14.反撃
ちょうど一年、間が開いてしまいました。
もし待っていて下さる方がおられたら、大変申し訳ありませんでした。
青葉の、初めての実戦参加。
これにはもちろんキースは猛反対した。アデリナも良い顔はしなかった。
しかし、アデリナからのほんの僅かな精霊魔法のレクチャーのおかげで青葉の魔法能力は騎士団レベルであることも判明した。
これは使わない手は無い。
馬車の中でさっきの練習をイメージトレーニングで繰り返す。
大丈夫。
絶対に。
予定通り、次の街へ急ぐふりをして、あえて城門が開く時間より早くたどり着く。
困ってるふりをして、近くの森に馬車を寄せる。
町の近くなら安心して気も緩むだろう……と、思わせるのだ。
アデリナが兜を脱いでお茶の支度を始める。
焚火を熾すのはキースだ。
青葉は決して背中を樹から離さないという条件で外に出してもらった。
周囲は朝靄の様な薄い霧に包まれている。
これは青葉の精霊魔法で作りだされた霧だ。
半径約二キロ。
この霧の中ならば、敵を感知することができる。
敵の位置さえわかれば、キース達が逃がすはずがない。
青葉の役割りは敵が逃げようとした場合、水で壁を作って逃がさないよう捕獲することだ。
水を氷にしたり、壁を作ったりすることは簡単に出来た。
「来るかな?」
青葉はアクアアルカナを握って周囲の霧をコントロールしながら背後の樹にもたれかかる。
「来ると思いますよ。街中よりは遥かに襲撃はしやすいはずですから」
そう答えるキースは、周囲の警戒を怠らない。
「あれ?でも…… キースとアデリナは戦わなきゃいけないんだよね?」
「それはそうですよ。戦わないと捕らえられませんから」
「危なくないの?」
これは青葉の愚問だった。
戦うと言う以上危なくない訳がない。
キースは苦笑する。
「私もアデリナも神殿騎士団では敵う者はほとんどいません。御心配には及びませんよ」
「……うん」
そう言われても地球生まれの日本人、青葉としては出来る事なら戦うなんてしてほしくない。
「ね、キース。見つけたらアデリナが矢で先制する手はずだったよね」
「はい。彼女の矢は名人芸ですよ。見えさえすれば当たります」
「……それはすごいな」
「矢で決着がついてしまうかもしれませんね」
「だったら良いけど……」
それでも相手を殺すことには変わりは無い。
その事については、割り切らなければならないと青葉は思っている。
思ってはいるが、出来る限り何とかしたいとも思っていた。
「矢、かぁ」
青葉はアデリナが背負っている弓を見て考える。
必ず当たると言う前提ならば、出来る事は無いだろうか。
青葉もただ馬車に揺られてきた訳ではない。
キースやアデリナの目が無いことをいい事に色々と実験をしていた。
その結果、水を操ることはもちろん氷を作ったり水の性質を変える事も出来る事は確認していた。
何しろ自分に矢を射かけられたのだ。
あの矢が警告なのか単なる脅しか。
どちらにしても自分にとって「敵」がいる。
『受けた恩は倍返し、受けた仇は十倍返し』
これは青葉が今まで生きてきた中で学んできた事だ。
「……十倍、ってどの位かな―……」
そう呟き手の中のアルカナに魔力を送る青葉の表情は、やはり聖女とはかけ離れた物だった。
「……来た」
短く呟く青葉の言葉に、キースとアデリナが瞬時に自分の武器を手に戦闘態勢に入る。
「堂々と街道沿いに来たよ。馬に乗って二人」
青葉は目を閉じて、自分の探査結界の範囲に入ったばかりの二人の姿が見えないか集中する。
すると、青葉の手の中のアルカナが光った。
「アオバ様?」
「うーん……、姿が捉えられないかと思って」
青葉はそう言いながらアルカナの先端の青い石から水を流し、乾いた地面に何とか水溜りを作る。
その水溜りの中にアルカナの先端を触れさせた。
「あ…… この映像は……」
「これが今追って来ている二人。……と思う」
水溜りの中には軽装の鎧を着た騎士風の男と、弓を肩にかけたやはり騎士風の男が映っている。
「これが追手ですね」
アデリナがそう言いながら弓を握る。
「あ、アデリナ待って」
青葉はアデリナが構えようとしていた矢を止めて、再度アルカナを円を描くように振る。
キラキラとした水滴が周囲を潤し、その中に透明な矢が三本現れた。それを青葉がアデリナに手渡す。
「この矢を使ってみてもらえるかな?使い方は普通の矢と一緒のはずだから」
そうにっこりと笑う青葉の瞳に、一瞬いたずらっ子の様に光る。
「アオバ様……? これは?」
「殺さずの矢、かな? 上手く行けば殺さずに捕まえられる。……誰の差し金か確かめたいし」
「それは…… そうですが」
「とにかくそれ、使ってみて。もうすぐ目視圏内に入るよ。霧を薄くするから」
青葉のその声に、アデリナは青葉から受け取った透明な矢をつがえる。
キースは剣を抜いて青葉の前に立った。
「街道上、右側!」
アデリナが弓を引き絞る。
アルカナを握った青葉も、手に汗がにじむのを感じた。
「撃って!」
青葉の声にアデリナが矢を放つ。
その透明な矢は、アデリナの手を離れ敵兵にあたる一瞬前に液状に変化した。
アデリナの腕は確かで、矢はしっかりと敵兵の右腕に当たっている。
その右腕は、スライム状の物に覆われ動かせないでいるようだ。
「アデリナ、もう一人!」
「はい!」
何の問題もなく、同じようにアデリナはもう一人の兵もスライム状の物にとりつかれ動けなくする。
「じゃ、回収に行こうか」
「アオバ様はここでお待ち下さい。私が行ってまいります」
と、キースが馬の方へ行こうとする。
「あ、あの瞬間接着剤、私じゃないと取れないから一緒に行くよ」
「……瞬間、接着剤とは、一体?」
アデリナとキースが同時に呟いた。
「あ、私の国で使用されている物をくっつける道具……かな?」
ちょっと目が泳ぐ青葉。
ちなみに日本の瞬間接着剤は人体使用不可だ。
「……アオバ様のお国の物であれば……」
「アオバ様、アレ……武器はともかく馬までくっついているようですが……」
アデリナが初めて見る魔物でも見たかのような、不可解な顔で呟いている。
「……まぁ、初めてだし加減が今一つ……だったかなぁ」
「……早く助けに行きましょう」
『回収』が『助けに』になっている。
「そだね……早く助けないと―」
ちょっと遠い目をして青葉が答える。
あれ、人間の皮膚についたら剥がれなかったんじゃなかったっけ?と、怖い考えがよぎる。
青葉的には、殺すんじゃなくて捕まえるだけなら矢である必要ななく、攻撃力を失くしてしまえばいいと思っただけだったのだ。
なので、瞬間接着剤を凍らせて矢を作り、接触と同時に液化するようにして見た。
試みは成功した。
殺さずに捕獲てきている。
なのになぜ、こんなに「やっちまった感」がするのだろう。
「貴様!!これは何なんだ!!」
「ちょ、お前動くな!!」
青葉たちが着くと、刺客と思われる二人と二頭の馬はあちこち接着され身動きできない状況だった。
「…………アオバ様」
「うん……」
「何とかできますか?」
何とかできるか。
と言われてもするしかないだろう。
アルカナで氷に変えた水も、次のアルカナの一振りで元に戻った。
「いきなりこの二人、自由にしちゃって平気?」
「大丈夫です。とにかくこのべたべたを何とかして下さい」
キースはそう言いながらさっさと二人の剣や弓など取れるものは回収している。
「じゃぁ……」
瞬間接着剤を水に戻すイメージでアルカナを振る。
ふわっと水色の靄がかかった後、綺麗に接着剤は消えていた。
その隙にキースとアデリナが手早く縄をかけていく。
しかし、べったり接着剤がくっついたまま暴れたらしく、その部分の皮膚は赤くかぶれたようになっており、一部皮膚がはがれているようである。
「あー…… やっぱり無傷じゃなかったか―」
その様子を見て少し落ち込む青葉。
「でも青葉様、私が普通に弓を使うと肩を貫通させていますから、十分軽傷だと思いますよ」
「そうですよ。私が相手になっても下手をしたら片手位落してたかもしれませんし」
「…………いや、それはやりすぎ……」
当たり前のように言う二人に少し引きながら、同時に二人にそんなことをさせなくて良かったと思う。
コレからは戦闘なるべく私が前に出よう。
青葉がそう決心した瞬間だった。
しかも。
良く見ると馬までハゲが出来ている。
赤くなっている個所もある。
これは可哀そうだと思った。馬に罪はない。
せめて傷の周りを洗ってあげようと、アルカナから水を流し馬の傷を洗った……だけのはずだった。
「……え?…… 傷が……」
「治ってますね!さすが聖女様です!」
隣にいたアデリナが歓声をあげる。
「せ、聖女ってそんなことまでできるの?」
「さぁ……私にはわかりませんが、何だかアオバ様なら何ができてもおかしくない気がします!」
そうにっこり笑うアデリナ。
キースの方を見ると、しきりに首をかしげていた。
「キース様?もう気にしたら負けだと思いますよ」
「アデリナ…… それは失礼では……」
「失礼は気にしなくていいから、こういう前例はなかったのか教えて」
キースは少し息を吐いて力なく呟くように言った。
「おそらく、多分、無いと思われます……」
「すごいですねアオバ様! 歴代の聖女様方をしのぐお力があるんですよ」
「うーん、まぁ便利は便利だから良いか」
物事を深く気にしない青葉、もういい事にする。
便利は便利なのだ。
「さ、じゃぁさっさと街まで行ってコレ何とかしてもらおう」
と、刺客二人を指す。
もちろん青葉に刺客二人の傷を治す気はない。
既に日は昇り、街の門もあいている。
警備の兵に引き渡すのに時間はかからないだろう。
キースが二人を馬の背に縛り付け、街へ向かう。
街の中では、旱魃が起こって以来見る事が無かった霧が発生している事を知った住人たちが、聖女来訪を心待ちにしていることを、青葉は想像もしていなかった。




