第14話 〈樹海宮〉
「うわ……こりゃすげえな」
俺は遺跡を眺めながら、この三年間、旅の途中で見てきた様々な住居を思い浮かべた。農民や工匠が暮らす藁ぶき、土壁の家。商人や貴族が住む木造、漆喰塗りの屋敷。それに、王族が住まう石造りの城。
庶民や貴族の住まいはもちろん、王族の居城さえ、この〈樹海宮〉の前じゃかすんで見える。
なぜかと言えば、答えは単純明快。
「これは……大きいわね」
おそらくは巨人――人間の倍近い背丈と、魔法じみた怪力を持つ種族が築いたもんだろう。高さも結構あるが、それ以上に間口と奥行きがある。こんなでっかい建物、初めて見るぜ。
「森の中にある、宮殿の廃墟だから〈樹海宮〉。そう聞いてたけど、見た目は神殿みたいね」
「ああ。この国の都で見た、森の神ガレッセオの大神殿にそっくりだ」
傾斜の緩い切妻屋根が載った宮殿の周囲を、石柱の列がぐるりと取り巻いてる。壁と列柱に挟まれた軒下は、大理石を敷き詰めた回廊になってて、あちこちに石像が置かれてた。どれもずいぶん破損しちまってるが、神話の神々や伝説の英雄たちを模した像のようだ。
「今ではもう昔のことだが……」
と、いきなりおっさんが口を開いた。なんだ、こんなところで昔話かよ?
「ソランスカイアに住む神々の一人、水の女神チャパシャが、いつも両手で抱えておる大事な水瓶を、うっかり地上に落としてしまった。無論、ただの水瓶ではない。中には常に水があり、七日と七晩逆さにしておいても空にはならんという、魔法の水瓶だ」
昔話じゃねえ。これは伝説、いや神話だ。神殿で香を焚き、生贄の肉を焼く神官や巫女さん、あるいは町の広場で竪琴爪弾く吟遊詩人によって語り継がれてきた、神々の物語。
「チャパシャの水瓶は、天空からこの地に落ち、大地に叩きつけられて木っ端微塵! 当時、この地は砂塵が舞い飛ぶ荒れ野だったのだが、砕けた魔法の水瓶から清らかな水がとめどなくあふれ、紺碧の泉が生まれた。そして、その周囲では何千何万という木々が瞬く間に生い茂り、不毛の荒野は一夜にして深緑の森となったという――」
おっさんは、そこで一旦言葉を切った。顎鬚をなでつつ、太陽がきらめく青空みてえに晴れやかな笑みを浮かべる。
「このあたりに伝わる神話だよ。〈樹海宮〉は元々、この神話におけるチャパシャの奇蹟――実際には彼女が意図してやったことではないのだが――を讃えて建てられた神殿なのだそうだ。それが後にフォレストラ王家の宮殿となり、さらに時を経て宝の隠し場所となった。そのように聞いておるのだが」
ああ、やっぱり元は神殿だったのかよ。道理でそれっぽいつくりをしてるわけだぜ。
「詳しいな、おっさん」
「いやいや、それほどでも……なに、おっさん? それは私のことかね?」
晴れ晴れとしてたおっさんの表情が、かすかに曇る。
「あ……すまねえ!」
俺としたことが、つい口を滑らせちまった。他人様を面と向かっておっさん呼ばわりするなんざ、無礼ってもんだ。「馬鹿野郎、雷神の稲妻に撃たれろ!」って怒鳴られても、文句は言えねえだろう。
ところが意外にも、おっさんは怒ることなく、俺の非礼を笑って許してくれた。
「なに。君がそう呼びたいのであれば、私は構わんよ」
こ、心の広い人で助かったぜ。
「その代わり、私も君のことはメリッ君と呼ばせてもらおう」
「メ、メリッ君?」
「嫌かね?」
「ん……別に、いいけどさ」
うっかり無礼を働いたおかげで変な呼び方されることになっちまったが、不思議と悪い気はしねえ。おっさんも、俺のことは好きなように呼んでくれりゃいいさ。
「ふむ、そうかね。では改めて、よろしく頼む、メリッ君」
「ああ――よろしくな、おっさん」
まあ、それはさておき。早速〈樹海宮〉の中に入ってお宝探しといきてえところだが、今日は一日中歩いてくたくただ。
それに〈樹海宮〉にゃ、一見したところ入り口が見当たらねえ。どうすりゃ中に入れるか、まずはその辺のことを考えなきゃならねえようだ。
そんなわけで、今夜はゆっくり休んで、明朝遺跡に入る手立てを考えようってことになった。




