第47話 〈焼魔の杖〉
遠い昔、太陽神リュファトが火の神メラルカにつくらせ、地上の住人たちに与えたとされる神授の武器。その一つである〈焼魔の杖〉は、遠目にもわかる見事なつくりの杖だった。真紅に輝く不思議な金属でできてて、柄の先端から石突きにかけて、同じ金属の竜が巻きついてる。その頭は先端の真っ赤な宝石――多分、紅玉だろう――にかじりつき、尻尾は石突きにからみついてやがる。
魔法使いは二言、三言呪文を唱え、杖を頭上に振り上げた。たちまち杖の先が、真紅の輝きを放ち出す。
「さあ、いきますよ殿下。覚悟はよろしいですかな――それっ!」
神の力が解き放たれた杖を、魔法使いが一振りすると――その先端に火の玉が生まれ、蛙のほっぺたみてえに、たちまち馬鹿でかい大きさに膨れ上がった。
奴が自分の杖から放つ火球とは、大きさが段違いだ。あれはせいぜい片手でつかめるほどの大きさだったが、今度のは両腕でも抱えきれねえくらいでけえ!
「どわあっ!」
火の玉は、光と熱を振りまきながら飛んできて、一瞬前まで俺たちが立ってたところに激突。途端に火柱が跳ね上がり、火蜥蜴の舌みてえに天井をなめる。火の粉が群なす蛍さながら乱れ飛び、汗を誘う熱気が立ち込めた。
だが、汗は汗でも、俺がかいたのは冷や汗だった。というのも――火柱の根元に目をやると、あまりの灼熱に石の床が溶けて、ぐらぐら煮立ってるのが見えちまったからだ。まるで、燃え盛る炉の中で溶かされて、鋳型に流し込まれるのを待ってる鉄みてえに。
普通、炎で石が焼け焦げることはあっても、溶けるなんてことはありえねえだろう。
あんな魔法の炎をまともにくらったらどうなるか、想像しただけで背筋が凍る、鳥肌が立つ。そして、それについちゃ、デュラムやサーラも同感みてえだ。
「なんて力なの……!」
と、驚愕の声を上げるサーラ。デュラムも口にこそ出さねえが、内心驚いてるのは明らかだった。その証拠に、奴のすまし顔がいつもより青ざめて見える。
「続けていきますよ、そーれそれっ!」
カリコー・ルカリコンが再び杖を一振りし、火球を撃ち出した。
「どんどんいきましょう、それそれそれーっ!」
下手な弩、数撃ちゃ当たるとばかりに、火の玉を撃ちまくる魔法使い。何十もの火球が床を焼き、噴き上がる火柱が天井を焦がした。
火球を撃ち出すばかりじゃねえ。カリコー・ルカリコンは縦横斜め、四方八方に杖を振り、炎を意のまま、思うがままに操った。まるで、火の神その人にでもなったかのように。
渦巻く炎、床の上を一直線に走る炎。壁のように立ちはだかり、俺たちの行く手をさえぎる炎。様々な炎が杖の先から飛び出し、猛威を振るう。火の蝶が舞い飛んだかと思えば、火炎の鞭が床を打ち、炎の花が宙に咲き乱れた。
ああっ、ちくしょう! 〈焼魔の杖〉、だったか? あの物騒な杖のせいで、今や大広間はめちゃくちゃ。炎の巨人にでも押し入られた後みてえな、ひでえ有様だ。
サーラが杖から放水して消火を試みるが、はっきり言って焼け石に水。消し止めるには火の勢いが強すぎる。
ちなみに、カリコー・ルカリコンが踏んづけてる竜はと言えば、まわりが大変なことになってるってのに、起きるそぶりさえ見せやしねえ。周囲で起きてることなんざ、自分にとっちゃ対岸の火事だと言わんばかりに、涼しい顔して眠り続けてやがる。
「素晴らしい、素晴らしすぎる……! これほどの魔法を、なんの制限もなく使い放題とは。最高ですな……病みつきになりそうですよ!」
魔法使いが完全に裏返った声で、ふざけたことをほざく。手に入れた神授の武器の力に酔いしれてるんだろう。もう、狙いをつけることも忘れて、火の玉を乱れ撃ちしてやがる。
「これで五つ目! 神授の武器をすべて捧げれば、メラルカ様は私を神にしてくださるのです。このフェルナース大陸を支配する、神々の一人に!」
誇大妄想だ。しかも、とんでもなく桁外れの。
「あの野郎、狂ってやがる……って、あれ?」
毒づきながら、あたりを見回した俺の目は、ある一点に釘づけになった。
「あれは……姫さんじゃねえか」




