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10.再会




 青葉は困惑していた。

 キースの、自分に対する馬鹿丁寧な態度が一向に改まらないのである。


 どこの姫君と話をしているんだとう言う口調、青葉だけを馬車のベットに寝かせて自分は徹夜で火の番。

 青葉にはこの世界の夜がどの位危険なのか判断がつかないが、一日中御者をやっての徹夜である。

 辛くないはずがない。

 しかし、交代制は頑なに拒否され、さすがの青葉も引くしかなかった。


 その代わりに食事の準備の権利をもぎ取った青葉は、やはり転んでもただでは起きない性格だった。





 しかし。


 しかしである。


 青葉としてはこの世界の情報は何でも欲しい。

 聞きたい事は山のようにあるのだが、キースは基本無口で会話がなかなか続かないのだ。


 元々営業で人と話すことが仕事の青葉。

 会話を続けることなど得意中の得意だ。


「この私が会話で悩むなんてね……」

 そっと溜息をつく。


 本当はもっと距離を縮めていろんな話を聞きたかった。

 しかし何を話してもキースからの返事は、はいかいいえの二択が多く、それ以上話が展開して行かない。

 


 青葉はキースの生い立ちなど知るはずもないが、かなりのコミュニケーション障害があるのではないかと疑ってしまう。  

 

 仕事は出来るが無口なコミュ障。

 これがキースの印象である。




 そんな青葉の悩みを余所に馬車は次の街に入る。








「これが…… 神殿?」



 王都の隣の宿場町、ゲント。

 その最奥と言っても良い位奥に神殿はひっそりと建っていた。


 比喩ではなく、謙遜でもない。

 本当にひっそりと。


「……ここまで荒れてはいなかったはずですが」

 同じく見上げるキースの表情も信じられない物を見ているようだ。


 青葉は王都の神殿が、民に大切にされているのを見ているだけにこの現状が信じられない。

 馬車に付けられた神殿の紋章に手を合わせる人々。


 あれが王都だけの信仰であるはずがない。



「とりあえず入ってみましょう。少なくとも神官や巫女はいるでしょうし」

「まぁ、そうよね。……保証はないような気もするけど」


 

 青葉とキースは神殿の扉を開ける。

 中も質素で王都の神殿にあったようなステンドグラスのような飾り気はないが、清潔に保たれていた。



「すみませ―ん、何方かいらっしゃいませんか―」



 青葉が声をかけながら中へ進むと、奥の扉から60歳台くらいと思われる神主姿の老人が出てきた。


「このような小さな神殿に何用かの? 王都の神殿が降雨の聖女様の召喚に成功しておられる。もう祈りは必要はないので帰って畑の手入れをした方が良いでしょう」


 老人はにこにことしながら青葉達にそう言った。



「えーと、その、私がその聖女らしいんですけど…… 水の神殿へ行きたいんです。今晩の宿をお借りできれば……」

 青葉が持ち前の「スマイルゼロ円」の対応で、あまりの驚きに固まる神官相手に事情を説明する。


 (でもこんな説明ってキースの仕事なんじゃないの?)


 と、青葉の『キースコミュ障』疑惑は強まる一方である。





 青葉が神官さんから聞きだした話によると、元々この神殿は規模の大きなものではなく、この旱魃で神殿への寄付も断っている状態であり、神官さんは神殿の小さな庭でささやかに畑を作りながら生活していると言う。

 ちなみに巫女にも(いとま)を出して実家の手伝いをさせていると言うことだった。


 ついでにこの神官さんに精霊魔術が使えるのか聞くと、水の魔術なら畑を維持する位は出来ると言うこと。

 人に教える程の技術は無いそうだ。

 ただ経本はあるので、それに書いてある程度の基礎の基礎であれば教える事は出来ると。

 

「どうするキース?」


 振り返ってキースの意見を求める青葉。

 しかしキースは「貴女の良いように」と優しい笑みを見せるだけである。


 

 青葉的には精霊魔術を教えてもらえるなら、それに越したことはない。

 しかしそれが出来ないとなると、早めに次の街に行くのが得策だろう。



「じゃぁ、私が神官さんに魔術の基礎を習ってる間にキースは王都の神殿に連絡して騎士を一人派遣してもらってくれる?」

「分かりました。侍女も付けるように言っておきますね」

「侍女はいらないって」

「しかし何時までも貴女に食事の用意など……」

「そこはこの世界の価値観でしょう? 私の世界では普通のことだったの。侍女は必要ないわ。私は特権階級でも何でもない普通の文官だったのよ」


 その後も引かないキースに、青葉は若干イラつきながらも侍女同行は諦めさせた…… はずである。

 

 今一つ自信がないのは、青葉特有の第六感だろうか。


 人のウソを見抜くのは得意だ。

 そのセンサーに引っかかっている。

 しかし、「それは嘘だ」と言いきれる自信もない。


 青葉はため息をついてその話題から離れる事にした。

 




 このささやかな生活を守ってきた神官さんの負担になることは避けたい。

 この神殿での宿泊は諦めて、街中の宿屋なり昨日の様な野宿なりをした方が無難だろう。


 しかしその話しをすると、キースが珍しく反対したのだ。

 曰く「聖女が滞在した神殿」と言うのは大変名誉なことであり、なるべく多くの神殿に立ち寄ってもらいたいと言うこと。


「じゃぁ、食事だけでも自前で……」

「……それもどうかと思いますが、話だけはしてみますね」


 コミュ障男を出して大丈夫かと思ったが、案の定キースは言い負かされて帰ってきた。


「食事は神殿側が用意してくれるそうです……」

「……そんな気はしたわ」


 

 今後交渉事にこの男を出してはいけないと、肝に銘じながら青葉は神官さんの好意に甘える事にした。


 その間にキースは王都の神殿に向けて書簡を作成し早馬に持たせている。

 仕事は早い。

 そこは合格である。

 しかし、このコミュ障に加え会話の続かない男との二人旅はこの先辛いものだろう。

 旅立ち二日目から大きな問題にぶつかったものである。


 (じゃぁ、この二カ月でこのコミュ障を治してみるかぁ?)



 そう決心した青葉。

 どこまでも前向きだった。






 翌日から青葉は精霊魔術の基礎を神官から教えてもらうことになった。

 各神殿には精霊魔術に関する書物は置いてある。神官と二人、それを読みながらの実戦である。

 ちなみに青葉には文字は読めなかった。

 言葉については召喚陣の効果だろうと言うキースの意見であるが、はっきりは分かっていない。


 そのキースは食料と、もう一台分の馬車の調達である。

 資金については一旦この街の領主に借りておいて、後日王都の神殿に出してもらう手筈にしていた。

 実務面に関してはキースは青葉が驚くほどに優秀だった。



 同時に、この時キースは王都から各地の義倉を開けるようヴィクトルの署名で通達が来ている事を領主館で聞く事が出来た。

 正直領主は戸惑い半分、開けたくはない気持ち半分と言ったところだろうか。

 しかし王家の御璽の入った文書を無視するわけにはいかない。


「王太子殿下は一体どんなおつもりでこんな……」


 そう困惑する領主に、キースは召喚した聖女が本物でこれからは水に困る事は無くなると説明して食料の援助をしてもらうことに成功している。

 

 本物の聖女のいる街でこの反応である。

 離れた所にある貴族領の様子など手に取るように分かると言う物。


 キースは水の神殿への旅を出来るだけ急がなければならないと強く感じていた。








「うわぁ ちょっと待って―――――――――!!」


 神殿に戻って、キースが一番に聞いたのが青葉の悲鳴に近い叫び声だった。


 付き合いは短いが、この声は危険を知らせる物ではなく、何かを「やらかして」しまった時だと分かる。


「何で止まらないの?! 節水!節水――!!取水制限――!!!」


 どうやらまた水を出し過ぎているらしい。

 庭は水浸し、青葉もまた全身ずぶぬれである。


 キースはため息をついて、侍女も確保してもらって良かったと心の底からそう思った。


「聖女様、そこは精霊様の声を聞くのです! 精霊様はきっとこの地に沢山の水をもたらすために聖女様のお力が必要なのです。明日はこんな狭い庭で無く街の水場でその量の水をもたらせていただければ民はどんなに喜ぶでしょうか」

「……でもそれって、私がコントロールしたんじゃないよね……?」

「でも少なくともこんなに水浸しにはならないで済むと思いますよ」


 優しい笑みを絶やさない神官も、同じく全身びしょ濡れだった。


「……そうします」


 やや元気のない青葉に苦笑しながら、キースは買い求めてきた夕食を差し出す。


「お二人とも着替えて食事にして下さい。朝から魔術の訓練ではお疲れでしょう」

「そうでもないのよ。合間合間に降雨の祈りもしたし」

「ああ、昼過ぎに結構降っていましたね。……あれだけ降らせて、まだそんなに濡れる程暴発したんですか?」

「…………」


 答えない青葉に事実であった事を確信するキース。


 早急に精霊魔術の師を確保しなければ、と強く思う。




 あれだけの水を呼べるという事は、それだけの水の精霊を呼べるということだ。

 コントロールは必要だ。


 やはり、いくら水の神殿へ急いで行かなければいかないと言っても、入念な準備は必要だったと(ほぞ)をかんだ。

 なにしろ青葉は、順応力は人一倍高そうだが、それでも全く別の世界の人間なのだ。

 戸惑わない訳は無い。

 恐ろしいと思わなわけは無い。


 しかし自分にはこんな時何と声をかけて良いか分からないのだ。


 青葉の不安を、恐怖を取り除きたいと思う。

 安心して旅をしてもらいたい。

 



 しかしキースにはその方法が分からないでいた。

 


 この段階で、キースにとって青葉は特別な存在になっていたが、本人が気付く事は無かった。











 翌日早朝。


 神殿に青葉の乗る馬車よりも幾分小さめの馬車と共に、細身の甲冑を着た神殿騎士が到着した。

 キースと共に迎えに出た青葉が、まず目に入ってしまったのが自分の数倍はあろうかと言う胸の谷間だった。


「やっぱりお前が来たか」

「ええ。私なら護衛の騎士と侍女の二役が出来ますから」


 そう言って兜を脱ぐときっちりと結いあげられたプラチナブロンドのアデリナが極上の笑顔で青葉に笑いかけた。


 そしてキースに視線を移す。

 その表情が思いっきり挑戦的である事にさすがの青葉も気がついた。


 (こんな所で喧嘩されても困るんだけどな―)

 と、二人の確執の元凶は、全くそれに気付かずタメイキだけ深く吐いたのだった。








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