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第26話 おっさん、謝る

「……やれやれ、行きおったか」


 従者たちが去るのを見届けた後、おっさんは目を伏せ、肩を落として深い溜め息をついた。それから俺たちの方へと向き直り――何を思ったか、いきなり頭を下げた。サーラや俺がとまどうくらい、深々と。


「ちょっと……マーソルさん?」

「今宵は私がふらりといなくなったばかりに、君たちを危険な目に遭わせてしまったようだ。ソランスカイアの神々にかけて、どうか許してくれたまえ」


 何やらおっさん、ずいぶん落ち込んでるみてえだ。リアルナさんやアステルの前では平静に振る舞ってたが、内心じゃ今夜のことに責任を感じてたのか。自分のせいで、俺たちが三頭犬(ケルベロス)に殺されかけたって。


「あなたが気に病むことじゃないわ、マーソルさん。あたしたちが勝手にあなたを探しにきて、魔物に襲われたってだけの話なんだから」

「サーラの言う通りだぜ。それより、魔物がまた襲ってくるかもしれねえし、こんなところに長居は無用だろ? さっさと〈樹海宮〉に戻ろうぜ」


 俺が傍らに立って促すと、おっさんはようやく面を上げて苦笑した。


「……そうだな。戻るとしようか」


 そう言って、外套(マント)の乱れを直し、デュラムとサーラの後に続いて歩き出す。だが、それでも表情は今一つ晴れねえ。まだ胸の奥底に、もやもやとわだかまってるもんがあるからだろう。

 責任感の強い人だ。無責任に国を飛び出した、俺なんかとは大違いだぜ。




 立ち並ぶ木々の間を抜けて、〈樹海宮〉へと引き返す。

 道すがら、おっさんはあの二人、リアルナさんとアステルについて、いろいろ教えてくれた。


「あやつの従者たちを見てわかったと思うが、リアルナは元々、高貴な身分の女でな」

「高貴だと? 地方の豪族か都の貴族……まさか、王族の出身だとでも?」

「まあ……そんなところだよ」


 あんまり詳しく話したくはねえのか、デュラムの問いにあいまいな答えを返すおっさん。


「それより、あやつは昔から私の放浪癖が気に入らんようでな。私を自分の許へ連れ戻そうと、執拗に後を追いかけてきおるのだ。そしてどういうわけか、満月の夜には必ず追いついてきて、帰れ帰れと鴉のように口うるさくわめくのだよ」

「そ、そりゃ大変だな……」


 夜空を見上げると、真っ白で真ん丸なもんが見えた。満月だ。無数の星々を周囲にはべらせ、貴婦人のように気高く輝いてる。


「今夜はどうにかあやつをやり過ごそうと、隠れる場所を探しておったのだが……」

「あえなく見つかっちまったってわけか」

「面目ない。リアルナが言うには、自分と私は腐れ縁……いやいや、愛と美の女神ウェルナが紡いだ赤い糸で結ばれておるのだそうだ。だから、あやつは私の居場所など、手に取るようにわかってしまうらしい」


 長いつき合いだから、どこにいるかくらい見当がつくってことなんだろう。けど……居場所まで突き止めちまうなんて、すごいな。


「じゃあ、あの子は――アステル君は? あの子もリアルナさんと同じ理由で、マーソルさんを追ってきてたの?」


 サーラの質問に、おっさんはかぶりを振った。


「いや……おそらくアステルは、リアルナに無理やり連れ回されておるだけだろう。あやつは何かと貧乏くじを引きやすくてな。損な役回りをすることが多いのだよ」

「そっか……」


 同情するぜ、アステル。

 そんなことを話してるうちに、〈樹海宮〉が見えてきた。

 はるか昔、神話と伝説の時代に建てられた宮殿の廃墟は、鬱蒼とした森の中にそびえ立ち、静謐な雰囲気を漂わせてる。手前にある泉の水面にゃ、月明かりと星影が照り映えて、遺跡の威容を下から照らし上げてた。

 ……ふわぁ。戻ってきた途端、眠気が襲ってきやがった。今はただ、ぐっすり眠りてえ。

 なんか今、またまた誰かの視線を感じたような気がするが……気のせいだろ、気のせい!


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