第20話 勘違い
「その声……サーラ?」
たった今、前を通り過ぎたばかりの大樹。その後ろから、ひょっこり顔を出したのは他でもねえ、行方知れずだった魔女っ子だ。頭にかぶった鍔の広いとんがり帽子のせいで、その姿はどことなく、森の奥深くに生えるというお化けきのこを思わせた。
「サーラ、お前……!」
魔女っ子に駆け寄り、左右の肩を両手でつかんだ。
「怪我はねえのか? おっさんにひでえこととか、いやらしいこととかされなかったのか?」
心配させやがって、こいつ。お前がいなくなって、俺がどれだけ気を揉んだと思ってやがる……!
口には出さなかったが、サーラの肩をつかむ手に、思わず力がこもった。驚いたのか、魔女っ子が目を丸くして俺を見る。
「あたしがマーソルさんに何されたって? それ、一体なんの話なの?」
「――へ?」
魔女っ子の口から出た意外な言葉を聞いて、自分の目が点になるのを感じた。
「お前……おっさんにだまされて、連れ出されたんじゃねえのか?」
サーラにそうたずねると、魔女っ子は呆れ顔になって、首を横に振った。
「何言ってるのよ。あたしはそんなことされてないわ」
「本当かよ?」
「弟分のあなたに、あたしが嘘つくわけないでしょ!」
それを聞いて、一気に緊張の糸が緩んだ。全身から力が抜け、危うく地面にへたり込みそうになる。
「なんだ、俺の勘違いかよ……」
デュラムが可能性として――あり得ることだって話したことを、俺がそのまま鵜呑みにして、一人で突っ走っちまったってことか。とほほ……。
自分の間抜けぶり、馬鹿さ加減に、頭を抱えたくなる。
「だけどお前、なんでこんなところに? 俺もデュラムも、なんていうか、その……ずいぶん捜したんだぜ?」
そう咎めると、サーラはさすがに罪悪感を覚えたのか、決まり悪そうに肩をすくめてみせた。眉の端を下げ、困った顔して事情を話し出す。
「ごめんなさい。心配かけたなら、謝るわ。眠れなくてマーソルさんとおしゃべりしてたら、あの人いきなり立ち上がって『夜の森を散歩してくる』なんて言い出したの」
「散歩? こんな夜更けに、なんでまた?」
「あたしもそう思ったわ。だから、こっそり後をつけてみたのよ」
「なぜ一人で?」
と、デュラムが話に割って入る。
「三人でぞろぞろついていって、途中でどこかの間抜け君が転んだりしたら、マーソルさんに気づかれちゃうじゃない」
「なるほど、確かに――一理ありますね」
「納得するな! ってか、なんでそこで二人そろって俺を見るんだよ! いや、それより……おっさんはどこだ?」
「ごめんなさい、途中で見失っちゃったわ。あの人、異様に足が速くて、とてもじゃないけど追いつけなかったの。それで、一旦引き返そうって思ったときに、ちょうどあなたたちが来たってわけ」
「そっか……」
とはいえ、俺は内心、ほっとした。命の恩人だと思ってた人が、本当は淑女に悪さする外道だったなんて……そんな話、信じたくなかったからな。サーラがこの通り無事で、しかもあの人に連れ出されたんじゃねえってわかっただけでも、胸のつかえが下りた気分だぜ。
「それにしてもおっさん、一体どこ行ったんだよ? 散歩って、まさか……冒険求めて、夜の森をほっつき歩いてるんじゃねえだろうな?」
あの人なら、やりそうだ。なにしろ、根っからの冒険野郎みてえだからな。
「奴のことなど放っておけ」
と、デュラムが冷ややかに言い捨てた。魔女っ子が無事だとわかった以上、こいつにゃおっさんまで捜す気はなさそうだ。
「お前、やっぱり信用できねえんだな、あの人のこと」
「当然だ。助けてもらったことには感謝しているが、それとこれとは話が別だ。こんなことがあった後では、なおさら信用できない」
「疑い深い奴……」
俺がぼそりとつぶやくのを聞いて、デュラムがぴくりと耳を動かした。俺の肩にそっと手を置き、聞き分けのねえやんちゃ坊主にでも言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――メリック。貴様は一応、私の仲間だ。鬼人並みの記憶力しかなくとも、信じるに値する相手だと思っている」
「デュラム……」
「――だが、あの男は違う。貴様の言葉を借りるなら、奴は命の恩人ではあるかもしれんが、仲間ではない。信用しすぎるのは、危険だ」
妖精の美青年にそう諭されて、俺は嬉しいような寂しいような、なんとも言えねえ気持ちになった。
自分にとって大切な仲間と、どうなろうが知ったことじゃねえ他人。両者の間にはっきりと一線を引こうとするデュラムの態度にゃ、時々複雑な気分にさせられる。
「まあ、あのおっさん、こんな夜中にふらっといなくなったりすりゃ、不審に思われても仕方ねえような気はするけどさ……」
俺がそこまで言った、そのとき。
「――見つけましたわよ、あなた」
聞き覚えのねえ声が、夜の森に木霊する。緩みかけてたその場の雰囲気が、吟遊詩人の手で張り直された竪琴の弦みてえに、再びピンと張り詰めた。




