第66話 美少年の年齢は星の数と同じくらい
「急げ、追いつかれるぞ!」
大広間から入り口をめざし、来た道をひたすら引き返す。
先頭を行くのは、二頭の狼が引く二輪戦車。手綱を握る姫さんの隣にゃ、俺……じゃなくて、ぐったりしたサーラが乗ってる。こういうときは「淑女優先」が礼儀ってもんだからな。
戦車のすぐ後ろを俺とデュラムが走り、おっさんをはじめとする神々が後に続く。最後尾は、炎を吐き散らして大爆走する竜だ。
「まとめて踏み潰してくれるわ……忌々しい神ども、人間ども!」
竜の足は、鈍重そうな巨体とは裏腹に、驚くほど速え! 石張りの床をダンダン、ダダンと踏み鳴らし、俺たちを踏み潰そうと追いすがる。一見あの図体じゃ通れそうにねえ、狭い廊下もなんのその。腰を落として翼をたたみ、肩を狭めてずももももっ! しっぽをくねらせ首を振り、もぐらみてえにもぐり込んできやがる。
「うぅ、俺も戦車に乗りてえよ……」
後ろから迫りくる竜の大口を見て、思わず弱音がぽろり。だが、あいにく姫さんの二輪戦車は二人乗りで、それ以上乗るのはどう見ても無理だ。仕方ねえから、疲れた体に鞭打って走ってるんだが……やっぱり、きついもんはきついぜ。
「若いうちは苦労をしておくものですよ、フランメリックさん」
そう軽口を叩いたのは、俺の後ろを走ってるアステルだ。重い甲冑着てるってのに、その顔にゃ汗も、疲労の色もにじんでねえ。さすがは神様だぜ。
「若いうちって……あんた一体いくつだよ?」
「ぼくの年ですか? えっと……」
金髪碧眼、おまけに白皙の美少年は、真顔でちょっと考えた後、頭の後ろに右手をやって、てへっと照れてみせた。
「星の数と同じくらい、ですね」
今、あいつの後ろで幾千の星屑が、きらきらーっと瞬いたように見えたのは、気のせいか?
「こ、答えになってねえよ……わっ!」
つまずいて転びかけた俺の腕を、デュラムがつかんだ。
「何度も何度も……手間をかけさせるな、間抜けめ」
「す、すまねえ」
「ふん。言っておくが、次も助けるとは――」
「限らねえんだろ?」
せりふを取られて、デュラムが虚を突かれたような顔をする。そのせりふは、今まで何度も聞かされてきたからな。忘れっぽいのが欠点の俺も、さすがに覚えちまったぜ。
「これで何度目だよ? そのせりふ」
と、一本取ったつもりで突っ込んでみたものの、
「サンドレオ帝国の大砂漠で貴様と出会ったときから数えて、今ので九十三回目だ」
妖精に真顔でそう返されて、閉口した。
「きゅ、きゅうじゅうさんかい?」
俺、それだけデュラムに助けられてるってことだよな? とほほだぜ……。
そのとき、姫さんの二輪戦車が、床の段差を乗り越えた拍子に、大きく弾んだ。
「きゃっ……!」
サーラがのけ反り、車上から落っこちそうになる。隣の姫さんは二輪戦車を御してて、助けようにも手が離せねえ。
すぐ後ろを俺が走ってたのは偶然か、それとも神々が定めた運命か。
……この際、そんなことはどうでもいい。
「サーラ!」
俺はとっさに両手を伸ばし、魔女っ子を受け止めた!
もう一度、二輪戦車に乗せようかとも思ったが……それにゃ姫さんに頼んで、戦車の速度を落としてもらわなきゃならねえ。そんなことをしてちゃ、竜に追いつかれちまう。
そこで俺は――サーラを抱きかかえたまま、走り続けることにした。
「ちょ、ちょっとメリック、降ろしなさいよ! あなたに抱えられるくらいなら、自分で走るわよ!」
驚いたのはサーラだ。顔を真っ赤にして、手足をじたばたさせる。
「あー、こら、暴れるな、俺の頭を杖でポカスカ叩くな!」
ったく……これじゃ、魔女っ子じゃなくて駄々っ子だぜ。
「疲れてるんだろ? いいから今は我慢して、おとなしくしてろって」
こいつとしちゃ、抱えられるなら、俺みたいな剣術馬鹿じゃなくて、白馬の王子様みてえな奴がいいんだろうな。たとえば、後ろを走ってるアステルとかさ。
だが、意外にもサーラは、大して嫌がらなかった。暴れたのは最初だけ。すぐにおとなしくなって、
「……ばか」
と、苦笑まじりに、棘のねえ罵声を一言。
「けど、いいわ。弟分のあなたなら、我慢してあげる」
それから、とんがり帽子を目深に――顔が隠れるようにかぶり直し、俺の右肩にそっと頭をもたせかける。
剣術馬鹿の俺も、これにゃどきっとした。
そ、そんなことされちゃ、気恥ずかしいぜ……。
「灰燼に帰せ――神も人間も、もろともに!」
甘くなりかけてたその場の雰囲気を、竜がぶち壊した。あの野郎、雷鳴じみた咆哮を轟かせ、おまけに口から炎を噴き出しやがったんだ。俺たちの髪に、首筋に、熱い火の粉が降りかかる。
「あちちちッ……!」
「…………そこの人間。それに、妖精と魔女も、お疲れ様」
後ろから大地の女神が追いついてきて、無表情のまま、俺たちにねぎらいの言葉をくれた。彼女と肩を並べて、水の女神と森の神もやってくる。
「今度また会えたら~、チャパシャと一緒にお酒飲もうね、人間さん♪」
にこにこ笑ってそう言う水の女神に、森の神はなぜかぎょっと驚いた様子で、
「お、おいこらぁパシャ! 人間の男なんざに色目使ってんじゃねぇ! お前は俺様だけ見てりゃいいんだよぉ!」
と、咎めるような言葉をかける。するとチャパシャは、
「あん! ガルちゃんの馬鹿、やきもち焼き! そんなこと言うなら、もう絶交しちゃうんだから~!」
と言って唇尖らせ、ぷいっとそっぽを向いておかんむり。それを見て、ガレッセオは大慌て。
「な……! わ、悪いパシャ、俺様が悪かったぁ! だからほらぁ、機嫌直せってぇ……」
と、ふくれっ面の女神様を必死になだめすかして、ご機嫌を取る。
この二人、一体どういう関係なんだよ……?
トゥポラとチャパシャ、ガレッセオが先に行ってしまうと、今度はリアルナさんが他の神々と一緒に後ろからやってきた。
「もう少し、急いだ方がよろしいのではなくて?」
神々の女王が、俺の隣に来て微笑する。俺の苦手な、あの冷たい微笑みだ。
「このままですと、あなた方、食べられますわよ? あの竜に」
とかなんとか言いながら、この人自身にゃまったく急いでる様子がねえ。女王然とした威厳と気品を崩さず、貴婦人服の裾を引きずりながら、しずしずと歩いてやがる! それでいて、走ってる俺たちに一歩も遅れをとらねえんだから、まったくもって摩訶不思議だ。
……いや、この人は女神だ。その気になりゃ、俺やデュラムはもちろん、姫さんの二輪戦車だって追い越せるんじゃねえか? ただ、その気になってねえだけ――そんな感じがするぜ。
「無茶を言うでない、セフィーヌ」
殿を務めるおっさんが、リアルナさんをたしなめた。
「とはいえ、あと少しで外に出る。見たまえ――光が見えてきた。君たちの生還をことほぐ、太陽の光だ」
最後のあたりで、おっさんの口調がちょっとだけ――ちょっとだけ誇らしげに聞こえたのは、気のせいじゃねえだろう。
とにかく、出口まであと少し、あと少しだ。




