第24話 真っ二つ
「リアルナ、遅れるでないぞ!」
「わたくしに指図しないでいただきたいですわね。アステルの仲裁がなければ、誰があなたに従ったりするものですか」
あの二人――おっさんと貴婦人服の女だ! ついさっきまで刃を交えてたのが嘘のように、肩を並べて駆けていく。手傷を負って暴れ狂う、三つ首の魔犬に向かって。
おっさんが地面を蹴って大きく跳躍し、右の首に剣を打ち込んだ。すかさず貴婦人服の女も左の首に大鎌を食い込ませる。
二振りの白刃が同時に閃き、二つの首が宙に舞った。一瞬遅れて、周囲にどす黒い血の雨が降り注ぐ。あんまり詳しくは語りたくねえ光景だ。
「最後の首も刎ねられたいかね、三頭犬君?」
残るは真ん中の首一つ。その鼻っ面にぴたりと剣を突きつけて、おっさんがゆったりとした口調で問う。
「立ち去りたまえ――振り返ることなく、速やかにな」
悠然と告げるおっさんの手中で、突然剣が輝き出した。真昼の陽光みてえに強烈な光が夜の闇を追い散らし、魔犬の目はもちろん、俺たちの目までくらませる。
「あれは……まさか」
「あたしの杖が放つのと色は違うけど、魔法の輝きだわ……!」
デュラムやサーラが息を呑むのも無理はねえ。不思議なことに、今やおっさんの剣は切っ先から鍔際まで黄金の光に包まれ、そのうえゆらゆらと陽炎を立ち上らせてる。鉄床の上で小人の鉄槌に鍛えられてる真っ最中みてえに、熱を帯びてるんだ。
首を二つ刎ねられたうえに、不可思議な剣を突きつけられて、すっかり戦意を失ったらしい。単なるでっかい犬と化した三頭犬は、魔犬らしくねえ悲鳴を上げ、しっぽを巻いて逃げ出した。
だが、そのとき。すうっと地面の上を滑るような足取りで、魔犬の背後に迫った人影が一つ。
「相変わらずお甘い方ですこと。追い詰めた魔物を、みすみす逃すなんて」
貴婦人服の女だ。その手に握られた大鎌が、月明かりを弾いて青白く輝き、三頭犬の背筋をすっとなぞる。
途端に魔犬の巨躯が、びくりと痙攣した。その直後――奴の脳天に始まり、鼻面、のど、胸を通って腹へといたる一線から、赤黒い血潮が噴き上がる。
断末魔の絶叫。メキメキ、メリメリと不快な音を立てて、三頭犬の巨体は右と左に断ち割られた。まるで、雷神の稲妻に引き裂かれた大樹のように。
「う……!」
我ながら情けねえ。あまりに凄惨な光景を見るに見かねて、俺は顔を背けた。
腹の底からのど元へと、苦いもんが込み上げてくる。片膝ついて背中を丸め、左手でのどを強く押さえた。口にも右手を当てて、必死に吐き気をこらえる。
そばにいた魔女っ子が、そっと背中をさすってくれなけりゃ、晩飯の煮込みを全部吐いちまってたかもしれねえ。
「メリック、大丈夫?」
「すまねえ、サーラ」
「気にしないで。それよりあの人、何者なのかしら?」
「ああ。おっさん同様、ただ者じゃないみてえだが……」
三頭犬の巨体を大鎌の一振りで真っ二つにするなんざ、まさに魔法。並の人間にできることじゃねえ。おっさんといい、あの女といい……一体何者なんだ?
それはさておき、当のおっさんと貴婦人服の女は、何やら言い合いを始めたようだ。
「リアルナ、いささかやりすぎではないか?」
「何をおっしゃいますの。魔物に情けは無用、いつかそうおっしゃっていらしたのは、どこのどなたでしたかしら?」
「確かにそうだが、何も殺めることはあるまい。逃げる敵の背に追い討ちをかけるなど……」
おっさんがそう咎めると、女は大して悪びれた様子もなく、
「あらそうですの、ごめんあそばせ。お気に障ったのでしたら、謝りますわ」
と、大仰に肩をすくめてみせる。
そのとき、さっきからすっかり背景に押しやられてた赤長衣の男が、忌々しげに舌を打った。
「……役立たずの犬めが。ここは一度、我が主の判断をあおがねばなりますまい」
長衣に魔法の刺繍でも施されてるんだろうか。男が短い呪文を唱え、衣の裾をひるがえすと、奴の姿はたちまち消え失せる。初めて俺たちの前に現れたときと同じように。
消え去る直前、奴の右手の人差し指――その根元で何かが光った。あれは……金の指輪?
あのかすかなきらめき、どこかで見たような気がするんだが、俺の思い過ごしか?




