第57話 俺だって、これくらい!
魔物たちは他の神々と戦ってて、手が離せねえはず。なのに、どうして?
「アハハハ、まだです! 私はまだ負けませんよ! この通り、魔物はいくらでも呼び出せるのですからな!」
怪物たちの背後で、魔法使いが狂ったように笑ってる。〈操魔の指輪〉を、赤々と輝かせて。
「……また魔物を呼び出しやがったな、あいつ!」
しかも、最初に呼び寄せたときより数が多い。獅子鷲が八匹、獅子山羊が六匹、獅子女四匹、人面獣二匹、蛇髪女と放火鬼、水魔が七匹ずつ。それぞれ二十匹はいそうな、双頭犬と人面鳥。昨日の奴より一回り小柄だが、牛頭人と三頭犬も二匹ずついやがる。
多勢に無勢、それに不意を突かれたこともあってか、さすがのリアルナさんも後ずさった。そのまま否応なく、おっさんから引き離されていく。
「腹立たしいですわね。どうしてこう、次から次へと邪魔が入りますの?」
舌打ちしながら、ひとまず魔物たちを押し返しにかかるリアルナさん。あの様子だと、当分おっさんや俺たちに構ってる暇はねえだろう。
もっとも、余裕がねえのは俺たちだって同じだ。魔物の群れは、こっちにも攻め寄せてきた。おっさんには獅子鷲が飛びかかり、デュラムにゃ獅子山羊が、サーラには獅子女が、それぞれ迫る。そして俺にゃ、全身鱗に覆われた猿みてえな化け物が向かってきた。
「水魔……!」
湖や沼地に棲む、水陸両生の怪物だ。その巨体はずぶ濡れで、たった今水から上がってきたかのよう。水かきと鉤爪がついた四本指の手を握り締め、力任せに殴りかかってきた。
「うおっと!」
金切り声と一緒に飛んできた魔物の鉄拳を、羊皮紙一重でかわす。奴の長い腕が空を切り、俺の傍らを通り過ぎた。
今が反撃の好機! すかさず剣で斬りつけたが、水魔の体は普通の刃じゃ傷つけられねえ。魔法の力を帯びてるとしか思えない、鉄みてえに硬い鱗に守られてるからだ。
案の定、俺の剣は奴の鱗一枚削ぎ落とせず、火花を散らして跳ね返る。間髪入れず、水魔が反撃に出た。横一文字に豪腕を振り、鉤爪つきの四本指で、俺の顔面を引き裂こうとする。
かわすのがほんの一瞬でも遅れてりゃ、面の皮を丸ごとひんむかれてたに違いねえ。かろうじて避けたものの、今度は紙一重ってわけにゃいかず、ほっぺたに三つ、赤い筋をつけられた。
生温かい血がつうっとほっぺたを伝い、顎から雫となって滴り落ちる。
「手を貸そう、メリッ君」
「いや、おっさんは手を出さねえでくれ!」
早々と獅子鷲を斬り捨て、こっちに加勢しようとするおっさんを、俺は押し留めた。
「水魔は手強い魔物だ。人間の力で、容易く倒せる相手ではあるまい」
「わかってる! けど……絶対倒せないってわけじゃねえだろ?」
昨日から俺たちゃ、おっさんたちに――神々に助けられっぱなしじゃねえか。何から何まで神様の助けを当てにするなんて、そんなのは情けねえ。だから……これくらいの危機は、自分の力でなんとかしてえんだ。
その意思を伝えると、神々の王は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに破顔一笑した。
「――わかった。君の意思を尊重しよう」
「我がまま言ってすまねえ!」
俺は一言謝ってから、目の前の水魔に注意を戻す。
そうだな……狙うなら、関節か。
魔物が再度殴りかかってきたところで、素早く脇に飛びのいた。そして、奴の伸びきった肘に、剣を打ち込む。
「せぃッ!」
かけ声と同時にまず一撃。またしても魔法の鱗に弾かれたが、くじけず再び、めげずに三度。
奴の豪腕を避けつつ、四度、五度と斬りつける。鎚振るって鉄を鍛える小人の鍛冶屋みてえに、繰り返し魔物の腕を打ちすえた。
懲りずに六度、腐らず七度。あきらめねえで八度、九度……。
「でやあああああッ!」
手応えあり。十度目で剣が鱗を切り裂き、肉にぐっと食い込んだ。続けてもう一撃、さらに一撃加えると、とうとう魔物の腕が床に落ち、瞬きする間に血溜まりをつくる。
腕を切り落とされた湖沼の怪物は、甲高い悲鳴を上げて逃げ出した。
「…………そこの人間。今の魔物は、お前が追い払ったの?」
近くにいた色黒の大女――大地の女神トゥポラが、逃げ去る水魔を一瞥し、それからこっちに目を向ける。
「…………そう。人間なんて、私がつくった種族の中ではできそこないだと思っていたけれど、案外そうでもないようね」
無表情な大地母神の他にも、二人の神が俺を見た。
「へぇ? お前さん、結構強いじゃねぇかぁ。地上の種族にしちゃ、大したもんだぜぇ!」
吹いてた葦笛から口を離し、陽気な声を上げる森の神。その傍らじゃ、水の女神が無邪気にぴょんぴょん飛び跳ね、大はしゃぎ。
「すごいすご~い! チャパシャ、強~い人間さん大好き~♪」
調子に乗ってはしゃぎまくった挙句、うっかり水瓶を落っことし、
「あぁ~っ! チャパシャの水瓶、ひび入っちゃったよ~! うわあぁ~ん! ポラちゃん、ガルちゃ~ん!」
と、にわか雨みてえに泣き出した。一体何がしてえんだよ、あの女神様。
「…………泣き止みなさい、パシャ。今回は割れなかっただけ、まだましでしょう?」
「パシャ! お前、また水瓶落っことしたのかよぉ? ったく、仕方ねぇ奴だなぁ……」
「うえぇ~ん! だってだって、だってぇ~!」
泣きじゃくるチャパシャを、トゥポラが無愛想な口調でなだめ、ガレッセオが面倒臭そうに――けど、どこか楽しげな様子でなぐさめにかかる。
「ほらほらぁ! お前が好きなあの曲、俺様が吹いてやるからよぉ! 泣きべそかいてねぇで、楽しくやろうぜぇ?」
なんともまあ、緊張感のかけらもねえ神様たちだ。不死身だから、当然なのかもしれねえが。




