12.レベルアップ?
「うっとおしい」
青葉が眉間にしわを寄せて、呟くように言う。
「アオバ様、そう言わずに……」
ゲントの街を出て数時間。
降雨の祈りは続けているが、青葉が祈れば水の精霊に力が戻る。
その水の精霊たちは青葉に感謝し、青葉の周りに虹をかけ光を散らす。
それ自体はキラキラと美しく青葉も最初は物珍しく見ていたのだが。
何しろそこにいるのは水の精霊。
(今の湿度ってどのくらいあるんだろう)
青葉が真剣にそう考える程に、窓には結露、着ていた服はしっとりと湿っていてはっきり言って気持ち悪い。
噴水の水精霊を蘇らせた後、ゲントの神官に感謝されながら、やれ宴の準備だ等騒ぎだす領主に急ぐ旅である事を伝え、食料その他の物資を揃えたキースと共に騒ぎが大きくなる前に街を出たのだが。
降雨の祈りがこの街に来る前と比べ、格段に強くなっている。
少しの祈りで、周囲は土砂降りだ。
「ねぇアデリナ…… どう考えても変なんだけど」
「ですね。王都にいた頃と比べても祈る時間も雨の降り方も桁違いですね。アオバ様何かしましたか?」
「別に変な事はしてないと思うけどなぁ」
ちょっと考え込む青葉。
確かに降雨の祈りのコツはつかんだと思う。
祈る時に心に描くのは懐かしい竜神様の神社。
青葉の祖母が死ぬ前日まで守った社。
青葉の信仰の対象は、その竜神だ。
水の精霊ではない。
その事とが関係するのかしないのか。
「ねぇアデリナ…… 今さら何だけど、神殿の神様って言うかアデリナの信仰の対象ってその辺にふわふわしてる精霊ってことになるの?」
「ふわふわ……」
青葉の言葉に苦笑しながらアデリナが答える。
「神殿のレリーフはご覧になりましたか? 四人の精霊王様方が描かれておられたと思います。それぞれ火・水・土・風の精霊王様です。彼らが私達の信仰の対象になりますね。この四名の精霊王様方がこの世界の礎を作られたと言われています」
「世界の礎……」
「はい。事実そのどれが無くてもこの世界は機能しません。今は水ですね」
「まぁ、それはそうよね」
その説明に青葉は更に考え込む。
では自分が竜神に祈ってえられる雨は何なのだろうか。
そもそも自分が精霊王とやら以外に祈って雨が得られるのに、あの高校生たちが雨を降らせられないのも理解できない。
分からない事ばかりだ。
「……アデリナ、そろそろ雨を止ませるわね。野営地を確保しないといけないでしょう?」
「あ、そうですね。お願いします」
青葉がそう言って馬車の外へ視線を向けると、その瞬間雨は止んだ。
「……すごいですねアオバ様。雨はもう自由自在ですか」
「……みたいね」
そう言ってため息をつく青葉。
出来る事が増えるのはありがたい。
しかしその理由がさっぱりだ。
このままだと自分はどうなってしまうのだろう。
ゲントでは何とか逃げ切ったけれど、このままこの世界の聖女として生きる覚悟なんて出来ていない青葉としては、あまり持ち上げられても困るのだ。
「静かに、こっそり神殿に行って帰るだけのつもりだったんだけどなぁ……」
そんな青葉の小さな呟きは、周りにいる水の精霊たちが聞いただけだった。
「アオバ様、随分広範囲に雨を降らされたんですね……」
そんなアデリナの困ったような声が聞こえたのは、雨を止ませてから1時間以上も経った頃だろうか。
「え?まだ濡れてる?」
「はい、しっかり」
「うーん、そろそろ野営の準備に入らないといけないんだよね?」
「そうですね、日のある内にせめて火を熾しておきたいですね。無理なら無理で何とでもなりますけど」
「地形的には? 濡れてなかったら良さそうな場所はありそう?」
「そうですね…… 近くに森があるのであの辺りなどどうでしょうか」
「じゃぁそこへ行ってみて。ここまで自由自在なら乾かすこともできるかも」
「分かりました」
実際、青葉は自分の服で実験はしていた。
あまりのしっとりした服に辟易した青葉は乾燥機のイメージで服から水分を飛ばしてみたのだ。
結果、さらさらした服の感触に成功したことを実感した。
「ホント、一体どうしたって言うんだろう……」
アデリナが馬車を止めた一帯の水分を飛ばしながら、青葉のため息は深かった。
青葉が水分を飛ばした一帯は、雨が降ったことなど全く分からない程に綺麗に乾いていた。
予定通り、青葉作成の雑穀をこねた晩ご飯を焼きながら、別の馬車の御者をしていたキースにも降雨の力が強くなた事を相談する。
既に水の精霊を見る事が出来、降雨だけでなく水に関することなら何でも出来そうである事も含めて。
「……この世界に来て3日、それでそれ程のお力が出せるなんて……」
と、相変わらずキースの言葉使いは変わらない。
「キース様、ヴィクトル様から何か資料を貰っていましたよね? 役に立ちそうな情報は無かったのですか?」
アデリナがスープの野菜を切りながら尋ねる。
青葉はこっそり、今後はあれもやっておこうと心に決めながらキースの反応を見ていた。
キースは一瞬表情を固くした。
アデリナは気付いていないようだったが、青葉はそこまで鈍くは無い。
人の心の裏まで読めなくては出来ない仕事をしていた。
「……新しい事は特には。各地の義倉を開けさせると息巻いていましたよ。そのおかげで今回は助かりましたけど」
「……本当にそれだけ?」
青葉がキースの瞳を覗き込む。
うすい茶色の瞳は瞳孔が拡大していて、緊張状態にあることが分かった。
でもそれを今言っても青葉の望む答えはもらえないだろう。
「何か、分かったら教えてね。私もどうしてこんなに水の力が使えるのか知りたいし」
「分かりました。至急調べるように神殿に連絡いたします」
その言葉にうなずきながら夕食の支度に戻る青葉。
――――キースは何か、隠している。
青葉がその結論に達するのは早かった。
翌日。
早めに目が覚めた青葉は大きく伸びをしながら目の前に広がる光景を改めて眺める。
ほぼ茶色に染められた世界。
背後の森は葉をつけた樹が見当たらない。
だけれど、「生」の気配はある。
初日に見た「死に絶えた」世界では無い。
事実、畑の麦はわずかではあるが緑が戻っている部分もある。
このまま雨を降らせ続ければ、今年の収穫も見込めるかもしれない。
その事に少しばかり安堵しながら、水の神殿へ急がなければと気ばかり焦る。
焦ったところで、地球のように移動手段が複数あるわけでもない。
結局地道に馬車を駆るしかないのだ。
「……水の力がいくら使えても仕方ないのね」
呟くようにそう言う。
できる事が増えても、本当にやりたい事は出来ない。
これはどこの世界でも共通の理なのだろか。
「アオバ様、お早いですね」
青葉の背後からキースの声がかかった。
見張りをしているので、居るのは分かっていたが声をかけてくるとは思わなかった青葉は少しばかり驚く。
「ええ、目が覚めちゃった」
そう言って少し笑って見せる。
そしてまた真剣な表情でキースの瞳を覗き込む。
「ねぇキース。ホントに私に隠してる事は無いの?」
その瞬間、再びキースの表情は固まった。
青葉としては分かりやすいことこの上ない。
「……今は、申し上げる事は出来ません。……その代わり、時が来たら必ず」
キースは強くこぶしを握って、その爪で血がにじむ程だった。
それを見た青葉はキースの持っている「秘密」はそれほど重いのだと認識する。
「分かったわ。もう聞かない。……だけどそれが私に関することで、私が何かすれば解決するなら遠慮なく言ってね」
「…………」
その問いに関してはキースからの返答は無かった。
そして、それが答えなのだと青葉は気づいたのだった。
なので青葉は無理やり話題を変える。
「そう言えばキース、キースには精霊は見えるの?」
「は……? 一応高位の精霊様は見る事は出来ますが……」
「私、昨日から見えるようになったんだ―」
「昨日からですか。それはすごいですね……」
「だからね、水源を蘇らせる事が出来るようになったんだと思うの」
キースもいきなり変わった話題に、戸惑いながらも合わせてくる。
余程あの話題に触れたくないらしい。
「だけどさ―、これから先の街に行くたびに、ゲントの時みたいに目立ちたくないのよ」
「……確かに目立ってましたね。しかし街の水源を復活させたのですから当然だとは思いますが…… あの後の感謝の宴を断るのって結構大変でしたよ」
「あ、ゴメン余計な仕事を……」
「余計な仕事ではありませんよ。アオバ様が快適に旅が出来るようにすることが私の仕事なんですから」
「だけど…… スミマセン…… で。とにかくよ! 私は水源があれば蘇らせたい。でも目立ちたくない。この二点を達成させる作戦を考えて!」
あ、面白い。
この時のキースの顔を見た青葉の感想は、あんまりと言えばあんまりだった。
キースは眉を寄せて唇を噛むようにして、かなり渋い顔をしていた。
「……アオバ様、なかなか難しい問題だと思われますが……」
「うんそう思う。でもよろしく。それが出来ればこの国も私も幸せって事で」
そう言ってにっこり笑った青葉に反論する言葉を持たないキースだった。
「次の街は結構大きいんだっけ? 水源っていくつもあったりするのかな?」
「……確か3つだったと思います。既に聖女様の来訪は告げております。目立たずと言うのは……」
「領主さんや神官さんを抱きこんじゃえば良いんじゃない? 大げさなことやったら水源の復活は無いわよって」
「……アオバ様、それじゃホントに悪役一歩手前です……」
「良いんじゃない?悪役」
そう言ってまた楽しそうに笑う青葉。
「善処はいたします」
青葉につられて笑顔を作りながらも、キースは自分が笑顔をしていることすらこの時はまだ気付かなかった。
そんな二人を乾いた風が包む。
朝の強い光が地平線から昇る。
ああ、これで大地が緑だったらどれだけ綺麗だろう。
キースは静かにそう思った。




