第61話 過去と、決着を
魔女っ子が指差した先を見ると――魔法使いがいた! 竜の正面、魔法陣の手前だ。焦った顔して〈操魔の指輪〉を見つめ、何やら毒づいてる。
「――ええい、遅い! なぜこうも召喚に時間がかかるのです? いつもならば、もっと早く呼び出せるはず。まさか、呼び出す場所が悪いとでも? いや、そんなはずは……」
〈操魔の指輪〉は、さっき魔物を呼び寄せたときと同様、真紅の輝きを放ってる。あの野郎、またぞろ魔物を呼び寄せようって腹か。まずいぜ……。
魔法使いを守ろうとしてか、しぶとく生き残ってた魔物たちがこっちに向かってきた。
「行け、メリック!」
素早く槍を閃かせ、口から火を噴く放火鬼に一突き入れながら、デュラムが俺の肩を叩く。
「今日まで貴様が引きずってきた過去と、決着をつけてこい!」
「ここはあたしと、デュラム君に任せて!」
目を血走らせた蛇髪女に杖の一撃を見舞いつつ、サーラが俺の背中を押した。
「……わかった。頼んだぜ!」
俺はその場を二人に任せ、走り出す。
途中、魔物に行く手を阻まれた。蠍人間だ。横合いから勢いよく滑り込んできて、俺の前で立ち止まる。泣く子も黙る強面でこっちをねめつけ、はさみになった右手を振りかぶった。
「どきやがれってんだ!」
真横に飛んで、蠍人間のはさみをかわす俺。続けて飛来した毒針つきの尻尾を剣で払ったが……なんてこった! 俺の剣が、砕けた。切っ先から鍔元まで、木っ端微塵に砕けちまった。
「こんなときに……!」
この二日間、うんざりするような数の魔物と戦ったり、天界の王妃と一戦交えたりと、さんざんこき使ってきたからな。砕けるのも当然だろうが、なにも今じゃなくたっていいだろうに。
蠍の怪人は俺にとどめを刺そうと右手を振り上げたが、その前に、流星の速さで飛び込んできた人影が一つ。
「あなたには、ぼくがお相手します!」
アステルこと、星の神ロフェミスだ。
「はッ――せいやッ!」
夜空に瞬く星々の支配者は、怪人の懐に飛び込むなり、腹に肘を打ち込み、ほっぺたに拳の甲を叩きつけた。続けて右脚を軸に回し蹴りを繰り出し、さらに真っ向から鉄拳を叩き込む。たまらず蠍人間が後ずさったところで、右足、右手を後ろへ引いて力を溜め、
「つあああああッ!」
すくい上げるように繰り出した拳で、魔物の顎を下から殴打!
強烈な一撃を顎にくらって、怪人は思いっきりのけ反り、巨体を宙に浮き上がらせる。そのまま勢い余ってひっくり返り、背中から床に大激突。両手としっぽ、四対の足をばたつかせた。
「あ、あんた……見かけによらず強いんだな」
柔和な美少年の意外な強さを目の当たりにして、思わず立ち止まっちまう俺。
「父上や母さんには、まだまだ未熟だって言われますけど……ぼくも一応、神ですから」
ほめられることに慣れてねえんだろうか。星の神は、しきりに頭をかいて照れてる。
「――フランメリック様、わたくしに剣を見せてくださいませんこと?」
と、そこへやってきたのはリアルナさん。あの不思議な歩みで俺の傍らに来ると、蠍人間が砕いた俺の剣に触れた。
「まったく……こんななまくらの残骸で戦おうだなんて、無謀にもほどがありますわ」
まだ鍔元に少し残ってた刀身が、白銀に輝く。すると不思議なことに――床に散らばってた刃の破片が、磁石に引き寄せられでもしたかのように宙を飛び、一つ、二つと刀身にくっつき始めたじゃねえか。
「リアルナさん、こりゃ一体……?」
「いい加減、セフィーヌとお呼びになってくださいませんこと? 神々の魔法をもってすれば、できないことなんてありませんわ」
続けて三つ、四つ、五つ。さらに六つ七つ八つ! 破片が次々とひっつき、俺の剣は刀身の中程から切っ先にかけて、みるみる元通りになっていく。最後のかけらがくっつくと、刀身は再び白銀の輝きを放ち、つぎはぎの跡一つねえ、砕ける前の状態に戻った。
「ただ元に戻すだけでは芸がありませんから、わたくしの力を少しだけ封じ込めておきましたわ。今からそれは、魔法の剣。よほどのことがない限り、折れも曲がりも、刃こぼれもしないはずですわ」
「すまねえリアルナさん、それにアステルも……」
「感謝される筋合いはありませんわ、フランメリック様。本来ならわたくし、この場であなた方の首を刎ねるところですのよ?」
そう言われて、俺は気づいた。俺の剣同様、リアルナさんの大鎌が、いつの間にか元通りになってることに。
ついさっき砕いたはずなのに……あれも魔法で直したのかよ。
「今のは単なる気まぐれ。わたくしを相手に善戦してみせた地上の種族に、恩賞として恵みを授けるのも一興かと――そんな気分になっただけのこと」
「リアルナさん……」
「今度わたくしをその名で呼べば、即刻打ち首ですわよ?」
月の女神は冴えた真顔でおっかねえことを言い、
「ぼくたちにできることはこれくらいです。あとはあなたたち次第。がんばってください!」
星の神はきらめく笑顔で励ましの言葉をくれる。
やっぱり正反対だな、この親子……。
とはいえ、あとは魔法使いまで一直線だ。




