法でドアを破壊したアデリナが槍を背に戻し、レイピアに持ち替える。

 

「アオバ様はどこだ!!」


 離宮側でドアを守っていた兵たちは、あまりの雨に室内へ避難していたため、簡単に侵入を許してしまっていた。

 その兵士にアデリナは容赦なくレイピアを突き付ける。


「答えろ。いろいろと時間は無いぞ」

 視線だけで人が殺せそうな勢いのアデリナにレイピアを突き付けられた兵士は、無言で塔のある扉を指す。

 

 キースがその扉に向けて走り出す。

 アデリナも後に続く。


 その扉には鍵は掛っておらず、扉を開けた瞬間二人はその向こうにいた領主と鉢合わせする。


「お前ら……!」

「貴様!アオバ様はどこだ!!」


 狼狽する領主一同と殺気だったキースとアデリナ。

 勝敗は戦う前から付いていた。


「アデリナ、ここを頼む」

 と、領主たちをアデリナに任せてキースは祭壇の部屋に入る。

 

 そこには全身に蒼く光る水精霊を纏った青葉が祭壇の前に無表情に立っていた。

 

 否。


 無表情だったのではない。

 瞳は怒りに溢れている。


 しかもよく見ると青葉の両手には手枷がしてあり、服の裾を見ると足枷もしているようだ。


「アオバ様……」


 呼びかけるも反応はない。

 

「アオバ様!?アオバ様!!」


 肩をつかんで揺するが、やはり反応はない。



「キース様?!……アオバ様!」

 遅れて部屋に入ってきたアデリナは青葉の様子に酷く驚く。


「……精霊様が怒っています。このままではアオバ様の方が持ちません」

「アデリナ?ではどうすれば……」

「……アオバ様の意識を戻します。……ちょっと乱暴ですが……キース様、アオバ様を抱きかかえて下さい」

「アデリナ?!こんな時に何を!」

「こんな時だからです!早く!」


 訳も分からず、キースはとりあえず青葉を守る様に腕の中に入れる。


「そのまま動かないでくださいね!」


 外は豪雨で叫ばなければ会話もできない程だ。

 急がなくてはいけない。

 アデリナはレイピアを鞘に戻し背中の槍を持ち、構えた。


「アデリナ?!」

「だから動くなって!!」


 そう言いながら、アデリナはキースに、キースに抱かれている青葉に向かって渾身のフルスイングをかましたのだった。








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