もちろん、言わないけどね。
2週間寝込んでいて体が思った以上に弱ってたアタシは、リハビリというか、体を普段通りに慣らすのにしばらくの時間をかけた。
今すぐ活躍したい、そう思いながら、体の調子が戻るのを待っていた。衰えるのは早いというが、確かにその通りで、勘を取り戻すのにかなりの時間がかかった。
そうして数ヶ月が経過し、アタシももう大丈夫かな、と自分で思えるぐらいになった頃。
アタシはいつものように、お父様と剣術訓練をしながら、なんとなく言った。
「冒険者になってS目指したいんだけど」
それを聞いたお父様は、ちょっと驚いた顔をして止まると、「そうか」と言って笑った。
「反対とかしないんだね?」
「なるだろうな、って思ってたからな」
「そうなんだ」
そう言って再び剣を触れ合わせた。
お父様の突きを左に払い、右側の左肩を狙う。少し触れたけど避けられた。目の端に左から狙ってきた攻撃が来たので、両手持ちの左手を離して、お父様の木剣を追うように左足で蹴り上げる。
体勢を崩したお父様の胸の辺りを勢いよく突く! ……が、木剣を振り上げた姿勢のままバックステップされた。うまく体勢を崩せたのに……仕切り直しだ。
「なんていうかさ、こういう時の「俺を倒していけ」みたいなの、ないの?」
「いやそもそも去年らあたりからお前俺からかなり取ってるし、その上で火魔術使えるだろ。とっくに本気でやり合って勝てる気しねーよ」
「それ自分で言っちゃって空しくなんない?」
「なる! が、それ以上に、やっぱり10年以内に抜いてくるだろうという期待通りだったなという満足感の方があるな!」
お父様は快活に笑った。
でもアタシは結構不満顔だ。
「10年で抜くって言ってたし、実際アタシもかなりいい背丈になったけど、未だにお父様から取れないことがかなり多いんだけど、本当に全盛期のお父様よりアタシ強くなってるの?」
それは、最初に言われたのでよく覚えていることだ。
———全盛期の俺より強くなる。
だというのに、30を超えたお父様に、アタシはまだまだ勝てないでいた。もっと圧勝しているもんじゃないの?
「そりゃおまえ、当たり前だ」
「はあ、当たり前!?」
なんだか、すっごい下に見られている気がする!
「あー違う違う。お前の剣技は、始めた時からもう天性のものだった。そしてお前の剣技は日に日に強く、そして新しく、全く見たこともないような攻め方をするようになった。13の時に一本取るまで、小さい体格で、それらの特殊技をやってきていた」
「まあ、そうね。初等部からいろんな手を考えて、いろいろ使えそうなものは全部試してきたわ」
「そうだ。そうして、俺は、そのお前の新しい剣技を幼い頃からずっと見てきた」
「————。……ま、まさか……」
「そうだ。お前は本当に強かった。だから、もう7歳ぐらいから、お前が俺の剣技の先生なんだ。同じ体格だったら、とっくの昔にもっと負けていただろうな」
「じゃあ、全盛期って……」
「力はともかく、技は今と言い切っていい。お前のおかげだな」
そう言ってお父様は、本当に嬉しそうに笑った。
……なるほど、それなら確かに納得だ。
対アタシ用最強剣技。アタシの癖を世界一知っていて、アタシの新しい技を一通り見ていて、それを予測して上回る剣士。
勝てないのは、当然か。
お父様はやがて真剣な表情になると
「冒険者、ソロでやるのか?」
ソロ。一人という意味。アタシはもちろん、首を縦に振った。
「組んでもいいけど、とりあえず象徴として剣はアタシ一人でやりたいわね」
「そうか……。俺以上の英雄になることをソロで行う。あまりお前にやらせることじゃないと思っていたが、まーやりたいというのなら止めはしねえし、実際できると思っているぜ」
「目的もできたからね」
「へえ、目的ってことは、俺が知らないことだよな?」
「そうよ、まだ秘密」
今度は私がニッと笑った。
「よし、教えられる範囲でならある程度は冒険者の先輩として教えてやれる。まずはギルドへ登録しにいくか!」
「うん!」
そうして、アタシはこの日、Eランク冒険者のフレイとしてスタートした。
-
「魔物討伐ってこんな感じなのね」
アタシはゴブリン討伐というのをまず最初に受けた。ゴブリンというのは小さい魔物で、武器を持ったりして襲ってくる。あまり強くないし、なるほどDランク入門編って感じだなと思った。
襲いかかってくる姿を目で捉え、リーチが短い相手の空振りを誘って倒す。……対人戦に似ているけど、なんだか向こう見ずな子供の集団を相手している感じね。
「簡単だとは言っていたけど、まあさすがにここで躓いてちゃダメよね……バーニングウォール!」
アタシの炎の壁は、左手で発動できるように訓練したものだ。それは、右手で攻撃しながら左手で防御するというスタイルの魔術剣士として、非常に理にかなっていたし、実際に強かった。後ろからでもアタシに襲いかかってこようとするヤツはいなかったし、
……ただ、これは元々、右手で攻撃魔法、左手で防御魔法という火魔術師としてやっていた時に編み出した者だ。
杖。
魔術師として必ず持っていると言っていい魔力増幅武器。国内に決して多くない魔術師としての能力があるのなら、冒険者としてそれを活用しない手はないというほど、必要不可欠なもの。だけど———
———アタシは、杖を持ち歩かなかった。
-
「Cランク任務、お疲れ様です。これが報酬分ですね」
1年半が経過し、順調にBランク冒険者となってアタシはそこそこ名前の売れている冒険者となった。それなりにできることも多くて、アタシは満足だ。
だけど、DからCまで順調だったけど、少しずつソロの剣士としては不便だなと思うBランク任務が目立ち始めた。それは……「空を飛んでいる敵」だ。
具体的に言うと、ワイバーンのこと。
アタシはこいつが苦手だ。当たり前だけど、剣を振り上げてるとこちらを警戒して空の方に行ってしまう。魔術が使えれば、倒せるんだけれど。
……いや、魔術は使える。使えるのだ。だけど……未だに杖を持ち歩いていない。まだ持たなくてもやっていけているので、あまり気にしたことがない。……ちょっと持ちたくないなって避けている。
きっと、まだ、大丈夫。今上がり調子のアタシならワイバーンぐらい余裕でいける。それに、杖だって必要になればすぐに持てるようになる。
そう自分に言い聞かせて、討伐任務を引き受けた。その任務のワイバーンも、やはり頑張って、そして討伐できた。
よし、まだまだ大丈夫ね。
-
アタシは2年かからないぐらいで、遂にAまで上がった。ここからこの文字を重ねていく……! よし、やるわ!
「ワイバーンの、討伐任務?」
アタシは何度かやったこのB相当の任務がAに入っていることを訝しんだ。だけど、立ち止まっているわけにはいかない!
今あるA討伐任務がこれだけなら、アタシは安定して上を目指せる!
アタシは迷いなく、本当に何の迷いもなくその任務を引き受けた。
———結果から言うと。
アタシはものの見事に負けていた。
「な、なんなのこの数……!」
討伐任務、ワイバーンのその数、もう目の前の3体を同時に相手にするだけでダメだった。だというのに、空を埋め尽くすんじゃないかと言わんばかりの数のワイバーンがその場所にいた。
「仕方ない……バーニングウォール!」
アタシは防御魔法を使った。ワイバーンはそれを見て上空に逃げた。……当然、剣技が届かない場所だ。
アタシは素手で、必死にファイアボールを撃ちまくった。だが、躱されたり、当たっても大したダメージじゃなかったり、そもそも数が多くて一体にダメージが全く集中できなかった。一発当てたら後ろに下がるのだ。
バーニングウォールは長い間持つし、ファイアボールは無尽蔵だが、当然体力に限界が来る。延々と火の玉を上空に撃ち続けるわけにもいかず、アタシはその任務を放棄した。
———結果。
ワイバーン、討伐数、0。
集中地点の討伐に出向いたことで巣から暴れたことによる近隣への被害、数件。
アタシは、AからBへの降格を言い渡された。
-
屋敷の中でいくつかお父様やお母様、フィリスに討伐任務のことを話し、久々にギルドに行くと、そのワイバーンの討伐任務は完了していた。
「あのワイバーンの異常発生、討伐されたの?」
「はい……その説は申し訳ありません、最終的にあの数はAA相当だったと……」
「Aですらないじゃん」
「はい、降格扱いになるのは厳しいのではないかと私も進言したのですが、関係者が領地の被害者で……」
「ああ、いいよいいよ。アタシが弱かったのが悪かったんだし」
正直ちょっとあれはないなと思ったけど、それでもできなかったのだ。その上を目指すアタシにとって、当然越えなければならない壁だった。それに……元々BではなくてAだったのだ。もっと入念に調べてなかった、油断していたアタシが悪い。
こういう時、知識と調査でサポートしてくれる人がいれば強いんだろうな。いや、それを全部やるのがソロなんだ。頑張らないと。
「そういえば、結局どこのパーティが討伐したの?」
「ああ、それは『雪花魔術団』ですね」
「『雪花魔術団』?」
「はい、今飛ぶ鳥を落とす勢いの、ギルドでも最も強いんじゃないかとさえ言われている負けナシのパーティですよ。その功績でA成り立てなのに、次かもう少し後にはAAに上がるんじゃないかと思われます」
へえ、強いパーティもあったものね。アタシには関係ないけど……。
とりあえず当面、杖を持てないとやっぱダメね。あの時は本当に油断した、やっぱ魔術使えないとダメだわ。
-
アタシはギルドからの帰り、魔術師用の杖を買いに来た。
「ふふっ懐かしいわねーこの白くてちっちゃい杖」
そこには久々に見た、魔術学園で配られていた標準の白い杖があった。値段もいかにも配る用という感じで、非常に安価なものだった。
「これで……リオと魔術を競ったのよね」
リオとの最終日での長い長い決闘の、あの魔術師として一番充実していた頃の思い出に浸りながら杖に触れて、
———目の前に、あの黒い泥が現れた。
「———ッ!」
……いま、のは……。
もう一度、杖に触れようとする。だけど、手がそれ以上伸びない。震えてしまう。そして指先が少し杖に触れた瞬間、無意識に手を引っ込めた。
なんで……なんで、どうして……!?
……いや、どうしてかなんて、当然分かっている。……まだ、怖いのだ。あの圧倒的な攻撃力を持った、闇に染まった白い魔術師が。2年経過しようとしているのに、怖いのだ。生まれて初めての、本気で殺されると思った気持ちと、本当に死ぬ寸前までいったことによる恐怖が、染みついているのだ。
「アタシは……こんなんで、本当にやれるというの……?」
アタシは、今後も、まともに魔術が使えない。この先が不安になった。
-
2年目も過ぎて。アタシは……かなり散々な結果に内心焦っていた。
———Bのフレイは、手加減している。
———あの赤毛の剣士、やる気がない。
———男爵令嬢らしい。
———遊びに来ているだけか。
……なぜそうなったか。もちろん……アタシが、魔術の杖を持たないから。
魔術が使える。しかも左手で、無詠唱でそこそこの魔術が使える。なのに、全く魔術の杖を持たない。それは、
———手を抜いていると思われている。
……否定したい。否定したいが、ここで言ってしまうと、アタシは過去のトラウマに囚われている、弱点持ちの剣士だということがばれてしまう。
当然、信用も落ちるし、侮られる。そんなヤツをSランクに上げるようなギルドマスターなどいないだろう。当たり前だ、アタシだってそんなヤツのランクは上げない。
……いや、今更か。手を抜いていると思われている時点で、信用もなにもあったもんじゃないな……。
アタシはその日も、自分の出来そうな任務に手を伸ばそうとして———
「フレイさん、ああよかった! ちょうど来ていたのですね!」
珍しく、受付の人に呼ばれた。
「急ぎの指名がありました、あなたに討伐任務パーティの指名が入ったので、そのメンバーの方から会えないかという話です」
「アタシに……指名? 何かの間違いじゃないの?」
「確認したんですが、フレイ・エルヴァーンという赤い髪で剣を使う火魔術師の女の子を探していると」
「間違いなくアタシね……でも、『剣を使う火魔術師』って変な言い方よね」
「そう……ですね。まるでフレイさんの剣がオマケみたいです」
「もう魔術なんて2年もまともに使ってないのに……」
その言い方は、妙にひっかかった。
「で、結局そのアタシを誘った物好きさんは誰なのよ」
「これも何かの間違いじゃないかと思って確認したんですが———
———フレイさんを指名したのはAAランクで二人組、現在任務失敗件数0、討伐任務は全部無傷のパーティ『雪花魔術団』です」
……どういうこと? アタシ、ちょっと信じられないんだけど。受付さんの説明をもらって全くもってピンとこないというか。
そんな最強のパーティさんが、アタシみたいなうだつが上がらないBランクに何の用だっていうのよ……。
なんか、待合用の専用個室まで用意されちゃってるし。アタシはそこのドアを開けると———
「———フレイ! ああよかった、ちょうど来てたんだ! タイミングいいなあ」
2年ぶりに見る、リオがいた。
-
リオだ。アタシを見ている。怖がってない。それどころか普通に喋っているっていうか2年も経って優しい目のままめっちゃかっこよくなってる! 長い髪を後ろで括ってるのいいし顔が前より見える! やばい! このリオいい! 今までで一番いい!
……はぁーっ、はぁーっ。落ち着いて。そうじゃないでしょ。今アタシは、待ち合わせの部屋に入った。そしてリオは、アタシが来るのを予測していた。
じゃあ、得られる結論は一つ。
「……もしかしなくても、『雪花魔術団』なの?」
「そうそう、雪花魔術団だよ。討伐の協力をしてくれないかなって」
「アタシに言ってるんだよね?」
「もちろん」
ああ……すごい。久々に会ったアタシの憧れの男の子は、ずっとずーっと先に行ってた。
しかも、アタシを指名してくれている。ってことは、リオと……リオとまた一緒にいられるんだ! 今度はリオから誘ってくれて……!
と、そこで、机の上にある紙に書かれてある任務内容が見えた。
「……アクアドラゴン? えっと、これアタシに言ってるんだよね?」
「そうそう。アクアドラゴンを一緒に討伐して欲しいんだ」
……AAA任務、氷山の近隣を荒らす魔物の討伐。詳細内容はアクアドラゴン討伐。適性ランクはAAA〜S、空飛ぶ水属性の最強クラスの生物。他AAとAAAランクパーティ討伐失敗。
いや無理でしょこれ。
「アタシ指名じゃないよねこれ?」
「フレイで合ってるよ、アクアドラゴンを討伐するには今のメンバーでは無理なんだ。だからフレイの力が必要だし、もしできることなら一緒のパーティとして今後もやっていきたい……というわけで、どうかな……?」
「……あ、アタシに言ってるんだよね」
「もう何度も確認したよ」
なんだか苦笑されたけど、いやアタシにとっては大問題だよ! 何もかもが意味不明だよ! テンパってる時のお母様並に通じてないから!
あっでも「一緒のパーティとして今後もやっていきたい」って今言ったね! もう発言飲み込めないわよ、「もしできることなら」って当然行くに決まってるじゃない! やったわ! 嫌って言ってもずーっとついていくんだから!
……と、いけないいけない。アクアドラゴンね。……いきなり共同作業がドラゴンか……。おとり役とかかしら。
「あ、あんたさ……その話聞く限り、アタシに剣士として入って欲しいわけよね。だってアクアドラゴンとか火魔術じゃどうしようもないじゃん? だから剣なのかなって」
でもアタシの剣で倒せるわけないでしょ、と心の中で自分に突っ込む。
「いや、違うよ」
「ん? 違うの?」
「フレイにはもう一つ眠っている魔術がある。会場で会った時に話しそびれちゃったけど……」
「な……あ、あんたまさか」
まさか。そんな、こと。だって、アタシ、アタシあんたに、あんたに……。
「フレイ、どうも今見た限り火魔術と同じぐらい雷魔術の適性あるっぽいよ」
「……あ、」
「なので、ちょっと練習して、杖持って戦ってくれたら、助かるなあって」
「あ……」
「何かこう、信義があって嫌なら、無理にとは言わないけど、でも」
「あの……」
「……どうしたの?」
なんで、そこまでしてくれるの? だって……アタシ、そこまでしてもらえるような女じゃ……。
……いや、いつまでも逃げていたらダメね。アタシたちの、2年前。ずっとアタシが、逃げ続けていた2年前。今ここで、精算しよう。
「……あ、のさ、あんたさ」
「うん」
「根に持ってないわけ?」
「……? 根にって……魔術大会のこと?」
「それ以外ないでしょ。ていうかあの時ほんとごめん。後になって冷静になって、取り返しの付かないことしちゃったし、ほんとはすぐ謝りたかったけど、なんかさ、トラウマ? みたいなの、入るから近づくなって言われてたし」
嘘。アタシはリオに再び嘘を言った。会えなかったのだ、怖くて。殺しかけたアタシを見て怯えられると思って。
だというのに、向こうから指名までして会いに来てくれた。もうそれだけで今日は幸せだ……。
「うん。全く思うことはないわけじゃないけど……というか、こっちこそごめん」
「え? は?」
「あの時、試合で気絶する前に寸前で謝ったんだけどね、聞こえてなかっただろうなって」
「ま、待ってよ! なんであんたが謝んのよ!」
「期待、してたでしょ」
———! リオ……! あんた、やっぱり……アタシのことなんて、全部お見通しよね……。
……そうか、あのとき……謝ったんだ、リオは……激痛の中で、死にかけながら……ホント、いいヤツとかそういうの通り越しすぎよ……。
「———本当は中等部入ってすぐの頃に頭打ちでね。ずっと冒険者としての知識を集めてたよ」
「…………」
「だからその、ずっと君ががっかりした顔をしていたのが頭に残っていて……期待に添えず、ごめん」
ああ……アタシは、攻撃魔術で入院まで行った恐怖がトラウマになったというのに。あんたは、アタシと同じように入院させられて……だというのに……。
アタシがあんたに嫌われるのを怯えていたのを、ずっとがっかりしていたと思いこんでいた上に、それを謝るなんて、もう、もう……!
「っは〜〜〜! かなわないわこれ!」
アタシは、2年前のことを話した。話して話して、話しまくった。話したかった。ずっと、こうやって。本音を言うとずっと前からリオに聞いて欲しかった。会うのが怖かったから、今まで言えなかった。
「……フローラ、だね」
そう。そして、話していて当然そちらも連想する。2年間負けナシ無傷AAパーティ、そんな化物新人パーティの主力は、そのフローラ以外ありえない。
ここまでパーティが成長している以上、あの黒い泥が、もう晴れて空の色となって2年間ずっとリオと一緒にいるということだろう。
それは、つまり。
アタシの、杖を持てなかった理由が。
アタシの2年間のトラウマの理由が。
アタシの味方になるのだ。
じゃあ、もう、大丈夫だ。
杖は、きっと、怖くない。
「———教えてくれるんでしょ? その……雷魔術」
「うん。もちろん学生時代ほど時間が取れるわけじゃないから……うちのパーティに入ってくれたら、ね」
ふふん、言うじゃない。お母様と、リオとの繋がりを確かめたくて、使えなくても魔力は毎日鍛えていたのよ。
「……ん。じゃあ久々に杖持ってみるかな。よろしく頼むよ、『センセ』」
アタシは、今すぐにでも、杖を持ちたくてたまらなかった。
やっぱりリオは、アタシの白馬の王子様だよ。アタシがリオに会えなかった理由も、アタシが杖を持てなかった理由も、2年間の悩みを今の一瞬で解決してしまった。
アタシは、お姫様になれなくてもいい。プリンスの隣にはプリンセスがもういた。だけど、ナイトなら。ずっとそばに置いてくれてもいいわよね。
昔読んだチャチな恋愛児童書にはお姫様しかいなかったけど。お父様とお母様と一緒に見た舞台には、お姫様と一緒に、女騎士も出てきたのよ。
その女騎士もね、王子様のことが好きだったの。
———やっぱりアタシ、あんたのこと好きよ。
もちろん、言わないけどね。
あ、でもその前に、お姫様に会わないとね。
……ちゃんと話、できるかしら。
あいつ自身、アタシを半殺しにしたのを覚えてるだろうし、最後に助けたのを覚えてるだろうし。でも、リオをアタシが殺しかけたのを根に持ってたらやだな……。
……そこは、フォローしてもらおう。少なくとも、アタシはもう、その子のこと恨んでないし、自業自得だとちょっと思ってるからね。
-
パーティの家の応接間に入って、まずその女の子の、水色の瞳を確認して、とりあえず安堵した。
「え、え……?」
目の前に白い女改めフローラがいた。
近くで見ると……ほんっとめちゃくちゃ可愛いわねこいつ!? 絶世の美女と謳われた王女様コレ下手したら負けちゃうんじゃない!?
いやほんと、こんなのと美を競おうなんてチョットでも無意識下で思っていた過去のアタシをぶん殴りに行きたいわ。
ていうか……あれからまだ胸成長してんのこいつ!? 何食ったらこんなもんがぶらさがるようになんのよ!
アタシにも分けろっ! 十六分の一でいいから!
ってそうじゃなくて、ええと、挨拶、挨拶しなくちゃね……。
「あー、その、何? なんてーか、いろいろあったけど、こいつとは遺恨とかお互いさっぱりないから! 喋ってすっきりしたから!
いや、あんたとはまだ喋ってないけど、アタシはその、まあ協力してもいいつもりというか、いやそういう言い方したいんじゃなくて、だから、まあ、その……。……えっと……」
な、なんという上から目線……。自分の素直になれなさがここに来てこんなに恨めしいなんて……うう、第一なんていって話すればいいのよ……アタシを半殺しにした相手、リオのことで恨みがある相手……。
「ええと、いいんだよね?」
……この子声も可愛いんだけど弱点ないの?
「こちらから頼んだからね」
「リオが気にしてないなら、私がどうこう言うのもおかしいか。じゃあ私も。その……リオが信じるなら私も信じるよ。よろしく」
右手が差し出された。
握手。これ、仲直りの握手よね。えっと。この子と、すればいいのよね。右手、この子、右手。これで、アタシのトラウマもおしまい。……うん、おしまい。
よし。
「ん……よろしくしてあげなくもないわよ……」
ああもうアタシって……結局素直に……素直に言えなくてごめん……もっとストレートに伝えたいのにな……。
こういうの照れるわほんと……うわすっごい指細い白いやわらか———
「———思ったよりかわいいかも?」
——————!?
はああああ!?
えっ
はあああああああああああ!?
可愛いのは!
アンタ!
アンタでしょうがあああっ!
アタシは、きょとんとしていて、一言発した後に「あちゃ」とか漏らしている女の顔を見て物凄い勢いで頭に血が上るのを感じた。
「フン!」
くそっ、嫌味か、嫌味だなこいつ! ああもうイヤミに違いない! あああもう顔赤い絶対赤いめっちゃ赤いそして超絶可愛い子に可愛いと言われて悪い気がしないっていうかめっちゃいい気分なアタシ自身に腹立つちくしょうああもうじろじろ見るな見るな見るなーーーっ!
アタシ!
やっぱり!
こいつ!
———キライ!




