表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

16.誘拐






 何故こうなった。


 ちょっと水源地まで行って精霊を復活させてくるだけだったのに。





 現在青葉がいるのは石作りの塔の中である。

 入口にはカギがかかってあるのは確認済だ。

 窓は背の届かない高さにある、明り取り用の小さなものだけ。


 一応ベットなどの家具は最低限置いてあるが、狭い塔の中では圧迫感が増すだけである。



 侍女に、街娘の服装を用意してもらった青葉は早速それに着替え、出かけようとしたのだがアデリナの言った「水の精霊が集まっていて一目で分かる」と言う言葉を思い出した。

 そこで侍女に相談したのだ。「精霊が集まらないようにする方法はないか」と。


 用心深い性質ではあるが、日本育ちの青葉は基本的に人を疑わない。


 領主の持って来た「魔力を遮断するローブ」と言う物を借り受けたのだ。

 魔力が外に漏れなければ、精霊が寄ってくることはない。

 水源に力を注ぐ、その少しの間ローブを脱いでおけばいいのだと思った。


 そして何の疑問も持たず侍女の案内で、何の苦もなく三つの水源全てを蘇らせた。


 精霊に力を注ぎ、すぐにその場を離れたため、大きな騒ぎになったのは、既に青葉が安全圏に離れた後だった。

 

 ……そこまではよかったのだ。




「おお、お帰りなさいませ聖女様!」

 青葉が侍女と共に領主館に戻ると、領主自らお腹を揺らせながら門まで出迎えに来た。


「すみません、遅くなりました。キースたち怒ってませんでししたか?」

 昼には帰るつもりだったのだが、ちょっと欲張って三か所の水源全てをまわっていたらお昼時などとっくに過ぎてしまった。

 昼餉に現れない青葉を、あの二人は心配したのではないだろうか。


「ええ、大層ご心配されておられましたよ。うちの護衛がお守りしていると説明申し上げたのですが」

「ありゃ……怒られるな―」

「いえいえ、聖女様。あの二人は神殿騎士。聖女様との身分は比べるべくもありません。いくら中央神殿の騎士とはいえ増長させてはなりませんぞ」

「……? 領主さま、あの二人は私をいつも助けてくれます。身分など関係ありません」

「おお、さすがは聖女様。尊い御心ですな」


 この辺りでさすがに青葉も領主から距離をとる。

 領主の目は、腐った魚のように濁って見えた。


「キース達を呼んで下さい。二人の所へ行きます」


 数歩、後ずさりながら青葉が言うと領主はため息をつくように言った。


「あの二人なら聖女様をお探しするのだと出ております。申し訳ありませんが、しばらくお待ちいただいてもよろしいでしょうか。あの二人への伝令を出しましょう」

「…………」


 

 青葉は纏っていた『魔力を遮断する』と言うローブを脱ごうとする。

 この領主は信用できない。

 

 ああ、自分は本当にこの世界では一人だったんだ。


 そのことがに胸が痛む。

 無意識に信用していた二人。

 その二人がいないことが、こんな痛みをもたらすとは。


 単独行動などをした自分の馬鹿さ加減がいやになる。



「では聖女様をお部屋へ御案内申し上げろ。……丁重にな」

 領主が背後の護衛に命じると、いかにも屈強そうな兵士が青葉にローブを着せかけ両腕を掴んで歩きだす。


「ちょ、ちょっと。領主館じゃないの?!」

 青葉がちょっと力を入れたくらいではビクともしない力で、最早『連行』されている状態の青葉。

 領主館より奥にある離宮の様な建物へ連れて行かれる。

 その離宮には高い塔が立てられていた。


「離してって! 離しなさい!!」

 手のひらを護衛の二人に向けて、思い切り水を出してみる。

 しかしローブの影響か服を濡らす程度にしかならず、ならばと威嚇だけでもとウォーターカッターのように勢いをつけて放出しようと試みるも、やはり上手くは行かなかった。

 護衛達は何も言わず、ただ青葉を引きずるように離宮に連れて行き、その中の塔に放り込むように投げると間髪いれずに扉を閉め、鍵をかける音が大きく響いた。




「ちょ…… ウソ……」


 床に投げ出された青葉は、振り返ると既に扉は閉まっており、開くことはなくどんなに声をあげても何の反応も無かった。



「…………マジ?」


 茫然とした顔で閉まった扉を見つめる青葉。

 連れてこられる時に出した水で濡れた服が冷たく身体に張り付く。

 それが不快で乾かそうと魔力を使う――が、水の精霊は何の反応も返してくれなかった。


「こんなローブがある位だもんね…… 部屋の中を魔力が使えないようにする魔道具とかあるのかも……」

 

 もともと青葉はアルカナが無いと魔力の制御は出来ない。水を氷に変えることすら自力ではまだできないのだ。

 服は乾かすのを諦め、酷く濡れてしまった上着などを脱ぐ。

 きっと、キース達が来てくれる。

 あの二人は絶対信用できる。


 そうは思うのだが、今回は自分の単独行動が起こしたトラブルだ。

 二人にとっても予測外だろうし対応が後手に回っているだろう。


 対して領主の、この準備の良さは何だろう。

 まるで最初から自分をここに監禁するつもりであったかのような設備だ。

 キースは、この領主は宰相側ではないと言った。


 ……それは、真実だったのだろうか。

 そして、その情報は誰に聞いた情報だったのだろうか。



「え――――、ちょっと、こんな所で足止めなんて冗談じゃないよぉ」


 そうは思うが、いくら呼んでも精霊は姿を見せない。

 明り取りの窓は高すぎて、そこまで昇るのは無理そうだ。

 しかし、旅の途中の聖女が行方不明などとなったら大騒ぎのはずである。

 青葉がこの街に入ったのは、多くの民衆が見ている。


「……賢いつもりのバカって…… 始末に負えないわね……」


 強気に呟く青葉だったが、その瞳は不安で揺れていた。








「アオバ様が行方不明!?」


 昼食に出てこない青葉を心配してアデリナが寝室まで見に行ったら、そこはもぬけの殻で青葉の着ていた聖女の衣装とアクアアルカナが残されていた。


「アオバ様……!!」


 アオバ付きの侍女を捕まえると、街娘の衣類を所望されたため揃えたと言う。


「お一人で出かけても目立つだけだと説明申し上げたのに……」

「今、それを言っても仕方ないだろう。迎えに行くぞアデリナ。水源は三か所だ、手分けして探せば見つかるだろう」


 そう言ってキースは脱いでいた上着を手に取る。

 アデリナもフルメイルの鎧ではなく、略装の鎧をつけ外に出ようとした。


「お二人とも、そんなに慌ててどうされました?」


 入ってきたのは件の領主である。


「アオバ様が一人で水源に向かわれたらしい。迎えに出ます」

「おお、その件でしたら私の私兵が護衛についております。じきに戻られましょう」

 ドアの前に立つ領主に、扉を出ようとしていたキースは出口を塞がれた状態になり眉間にしわを寄せた。


「あなたの私兵を信用しない訳ではない。しかし青葉様に万が一のことがあればこの国の存亡にもかかわること。……あなたがアオバ様の居所を知っているなら教えて欲しい」


 領主はキースを一瞥するとため息をついた。


「その聖女様の大事な御身を守るのが、あなた方たった二人と言うのは神殿の不手際では無いかと思うのですが、それは私の浅慮でしょうか」

「…………」

 それを言われるとキース達は何も言えない。

 仕方なかったでは、すまない事態も考えられるのだ。


「今後は私の私兵に聖女様の護衛はお任せ下さい。あなた方よりは優秀な者たちを小隊クラスでつけさせてもらいましょう。聖女様にはその方が安全かと思われますが……」

「そ、そうかもしれませんが、ではその小隊に私達もお加えください!」


 アデリナが叫ぶように言う。

 確かに神殿では用意できなかった食料も、その他青葉が快適に旅ができる物をこの領主なら揃える事が可能だろう。


「いえいえ、命令系統の混乱はとっさの行動を鈍らせるのはあなた方には言うまでも無いでしょう。お二人は王都へお帰り下さい」

「それは出来ません!」


 領主と、キース・アデリナの睨みあいになったが、先にその緊張を破ったのは領主の方だった。

 わずかに、笑ったのだ。

 

「分かりました。お二人はお好きなだけここにご逗留下さい。私は聖女様に御不自由ない旅ができるよう準備をし、それが出来たら旅を続けていただきます。あなた方はご自由にされてください」


 そう言って領主は部屋を出た。


「……ちょ、領主様!アオバ様の居所だけでも!」


 アデリナが領主を追って部屋を出たが、部屋の前に控えていた領主の私兵に遮られる。


「アオバ様……!」


 アデリナの小さいが殺気すら含んだような呟きは、領主には届かなかった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ