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第64話 お助けください、我が主!

 魔法使いは、両手を広げて頭上をあおぎ、誰もいねえ宙に向かって声を張り上げた。


「お助けください、我が主! 偉大なる火の神メラルカ様!」

「……まさか!」


 まずい。あの野郎、後ろ盾の火の神(メラルカ)に助けを求めてやがる! 奴が出張ってきたら、間違いなくやっかいなことになるだろう。


「メラルカ様! 貴方の忠実なるしもべをお救いください、メラルカ様!」


 奴の連呼に応えて、神は姿を現した。魔法使いの頭上にぱっと炎が燃え立ち、その中にぎらつく目をした少年の顔が浮かび上がる。


「やれやれ……キミがなかなか外に出てこないから、どうもおかしいと思ってたけど、まさかこんなことになってるとはね」


 周囲に火の粉を盛んに振りまきながら、どことなく気だるげな口調でそう言って、火の神は眼下の光景を見下ろした。あたりにちらばる魔物たちの屍と、満身創痍の俺たち三人や姫さん。そして、ほとんど無傷の神々を。


「メラルカ……!」


 さっきは寒いとかなんとか言って早々に退場したが、魔法使いの呼びかけに応えて、戻ってきやがったのか。

 火の神は、神々の中におっさんやリアルナさんの姿を見つけて、


「やあ、久しぶりだねリュファト。それに、セフィーヌやロフェミス……他のみんなまで一緒じゃないか。元気にしてたかい?」


 と、まるで緊張感のねえ挨拶を送る。


「どういうつもりだ? メラルカ」


 神々の王が、火の神に問いかけた。


「この魔法使い君に、神授の武器を集めさせておったようだが。あれはかつて、我らが地上の種族に与えたものではないか。それを今さら取り戻して、どうしようというのだ?」

「残念だけど、今はまだ答えられないね」

「ならば、剣でその口こじ開けてでも吐かせることになるが、それでもよいのか?」

「ふふん。できるものならやってみなよ、リュファト……」


 太陽神と火の神は、互いに相手の目を見すえてにらみ合った。輝く黄玉(トパーズ)の瞳と燃え立つ紅玉(ルビー)の瞳が、沈黙のうちに互いを威圧する。


「お助けください、メラルカ様!」


 神々の火花を散らすにらみ合いに、カリコー・ルカリコンが割り込んだ。


「どうか私めを、この窮地からお救いください!」


 火の神は、神々の王とにらみ合ったまま、答えねえ。


「メラルカ様!」


 魔法使いが両手を広げ、重ねて呼びかけると、


「助けろ、だって?」


 メラルカはわずらわしげに片眉を上げて、魔法使いを見た。


「それはちょっと無理な相談だよ、ルカリコン」

「な――?」


 神の答えは魔法使いにとって、完全に予想外だったようだ。カリコー・ルカリコンの顔に、驚きの表情が浮かぶ。


「今のボクじゃ、これだけの神を一人で相手にするなんてできないよ。しかも、リュファトやセフィーヌまでいるんじゃ、とてもじゃないけど勝ち目はない。それに――そこまでしてキミを助ける理由なんて、一体どこにあるんだい?」

「――は?」


 魔法使いは一瞬、あっけにとられた様子だったが、すぐに顔を真っ赤にして吠え立てた。


「何をおっしゃるのですか! 貴方様のために、この私がどれだけ尽くしてきたか、ご存じでしょう! 目的のためには手段を選ばず、場合によってはこの手を血で染めてまで――」

「そんなの、ボクの知ったことじゃないさ」


 魔法使いの怒気に満ちた訴えを、神は鼻で笑って切り捨てる。


「ボクはただ、キミに命じただけさ。神授の武器を集めろってね。イグニッサ王国の王を殺せだの、フォレストラ王国の王女を裏切れだの、そんな細かいことまで命じちゃいない。それはキミが、自分の意思でやったことだろう? その結果どうなろうと、ボクにはなんの咎もないことさ」


「……!」

「キミはボクのためにいろいろと働いてくれたけど、いつもやり口が汚すぎたんだよ。他人をだまして、利用して、裏切って――そんなことを繰り返してたら、恨まれるのも当然じゃないか」

「……お見捨てになるのですか? 今まで忠実にお仕えしてきた、この私を!」

「まあ、そういうことになるかな」


 悪びれる様子もなく、言ってのける火の神。


「餞別代わりに、一ついいことを教えてあげるよ。裏切る奴ってのは、いつか必ず裏切られるものなんだよ――思いもよらないときに、突然ね」


 教訓めいたせりふを吐いて、メラルカが立ち去る気配を見せる。


「逃がさんぞ、メラルカ!」


 おっさんが助走もつけずに床を蹴り、高々と飛び上がった。空中で剣と円盾を構えて、メラルカに斬りかかる。

 それを見て、火の神が舌を打った。


「まったく、仕方ないな……遊んであげるよ、リュファト!」


 メラルカの左右に一つずつ、赤々と燃える炎の塊が現れた。最初は真ん丸な火の玉だったが、瞬く間にぐにゃりと形を変えて、平べったい、いびつな円盤になる。さらにそれから、異なる長さの火柱が五本ずつ、一斉に噴き上がった。

 火柱五つを生やした、平たい炎の塊。あの形は、まるで手じゃねえか。巨象も指先でつまみ上げられそうな、燃え立つ特大の手が二つ。火の神はそれを、自分の両手であるかのように、自由自在に操った。


「リュファト、キミにこれが受けられるかい?」


 メラルカが、ぐっと右手を握って拳をつくり、大きく振りかぶって――振り下ろす! 


「焼き加減は生焼け(レア)がいいかな、それともほどほど(ミディアム)? ああ――黒焦げ(ウェルダン)がお好みかい? 骨の髄まで焼け焦げなよ、リュファト!」


 燃え盛る炎の拳が、城攻め用の投石機から撃ち出された石弾さながらの勢いで、おっさんに迫る。

 うなりを上げて飛んできた炎の拳を、神々の王は手持ちの円盾で受け止めた。気合のかけ声と共に、太陽神が円形の盾を火の神の拳に叩きつけると、次の瞬間、メラルカの右手は大音響を立てて爆散する。火の粉を盛大にまき散らし、文字通り粉微塵になって消し飛んだ。


「やるじゃないか」


 片手を失ったにもかかわらず、炎の王は痛がる様子もなく、愉悦に満ちた歓声を上げる。


「さすがはボクら神々の王だね。でも、まだ終わりじゃないよ……」


 目前まで迫ったおっさんに、メラルカが左手を差し向けた。今度は五本の指を大きく広げ、神々の王を頭から鷲づかみにしようとする。

 おっさんは慌てる様子もなく、剣を大上段に振りかぶって一振り。メラルカの左手が、真っ二つになった。


「遊びは終わりだ、メラルカ!」


 左右に分かれた掌の間を擦り抜けて、おっさんが火の神に肉薄する。次の瞬間、太陽神の手に握られた剣が、メラルカに一閃した。右のこめかみから鼻梁を斜めに横切り、左のほっぺたへと、一気に、深々と切り裂く。


「……ああ、やられたよ。やっぱり今のボクじゃ、キミには敵わない」


 メラルカは大して悔しがる様子もなく、断ち切られた顔面一杯に、ゆらめく炎さながらゆがんだ笑みを浮かべた。


「けど、覚えておくんだね。いつか力を取り戻したら、そのときは……」


 最後まで言い切る前に、神の姿はかき消えた。ふっと吹き消された、ろうそくの火みてえに。

 あの捨てぜりふから察するに、滅びたわけじゃねえんだろう。神々ってのは不老不死の種族だからな。

 けど、これで魔法使いは、強力な後ろ盾を失ったことになる。

 あとは俺が、奴と決着(ケリ)をつけるだけだ。


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