第38話 引きずってきた過去
かつて俺は、一国の王の息子、つまり王子ってやつだった。
国の名はイグニッサ王国。フェルナース大陸の南端を領土とするちっぽけな国だ。今俺たちがいるフォレストラ王国や、隣のサンドレオ帝国なんかとは比較にならねえ弱小国。俺は……その国の王子だったんだ。
頭に「小国の」って言葉がつくとはいえ、王子は王子。食べるもんや寝る場所にゃ困らねえ、貧乏とは無縁の身分だ。だから俺も、当時はなんの不自由もなく暮らしてた。毎日、兄貴や妹と一緒に遊んで、勉強して、好物の肉料理に舌鼓を打つ。剣術の腕に磨きをかけて、時々城下の町へ庶民の友達と会いにいく。親父に言葉遣いの悪さを咎められ、おまけに礼儀のなんたるかを延々と説教されて――。
そんな生活は三年前、突然終わりを告げた。宮廷魔法使いのカリコー・ルカリコンが親父を裏切り、反乱を起こしたんだ。
あの日のことは、今でもよく夢に見る。眠りと夢を司る月の女神セフィーヌは、俺に過去を忘れさせたくないみてえだ。
あの夜、カリコー・ルカリコンが召喚した魔物の群れに襲われ、親父の城はあえなく陥落。敵からの贈り物を城内に運び入れちまった伝説の城塞都市さながら、一夜にして焼け落ちた。
親父は生き残った身内や重臣、戦士、その他大勢を逃がした後、城に残って最後まで奮戦。矢尽き剣折れた後、魔法使いにとどめを刺された……らしい。
炎上する城から脱出した俺は、兄貴や妹と一緒に、生き残った戦士たちを集め、カリコー・ルカリコンに親父のとむらい合戦を挑んだ。
勝負はあっけなくついた――ってか、勝負にならなかった。カリコー・ルカリコンが大した抵抗もせずにとんずらして、行方をくらませたからだ。奴が呼び寄せた魔物たちも、いつの間にかいなくなってた。
けど、それで終わりじゃなかったんだよな、これが。俺たち三兄妹のうち、誰が親父の跡を継ぐかって問題をめぐる争いが起こったんだ。もっとも、争ったのは俺たち自身じゃなくて、親父の重臣たちなんだが。
冷静な目で見りゃ、誰が親父の跡継ぎにふさわしいかなんざ、一目瞭然だった。もちろん、この俺! ……じゃなくて兄貴。なにしろ兄貴は、文武両道に秀でた傑物だったからな。それに引き替え、俺はただの剣術馬鹿。到底王の器じゃねえ。妹はと言えば、こいつは当時十二になったばかり。俺はともかく、兄貴を差し置いて王位につくにゃ、いくらなんでも幼すぎた。
だが、重臣どもは俺たち兄妹の中で、自分にとって都合のいい奴――自分の思い通りに操れそうな俺や妹を王座にすえようと、醜い権力争いを繰り広げた。俺や兄貴、妹の意思なんざ、まったく関係なしで。
おかげで俺たちの周囲じゃ、自害をよそおった暗殺、病死に見せかけた謀殺が横行し、毎日死者が出た。かく言う俺自身、短剣を逆手に握った黒ずくめの暗殺者に、何度背中を狙われたことか。それでも命を冥界に落っことさずに済んだのは、神々の加護があったからなのか……それとも、生まれつき他人の視線に敏感なおかげで、忍び寄る刺客の気配に素早く気がつけたからなのか。
重臣たちの争いに心底嫌気が差した俺は、王子の身分を捨てて国を出奔。フェルナース大陸をめぐる旅に出た。冒険者になったのは、子供の頃から憧れてた職業だからってこともあるが、それよりも――魔物退治とかお宝探しとか、そういう危険な仕事に没頭することで、過去を思い出さねえようにしたかったからだ。我ながら情けねえ話だぜ。
その後のことについちゃ、そんなに話すことはねえ。旅を続けるうちにデュラムと知り合い、サーラと出会った。そんでもって、今にいたるってわけだ――。




