15.青葉の安全
「酷い目にあった……」
ぐったりとソファにもたれた青葉は、出された紅茶や菓子に手を出すこともできない程に疲労困憊だった。
刺客二人を街の門に待機している兵に預けるのは不安だと言うことで、領主館の方へ行くことになっていたのだ。
しかし。
城門を入ったところで青葉の馬車は足止めをくらった。
それはもう、一歩も動けない程に。
湧き上がる歓声。
久しぶりの雨への感謝の言葉。
馬車に差し出される青葉への貢物。
青葉を馬車の外に出すことへは、断固反対していたキースだったが、青葉が出て行かない事にはどうにもならない程の熱狂ぶりだった。
「仕方ない……アオバ様、御者台の方へおいで頂けますか?民衆に手を振ったり貢物を受け取ってあげて下さい。そうしないと収まらないでしょう」
「え――、この状態の外へ出るの……?」
思いっきり腰の引けている青葉だったが、先ほどから少しも馬車が進んでいないことは感じていた。
仕方なく馬車の扉を開けると、一際大きな歓声が上がった。
ありがとうございます!
聖女様に祝福を!
聖なる雨に感謝を!
城門前の広場には見渡す限りの人・人・人。
「あ……」
さすがの青葉も言葉を失う。
「アオバ様!早く御者台へ!」
キースの声で我に帰り、御者台へ人ごみにもまれながら移動する。
その間にも青葉には貢物と思われる織物や宝飾類が入っているのか、綺麗な装飾がしてある小箱などが渡される。
何とか御者台によじ登った青葉は、大きく手を振った。
「私は水の神殿に行きます!雨を取り戻します!急ぎの旅です!!道を開けて下さい!」
そう言うと同時にアクアアルカナを天に向かって大きく掲げる。
天に向かって雲の矢が走り、水の精霊がキラキラとその雲の周りに大きな虹を作る。
一瞬ののち、空には厚い雲がわき大粒の雨がザっと振りだした。
その雨と虹に見入っていた人々は、突然の降雨にハッとしたように動きを止める。
そしてその動きはさざ波のように広場に広がって行った。
しばらく待つと馬車が通れるほどの道が開ける。
その隙にキースは馬車を走らせ、やっと領主館へたどり着いたと言う訳だ。
「…………何か違う……」
領主館について、客間に案内され今晩の宿泊も世話してくれると言う領主に甘え、宿を探す手間も無くなった青葉たちはとりあえずくつろいでいた。
刺客達の尋問は領主館の兵たちが行っていたが、青葉の力を目の当たりにしたからか、あっさりと首謀者の名前を吐いた。
敵に回したらどうなるか身にしみたのだろう。
「順調だと思いますけど、何が違うんですかアオバ様?」
アデリナは鎧を脱いで、優雅にティーカップを傾けている。
それでも腰の剣は離してない。
その隣でキースは荷物の補充分の購入が―とか、街の神殿への挨拶が―とか領主と二人で忙しげに話している。
青葉は二人の様子を見ながら、どっちが上司だったかな―などと、どうでもいい事を考える。
「だって……ちょっと一ヶ月馬車に乗って神殿でお祈りしてさっさと帰る予定だったじゃん!何この騒ぎ!こんなんじゃこの街の水源だって蘇らせに行けないよ~」
「そうですね……」
アデリナはティーカップを置いて、お茶うけのクッキーをかじる。
「確かにこのままじゃアオバ様が街中に出たらえらい騒ぎでしょうね……アオバ様、目立ちますし」
「う……」
「言っておきますが髪の色とか瞳の色とかじゃありませんよ?いきなり大雨を降らせたりするから、アオバ様の周りは今、水の精霊様がべったりです。山のように集ってます。どんなに魔力の低い人でも分かるレベルです」
「ちょ、それじゃ隠しようがないじゃない!」
「少なくとも今日は外に出られませんね~」
にっこり笑うアデリナ。少なくとも今日は、青葉が抜け出したりする心配はなくなったと思ってのこの余裕だろう。
「う―異世界観光~」
「明日、もう少し精霊様が減ったら水源まではご案内いたしますよ」
「……名物のお菓子とか見たい」
「…………時間があれば…………」
アデリナもさすがに目が泳ぐ。
この街で青葉が観光などに出かけたら、それこそ大騒ぎだ。
「なんか違う―――!」
青葉の読んだ小説ではあかん系召喚で残された聖女(疑)は、こんな歓迎は受けないはずなのに。
苦労がしたい訳ではないが、もうちょっと自由も欲しい。
「アオバ様、とりあえず敵が分かったとは言え、いいえ、分かったからこそ油断は出来ません。必ず私かキース様と一緒に行動して下さいね」
「……それは、分かった……」
刺客二人が自白した雇い主は、キースが危惧したとおりだった。
ラザレス卿――この国の宰相である。
しかも刺客に、王宮の正規軍の兵を使っていることも判明した。
これからは正規軍も信用が出来ない。
領主館等にの駐留している、領主の私兵は信用が出来るかもしれないが、領主に宰相の息がかかっていないとも限らない。
この街の領主は、神殿側の人間であることは確認済みだった。
「じゃぁさー、とりあえずこの服から何とかしない? これだけでも結構目立つと思うんだ」
青葉はそう言って、いまじぶんが着ている聖女の服装、略式とは言えしっかり巫女さん風のはっきりと目立つ服装だ。
「……それは、まぁ、目立ちますね…… それにこれからを考えるともっと動きやすい服装の方がいいかもしれませんし……」
「これから?」
「はい。やはり野宿なども増えると思いますし」
「野宿って言っても馬車の中で寝るだけだから、私的には何不自由は無いけどね―。でも動きやすい服の方がいいよね」
「では領主館の侍女にお願いして何着か揃えてもらいましょう」
「……自分で……」
「は、今日は無理だと申し上げましたね」
にっこりと笑うアデリナは、今日は何を言っても無理そうだった。
どうしたものかと青葉が悩んでいると、何とここで思いもかけずキースが妙案を持って来た。
「アオバ様、この先、あのような群集の中で馬車から出るような危険なことは出来るだけ避けたいと思います」
「……それは私だってその方がありがたいけど…… 今日はもう仕方なかったよね?」
「はい。なので、これからです。――アデリナ」
「はい、キース様何か良い考えでも?」
「お前がアオバ様の身代わりに聖女の服装をすれば、とりあえず民衆程度ならごまかせるだろう」
青葉は目を丸くする。
何てグッドアイデア!!
「しかしキース様!アオバ様の姿では帯剣は出来ません。護衛としてそれは……」
「聖女の正装の方なら布が多く使われている分、帯剣しても分からないだろう。それに正装した聖女の方が民衆の目もひきやすい」
「それはそうかもしれませんが……」
「それいい!キースすごい!」
青葉は目をキラキラさせる勢いで賛成した。
「でもキース様、髪の色などはごまかせませんよ?」
「それは御領主と相談した。鬘が用意できるそうだ」
「それ、すぐに用意できるの? だったらすぐに私アデリナのカッコして水源まで行ってくるけど」
「アオバ様、今日は無理だと!」
「神殿騎士なら水精霊を纏っていても不思議じゃないじゃない!早く水を呼ぼう!」
キースとアデリナは二人で顔を見合わせて、困ったように肩を落とした。
「アオバ様、さすがに今日は準備が整いません。一刻も早く民のために水をと言うお心は貴いと思いますが、ここは時間をください」
丁寧なキースの説明に、青葉は納得しない訳にはいかなかった。
「……分かった。じゃぁもう今日はやることないんだ」
「そうですね。お部屋えお休みになられますか? 昨夜は野営だったのでお疲れでしょう」
「……それは別に平気だけど……」
青葉としては、キースやアデリナにばかり負担をかけているような現状が気持ち悪いのだ。
そうは思っても、実際自分が動くと騒ぎになる。
それは畢竟二人の負担になるのだ。
「じゃぁ、もう部屋へ行くわ…… 案内してもらえるかな」
側に控えていた侍女に声をかける。
その侍女は無言せ頷き青葉を客室へと案内した。
「ありがとう」
客室へ通された青葉が侍女に声をかけると、侍女は深く頭を下げて部屋を下がった。
もしかして青葉と話をすることさえ禁じられているか、恐れ多いとか思っているのかもしれない…… そう思うと更に気分が暗くなる。
自分は何でも一人でやってきた。
なので、こちらへ来てから何もかも人任せの現状は落ち着かないのだ。
しかも通された客室は、何処のお貴族様が逗留するのかと思うような豪奢な物で。
返って落ち着かない。
青葉の日本の部屋の隣室が丸ごと入りそうな、広いベットに横になっても眠れるとも思えない。
これだけでひと財産なのではないかと言う豪華なソファは、ここに座っても汚すのが怖くて、目の前に揃えられた焼き菓子や果物が食べられるとも思えなかった。
「貴族って……」
果物などは最早高級品だろう。輸入してきているのかもしれない。
「一刻も早くって、間違ってるのかなぁ」
そうも思ってしまうが、城門を入った時の歓迎ぶりを見る限り、水を必要としていることに間違いはないはずなのだ。
「……変装……か。別にアデリナに変装しなくてもいいわけよね」
青葉は侍女を呼びだすベルを鳴らして、街娘の服装を用意するように言ずける。
それとフードを深めにかぶれば…… 何とかならないだろうか。
水源の一か所は、城門前の広場であることは確認済みだ。
後は行くだけなのに。
時刻は昼前。
一仕事して帰ってくればちょうど昼食前位かもしれない。
そこにちょうど良く侍女が申し訳なさそうな顔で服を一式そろえてきた。
「…………あの、本当に街娘の様相なのですが…………」
と、恐縮して顔をあげる事も出来ないらしい。
「それは私がそう頼んだことですし、あの、そんなに私偉い訳じゃないので……」
「いえ、貴女様はこの世界で唯一水精霊様を復活させることのできる聖女様です。御身の代わりなど誰にも出来ません。どうか、無茶をなさいませんように……」
そう言って侍女は下がって行った。
「何か…… 激しく違う…………」
青葉のため息は深かった。




