第49話 デュラムとサーラ、二人の魔法
「デュラム、サーラ!」
炎の向こうにいる二人に、声を上げて呼びかけた。
「さっきの話――これからどうしてえかってこと、まだ答えてなかったよな?」
デュラムとサーラがこっちを向いて、目で問いかけてくる。「答えは決まったのか?」って。
俺はうなずき、そして――。
「俺はあいつを――カリコー・ルカリコンをぶん殴りてえ!」
最初から最後まで、はっきりと言い切った。
生かさず殺さず、鉄拳制裁! 悩んだ末に出したにしちゃ、ずいぶんとお粗末な答えだが、神でも英雄でもねえ剣術馬鹿にゃ、今はこれが精一杯だ。
「……それは、あいつに殺されたお父さんのため?」
「もちろん、それもあるさ。けど、それだけじゃねえ。俺自身のため――それに、あの姫さんのためだ!」
「俺自身のため」ってところで、俺は魔法使いをちらっと見た。
……そうだ。あいつを一発ぶん殴ってやらねえと、俺は過去から自由になれねえ気がする。この先ずっと、過去を鎖みてえにずるずる引きずって生きていくなんて、そんな生き方はもう嫌だ。嫌なんだよ……!
それに何より、俺はあの野郎を、同じ人間として許せねえ。あいつは姫さんに、親父のときと同じことをしようとしてる。あんなきれいな姫さん、だまして、利用して、裏切って、それでも足りねえとばかりに殺そうとしてやがる。
そんな破廉恥な奴を、俺は絶対に許しちゃおけねえ。とっ捕まえて、親父の御霊と姫さんに「もうしませんから許してください」って謝らせてやる。太陽神リュファトにかけて、必ずだ。
「だから――頼む、俺に力を貸してくれ! ウィンデュラム、マイムサーラ!」
「……いいだろう」
デュラムが声を上げ、槍の石突きを床に打ちつけた。
「妖精の力、貴様に貸してやる……!」
槍を逆手に持ち直し、半身になるデュラム。大きく開脚して、右手は後ろへ、左手は前へ。
昨日、牛頭人が現れたときにも見せた、神々しい槍投げの構えだ。
「ガレッセオ、並びにヒューリオスよ!」
呪文の詠唱を早口で済ませ、一声気合を入れて投擲すれば、うなりを上げて槍が飛ぶ。白銀の切っ先が狙うのは、魔法使いの胸板だ。
「アハハハ! 当たりませんよ……」
カリコー・ルカリコンは、余裕の笑みさえ浮かべて、飛んできた槍を避けた。
「それでかわしたつもりか、魔法使い!」
デュラムが素早く手首をひねって、掌を返す。すると――魔法使いの傍らを通り過ぎた槍が、いきなりぐるんと半回転。研ぎ澄まされた切っ先を、カリコー・ルカリコンの背中に向ける。
「な……なんと!」
魔法使いが気づいたときにゃ、もう遅い。背後から豪速で飛んできた槍の穂に、右肩をざっくりと切り裂かれた。
「デュラム、お前……魔法を使えたのかよ?」
「ふん……妖精は本来、魔法に長けた種族だからな。その気になれば、投げた槍を手許に呼び戻すことなど雑作もない」
戻ってきた槍を引っつかみ、デュラムがいつものすまし顔で言う。
「ガレッセオとヒューリオスにかけて、次は胸を貫くぞ」
「お、おのれよくも……許しませんよ、妖精!」
魔法使いが目を血走らせてデュラムをにらみ、〈焼魔の杖〉を振り上げる……が、しかし。
「そうはさせないわ!」
今度は魔女っ子が声を上げ、カリコー・ルカリコンに杖を向けた。
サーラの杖は、すでに青い光輝に包まれてる。どうやら、魔法使いがデュラムに気を取られてる間に、呪文を唱えたようだ。
「おや、あなたは……」
小馬鹿にするように、魔法使いが鼻を鳴らす。
「さしたる魔法の使い手には見えませんが、この私に挑むおつもりで?」
それを聞いて、魔女っ子の口許に、不敵な笑みが浮かぶ。
「能ある鷹は――爪を隠すものよ!」
次の瞬間、あいつの杖の先端から――シュポン! 葡萄酒の壺から栓を抜いたときに響く、あの軽やかな音を立てて、何やら丸いもんが飛び出した。
何かと思ってよく見りゃ、それは一抱えもある水の玉だった。藍玉みてえに透き通り、青みがかった水の球が、飛沫を散らして宙を飛ぶ。〈焼魔の杖〉から放たれた火の玉に真っ向からぶち当たり、そしてなんと――魔法の炎を打ち消した!
「な……!」
カリコー・ルカリコンは目をみはり、二度、三度と火球を放ったが、結果は同じ。その都度、魔女っ子が魔法の水を放ち、飛んでくる火の玉を撃ち落とした。
「馬鹿な、そんなはずは……これは何かの間違いです!」
魔法使いが激昂して火球を乱射すりゃ、サーラもそれに対抗して、立て続けに水球を放つ。何度も何度も魔法によって生み出され、空中で激突する火の玉、水の玉。炎と水のせめぎ合いが、いつ終わるともなく続く。
俺が見たところ、この魔法合戦……奇跡を起こす速さじゃ、〈焼魔の杖〉を持つカリコー・ルカリコンに分があるようだ。最初に短い呪文を唱えりゃ、あとは使い手の思うがままに奇跡を起こせる神授の武器――あれが魔法使いの手にある限り、奴が断然有利なのは間違いねえ。
とはいえ、魔法使いは一人。一方サーラにゃ、俺やデュラムって仲間がいる。
「おい魔法使い、こっちだ! こっちにも火の玉、撃ってきやがれ!」
俺は時折、そんな挑発の声を上げ、カリコー・ルカリコンの注意を引きつけた。魔女っ子が呪文を唱える時間を稼ぐためだ。デュラムも何度となく魔法使いの隙を突いて槍を投げ、手傷を負わせてひるませる。妖精の槍は、標的まで距離がありすぎるせいで命中こそしなかったが、魔法使いの腕を擦り、脚をかすり、時にはこめかみをかすめて、奴の顔を恐怖にゆがませた。
サーラ自身も、軽い足運びで常に立つ場所を変えつつ、早口で呪文を唱えてシュポン、シュポン! 杖の先から次々と水球を放ち、飛んでくる火球を片っ端から叩き落とす。
「ぬうぅ……! では、これならどうですかな!」
カリコー・ルカリコンが気合を入れて炎の渦を繰り出せば、サーラも一声上げて床を打ち、横一列に並ぶ十数本の水柱を噴き上がらせた。轟音と白煙を上げて一気に噴き出た水が、魔女っ子の前に障壁となってそそり立ち、渦巻く炎の行く手をさえぎる。
「そろそろ、こっちからも攻めさせてもらうわ!」
炎の渦を防ぎきったサーラが、杖を構えた次の瞬間。あいつの杖の先から、ぶわっと魔法の水が噴き出した。今までの放水が子供だましに見えちまうような、まさに怒涛の勢いで。
「な、なんですとおぉおぉ?」
豪雨で氾濫した大河の流れを、そのままこの大広間へ引き込んだかのような大激流だ。魔法使いの奴、目が飛び出さんばかりに驚いて――いや、おののいてやがる。口をあんぐり開けて立ち尽くし、
「ま、魔法! まほおぉおぉおぉッ!」
意味不明な絶叫もろとも、激流に呑み込まれた。そのまま両手をばたつかせ、竜の背中から押し流されていく。
「サーラ、お前……」
冗談抜きで驚いた。能ある鷹は爪を隠すとは、よく言ったもんだ。サーラの奴、普段はあんまり魔法を使わねえが、その気になりゃこんなこともできたんだな。
ちなみに、竜はと言えば……水攻めにされても、まだ目を覚まさねえ。背中を丸めて、おねんねしたままだ。眠りの魔法、恐るべし。
怒号を上げて渦巻く激流は、魔法使いと竜を呑み込んだだけじゃ飽き足らず、燃え盛る炎を洗い流しにかかった。大海魔や海の女怪の八本足みてえに、うねり、くねり、のたくって、炎という炎を一掃する。さらには俺たちにまで牙をむき、一息に呑み込もうとしたところで――夢か幻のように、すうっと消え失せた。俺のほっぺたに二、三滴、冷たい飛沫をひっかけて。
「――っ!」
激流が消え去るなり、サーラがふらりとよろめいた。床に杖つき、膝をつき、肩で荒く息をする。今の魔法で力を使いすぎたのか、苦しげにあえぐ。
「サーラ!」
「サーラさん……!」
俺とデュラムが、ほとんど同時に叫び、魔女っ子の許へと駆け寄る。
「おいサーラ、しっかり――」
ポカン! 駆けつけた俺の頭を、魔女っ子が杖で軽く一打ちした。
「……馬鹿。あたしにかまってないで、ちゃんと自分のやるべきこと、やりなさいよ……」
疲れた笑みを浮かべるサーラ。
「ば、馬鹿はお前だろうが!」
俺は思わず怒鳴ってた。
「俺たちゃ仲間だろって言ったのは、お前じゃねえか! その仲間を放って自分のことをやる奴なんざ、雷神ゴドロムの稲妻に撃たれちまえってんだ!」
「メリック……」
無理がたたって熱でも出てきたんだろう。サーラの顔が、ほんのり赤味を帯びたような気がするぜ。




