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17.監禁



 その街、エスタは大陸行路の要衝だった。

 その街の領主――ディルク・ハラードは確かに宰相と対立していた。


 大陸行路の要衝と言うだけあって、人口も多く物流の拠点となっており、そこから生み出される税収は領主が坐っているだけで蔵がいっぱいになると言う。

 このような『美味しい』領地は他には無いと言ってもいいだろう。

 

 それだけにハラードはこの地の領主であるために様々な手を使ってきた。

 もちろんそれは綺麗なものばかりではなかった。


 そうまでして守ってきた領地なのだが、宰相は自分の血縁である貴族にエスタを与えたいがために現領主に様々な嫌がらせをしていたのである。

 このような経緯をキースが知っていたために、この地の領主が宰相と繋がっていることなないと考えたのだ。



 しかし。



 事ここに至って宰相が折れたのである。

 エスタの領主としての地位を認める。その代わりに聖女の旅を妨害せよとも知らせが来たのは、聖女来訪の二日前だった。 

 

 領主は踊りださんばかりに喜んで、何とか二日で聖女を監禁するための施設を作り上げたのである。


 キースが「エスタの領主は宰相側の人間ではない」と言う情報が正しかったのは、二日前までだったのだ。

 




「聖女はどうしている?」

「今は諦めた様で静かにしております。……しかし神殿騎士が血眼になって探しております。いつまでも誤魔化すことは難しいでしょう」

 領主に側に控えた護衛は、抑揚のない声で答えた。


「まぁ、あの二人に関してはどうにでもなる。……だが聖女が雨を降らせんことにはこの地の利にならん。何とか聖女に言うことを聞かせる方法はないものか」

「……普通に考えれば拷問でしょうか?」

 何でもないことのように答える護衛に、領主の方が一瞬動きが止まる。


「い、いや……聖女だからな。さすがにそれは……」

「聖女とて、ただの女です」

「うむ…… それは他に方法が無かった時にしよう。さすがに真実を民が知ってしまった時に言い訳が効かん」

 領主としては、青葉よりもこの地を治められなくなることの方が重大事なのだ。


「……本当に聖女が心の清い者であるなら、と言う仮定ですが……」


 そう言って護衛が提示した案に領主は一も二も無く賛同した。






 一方の青葉。


「私を閉じ込めようなんて、百年早いって言うのよあのハゲ」

 

 と、悪態をつきながら塔の壁をポルダリングの要領で昇って行く。

 最悪落ちた時のことを考えて、ベットの上に来るようにはしているが、何しろ高さがあるためベットのスプリング次第では反対側の壁に叩きつけられて骨折も考えられるだろう。


 青葉は運動神経自体は悪くなかった。

 まだ小さい頃、その出生からいじめを受けたこともある。

 しかし青葉はただいじめを受けるだけの大人しい子ではなかった。


『受けた仇は十倍返し』の信条はここからきている。


「この私を監禁なんて、十倍返しでも足りないくらいよ」

 そう思って必死で昇るが、明り取りの窓は青葉の身体がすり抜けられるほどの大きさは無く、しかも抜けたとしても青葉の世界では地上三階建てのビルくらいの高さはありそうだった。


「ここからは無理……か」


 ため息とともに諦めて下に降りる。

 石で作った塔は凹凸があり昇るのには苦はなかった。



「抜け出すのが無理とすると……」

 後は、魔術をっつかえなくしている魔道具を探すことだろうか。

 しかし、魔術を封じるローブは見かけはただの布だった。

 どんな形状をしているか分からないものを探すと言うのも現実的ではない。


 青葉は唯一の家具のベットに坐り込んで、膝をかかる。


 自分は無力だ。


 今まで二人の助けがあってやって来れたのに。


 自分は一人だ。


 あの二人だっているまで一緒にいてくれるか分からない。

 自分が『聖女』だから大切にしてくれるが、そうでなくなったら?


 王宮に残していた女子高生たちは今頃どうしているだろう。

 雨は降らせることができたのだろうか。


 自分も最初はわずかな雨しか降らせることが出来なかった。

 とすれば、王宮に残した聖女も今頃は立派に雨を降らせているかも知れない。


 ……そうすると、ここで監禁されている私は、用済みになるのかな……


 このままでは、あのハゲ領主のいいなりになって雨を降らせる道具にされてしまう。



 ぱたっと、ベットに倒れ込む。



 雨を降らせることのできる聖女が二人、王宮が確保しているのなら私は用済みだ。

 あの二人のうちのどちらかが水の神殿へ、王宮の正騎士団を率いて安全に旅をするのだろう。


 キース達はどうするんだろう。 

 いくら神殿が王宮と対立しているとしても、行方の分からなくなった聖女にいつまでも関わって入られないだろう。

 あの二人は神殿騎士団のナンバー1と2だ。

 早く帰らなければならない用事もあるだろう。



 だけど。



 でも。



 この国を助けたい気持ちに嘘はない。

 しかし、こんな監禁されて雨だけ降らせろなんて……

 

 すっかり湿ってしまって少し癖っ毛の出ている髪を意味も無く手に巻きつける。

 こっちの世界に来てから、きっちり結い上げる事が無いせいか髪が少しストレートに近くなってきた。


「いつまで、私ココにいるんだろ……」


 ココとは、この領主館の離宮なのか、この世界なのか青葉にも分からなかった。










 





 領主館にはその街に住む民の戸籍を管理すると言う業務を行う部署がある。


 その日、結婚の届け出を出しに若い夫婦が戸籍の係りに訪れた。

 ほんの偶然、その日・その時間に来ただけであった。


 その二人を、領主の護衛が有無を言わさず青葉のいる離宮に連行して来たのは、もう夕刻になろうかと言う頃だった。





「御機嫌はいかがですかな聖女様」

 両サイドに護衛を従えた領主が青葉の元へやってきたのは、その日の夕刻だった。


 青葉は強い目で領主を睨みつける。

「いい筈がないでしょう。ここから出して下さい」

「ははは、聖女様。貴女はこれからこの離宮で降雨の祈りをしていただかねばなりません」

「……こんな魔力の使えない部屋に押し込めて降雨の祈り?出来るわけがないでしょう」

「祈りの間だけ、この部屋を出ていただきます。隣に祭壇も設けた部屋を用意いたしました。是非これで我が領に恵みの雨を齎し下さい」

「こんな扱いを受けて、随分ずうずうしい願いですね」


 領主の表情は崩れない。

 青葉がイライラと領主を睨むが何の効果も無い。


「聖女様は私の願いを聞いて下さいますよ。――入りなさい」


 そう言って領主は部屋の外に待機していた護衛と、一組の男女を青葉の視界に入る場所に連れてくる。


「この二人は今日結婚の届けに来た新婚の若夫婦なんですよ。二人で小さなパン屋を切り盛りしていましてね。結構人気のパン屋なんです。新郎君は孤児だったのを先代のパン屋の夫婦が憐れんで育てたんですよ。今では立派な後継ぎになったんですがね…… このまま帰れないのは可哀そうですねぇ」


 青葉は信じられないような眼で領主を見る。

 領主は楽しげに続けた。


「立派な後継ぎに娘さんも恋をして、今日めでたく結婚の届けを出しに来たんですよ。……そんなおめでたい日に、例えば新婦が顔に大きな傷が残るような怪我をしたら……どうなるでしょうね」


 青葉の顔色が一瞬で青くなる。


「もし新婦がむち打ちなどされたら……死んでしまったとしたら……」

「やめて!!」

 

 青葉は領主の意図を正確に組み取った。

 この二人は青葉に対する人質なのだ。

 そして、悔しい事にそれは有効だった。


 蒼白を通りこして白くなった顔色の若夫婦は、青葉が領主の言葉を遮ったことでわずかに安心したような表情をする。


「聖女様のお言葉を信用しない訳ではないのですが、念のため…… おい!」

 領主が隣の護衛に声をかけると、その護衛の兵士は青葉に手錠と足枷をつけた。


「な……!」

「万が一この手枷等が壊されたら、この二人がどうなるか……聡明な聖女様はよくお分かりになっておられると思いますよ」



 こんな物つけなくても、もう青葉は逆らうことは出来はしない。


「分かったわ、雨は降らせる。だから二人を開放して」

「そうですな…… 数日様子を見て聖女様のお心が変わったりしない事を確認したら、ということではどうでしょうか?」 

「なるべく早く自由にしてあげて。何にも、本当に何も関係のない人じゃない!あなたの領地の民でしょう!?何故こんな事が出来るの!!」


 青葉の叫ぶような声にも領主は涼しい顔で答える。


「民など、幾らでも代わりはいるもの。ただ聖女様。貴女の代わりはいない。そういうことですな」



 青葉は手枷を見る。

 まるで物語の中の奴隷につけられるような頑丈な手枷。

 足かせにも逃亡防止だろうか、鉄球が着いた鎖がつけられている。

 これではまるで囚人のようだ。



 今の青葉に、領主のいいなりになる他の選択肢はなかった。




 俯いたまま動かなかった青葉だが強い目をして顔をあげた。

 泣いている訳にはいかない。

 少なくともキース達に会うまでは諦めない。

 そう決めた。


 それまで、どんない不本意であろうと領主に従うしかないのだ。

 手枷のつけられた手が怒りにか不安にか震えていて、その震えは青葉にも止められなかった。





「…………祭壇の部屋へ…………連れて行って」

 下を向いたまま青葉は、小さく、わずかに震えた声で呟いた。


「聖女様をご案内しろ」


 その領主の言葉に、護衛が足枷の先につけられた鉄球を持ち部屋の外に案内する。

 青葉は部屋の外を見まわす。

 石造りの廊下。

 その先には入ってきた離宮への入口がある。

 その離宮側の方にもう一つ扉がある。どうやらそこが祭壇の部屋らしい。


 ここを出るには、離宮への扉を突破しないといけない……

 そう思うと青葉はどうしたらいいか、もう分からない。

 でも、自分のために人が傷ついたり、ましてや殺されてしまったりすることは絶対に止めたかった。



 隣の部屋に入ると、フッと身体に精霊が集うのが分かる。

 確かにこの部屋なら雨が呼べそうだ。

 中央に、王都の神殿よりも立派な祭壇がある。


「では聖女様。我が領地は広うございます。十分な雨をもたらして下さいませ。それまでこの夫婦は領主館で歓待いたしましょう」


「……雨が降ればその二人は開放してくれるんですね」

「それは聖女様のお心次第……と申しておきましょう」


 青葉は血がにじむほど唇をかむ。

 それでも、他に方法が見つからない。


 青葉は祭壇前に無造作立って、降雨を祈った。

 



 それはいつもの恵みの雨を願う優しい祈りではなく、青葉の全身から水色の光が漏れるほどの激しい祈りだった。






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