第12話 おっさん無双
赤長衣の男のことは気になるが、いつまでも考えてたって埒が明かねえ。俺たちは気を取り直し、〈樹海宮〉めざして旅を続けることにした。
緑あふれる森の中を、縦一列になってひたすら歩く。先頭はデュラムで次がおっさん、その後が俺で、殿がサーラだ。
道は相変わらず――いや、今まで以上に進みにくい。ただでさえ木の根っこに足を取られるってのに、地面が湿って滑りやすくなってきた。おかげでこっちは文字通り七転八倒、滑って転んで泥だらけ。なんだか、森の神ガレッセオに文句を言いたくなってきたぜ……。
そんなことを考えた途端、またまた足を滑らせ、すってんころり! どうやら、ガレッセオを冒涜した罰が当たったらしい。
「あーもう、危なっかしくて見てらんないわ!」
やたらとすっ転ぶ俺の間抜けぶりに呆れたのか、サーラがそばに来た。俺を追い越し、三歩ほど前を歩きながら、姉貴ぶってこんなことを言いやがる。
「ほらメリック、あたしの後について来なさい。あなたが転びそうなところ、あったら教えてあげるから」
ったく……また始まったぜ、サーラの世話焼きが。
「俺は子供じゃねえんだ。そんなこと教えてもらわなくたって……おわとととっ!」
「充分子供じゃないの!」
強がってみせたところで、またもや転びかけ、サーラに助けられちまう。
「め、面目ねえ」
「まったくもう。あなたって、ほんと世話が焼けるんだから……」
口ではそんなことを言いながら、魔女っ子はまんざら嫌でもなさそうだ。その証拠に、口許にゃかすかな笑みがある。むしろ、俺の間抜けっぷりを見て楽しんでるようだ。
「仲がよいのだな、君たちは。まるで姉弟か、幼なじみの少年と少女でも見ておるようだ」
前を歩いてたおっさんが振り返り、俺とサーラに穏和な笑顔を見せた。
「姉弟? まあ、メリックはあたしの弟分なんだから、そう見えるのも当然でしょうね」
「兄貴分の間違いじゃねえのか? 俺の方が背は高いぜ?」
「あら。放っておくとすぐ転ぶくせに、あたしの兄さんになろうなんて百年早いわよ♪」
「な、なんだとー?」
「はっはっは……」
俺たちのやり取りを見て、おっさんは穏やかに笑ってたが、
「――む?」
急に表情を引き締めて、周囲に鋭い視線を走らせた。その豹変ぶりは、まるで眠れる獅子が狩人の気配を察して、ぱっと跳ね起きたかのようだ。眠たげだった目が大きく見開かれ、鷲鼻がひくひく動き出す。のどの奥から響いてくるのは、落ち着いた、それでいて厳かなうなり声。
「また性懲りもなく現れおったか、魔物めが」
そう。進みづらいのは、滑りやすい地面だけが原因じゃねえ。さっきから、魔物がやたらと現れるんだ。粘魔みてえな雑魚ばかりで、牛頭人のような大物こそ出てこねえが、あちこちで不意打ちを仕掛けてくるから、結構驚かされる。
次から次へと出てくる魔物を、あるときは打ち倒し、またあるときは追い払って、俺たちは道を切り開いた。俺とおっさんは剣で、デュラムは槍で、サーラは杖で。
おっさんは、とんでもなく強かった。普段は書物を紐解く賢者みてえに温厚な人だが、剣を抜けば一転して雄々しく猛々しい。波打つ金髪を鬣さながらに打ち振り、雄叫び上げて魔物に襲いかかる様は、まさに怒れる百獣の王そのものだ。おまけにその剣さばきときたら、とても人間のそれとは思えねえ。見るからに重厚な剣――牡牛の首でも一刀両断にできそうな大剣を、おっさんはまるで杖のように、片手で軽々と振り回した。陽射しに照り映える幅広の刀身を、繰り返し、繰り返し回転させ、きらめく切っ先で何度も宙に日輪を描いてみせる。
牛頭人の戦斧を跳ね返すくらいだから、剣の腕も相当立つんだろうと思ってたが……こりゃ予想以上だぜ。
双頭犬に人面鳥。粘魔、悪魔、骸骨戦士、屍魔に食屍鬼に邪眼蛇! 次々と現れる魔物を、おっさんが片っ端から斬り倒す。山羊の頭と蝙蝠の翼、牛の蹄を持つ悪魔を袈裟懸けにしたかと思えば、返す剣で屍魔の首を刎ね、振り向きざま骸骨戦士の頭蓋を叩き割る。その後、間髪入れずに四匹の双頭犬を斬り伏せ、五羽の人面鳥を薙ぎ払い、邪眼蛇の鎌首六つを打ち落とす。
両手でつかみかかってきた食屍鬼を、脳天から腹にかけて真っ二つにしてみせたときなんざ、おっさんを信用してねえデュラムも思わず「上手い!」って賞賛しちまったくらいだ。あれを見りゃ、神々の中で最強と謳われる豪傑、黒髭の軍神ウォーロも舌を巻くだろう。
もちろん俺たちだって、おっさんが戦ってるのをぼーっと眺めてたわけじゃねえ。デュラムは人食い鬼の胸を槍の一突きで刺し貫き、サーラはかぼちゃ頭の角灯魔を杖でぶん殴って退散させた。俺だって、鶏蛇を仕留めたし、三つ叉の槍を振り回す首領格の悪魔をぶっ倒した。
……けどなぁ。おっさんと比べりゃ、やっぱり色あせる。あの人みてえな力は、俺たちにゃ――少なくとも、俺にはねえな。




