第67話 断末魔の咆哮
……間一髪、危機一髪だった。竜に追いつかれる寸前で、俺たちは〈樹海宮〉の外に出た。
まず、姫さんの二輪戦車が出て、その後にサーラを抱えた俺とデュラム、それからおっさんたち神々、最後に竜が飛び出した。廊下の狭苦しさに耐えかねたのか、〈樹海宮〉の入り口を中から押し広げるようにして!
だが、外へ出てきた竜の行く手に、立ちふさがった奴らがいた。神々だ。それまですたこら逃げるばかりだった天上の権力者たちが、ここに来て突然、竜の方へと向き直ったんだ。
一戦交えるつもりなのか、あの巨竜と。
「小僧! 先程の魔法使いとの戦い、見事であったぞ!」
海神ザバダが竜の前に立ちはだかり、背後の俺たちを肩越しに見やって、にやりと笑った。他の神々もこっちを振り返って、賞賛の言葉をくれる。
「地上の種族もやるものですねえ。少しだけ、見直しましたよ」
「しかり! たかが地上の住人ども――特に人間など、トゥポラが手を抜いてつくった泥人形と見下しておったが、意外にあなどれぬものじゃわい……」
「あの戦いは、よい見物であった。楽しませてもらった礼として、貴様らに少しばかり見せてやろう。本気になった我らの力がいかなるものか、しかとその目に焼きつけるがよい……!」
雷神ゴドロムが高々と右手を掲げ、突進してきた巨竜の顔面めがけて、憤然と打ち下ろす。白熱の撥――稲妻の一撃が竜の鼻面に炸裂し、あたりに火花と硫黄の臭いを振りまいた。
さすがの竜も、たまらず歩みを止めて、稲妻に打たれた顔を苦悶にゆがませる。
「忌々しい神どもめが……!」
耳まで裂けんばかりに開いた口から、紅蓮の炎を吐き散らす巨竜。するとザバダが、素早くゴドロムや他の神々の前に進み出て、手にした銛を大地に突き立てた。気合のかけ声も高らかに、海の王が銛を引き抜くと、地面に開いた穴からどっと水が噴き上がる。竜の炎を宙で押し留め、打ち消しちまうくらいの、猛烈な勢いで。
「次は私の番ですねえ」
そう言ったのは、白い外套をはためかせたヒューリオスだ。風神が軽く口笛吹けば、途端に旋風が巻き起こり、竜の顔面に吹きつける。
「…………行きましょう、ウォーロ」
「言われずともわかっておるわい、トゥポラ!」
目も開けられねえ強風に襲われ、ひるんだ竜に、大地の女神と戦いの神が飛びかかり、猛攻をかけた。トゥポラは素手で、ウォーロは諸刃の戦斧で。
大地の女神の拳は、まさに鉄拳だった。水魔の鱗と同様、魔法がかかってるかのように硬いと言われる竜の鱗を、易々と打ち砕いちまう。しかも、それが尋常じゃねえ速さで立て続けに繰り出されるもんだから、腕が残像を描いて、十本――いや百本に分裂してるように見える。
軍神の戦いぶりも、トゥポラに劣らず苛烈だった。諸刃の戦斧が竜巻みてえに回転し、竜の巨体を四方八方から打ちのめす。狙いなんざつけもせず、ひたすら連打、乱打の滅多打ち! トゥポラの鉄拳と共にウォーロの戦斧が打ち込まれる度に、竜の巨体から玉虫色の鱗が次々と、火花を散らして弾け飛ぶ。
竜が目を見開き、明らかに狼狽してうなった。
「馬鹿な……この我がこうも圧倒されるなど、ありえぬ!」
竜はなおも火を吐き抵抗したが、本気を出した神々の敵じゃなかった。トゥポラやウォーロに加えて、ゴドロムやザバダ、ヒューリオスの猛撃に押しまくられ、そして――。
「終わりだ、竜君!」
「勝負あり、ですわ」
おっさんとリアルナさんが、息を合わせて竜の懐に飛び込み、分厚い胸板を袈裟懸けにした。おっさんが左脇から右肩へと斬り上げ、リアルナさんが左肩から右脇へと斬り下げる。黄金の剣と白銀の大鎌がそれぞれ一閃し、斜めに傾いだ十文字を、深々と竜の胸に刻み込んだ。
「……口惜しや」
耳を聾する絶叫の後、くず折れながら、巨竜がうめく。
「大地の底より抜け出でて、自由を得たりと思うたが、それも束の間、泡沫の夢。ここで朽ち果てるが我が定め――逃れられぬ運命か。しからばこれにて、いざさらば。さらば、さらば、いざさらば……!」
断末魔の咆哮が、シルヴァルトの森に木霊した。




