やがて晴れる時が来て。
(本編の修正が多かったので短編一括版は削除しました やっぱ長いよね!)
やや総集編的なお話
目が覚めた時、アタシは……屋敷の自分の部屋にいた。
見慣れた天井だ。
少し体は怠いけど、布団から体を起こす。のっそりと布団を外す。重い。……布団ってこんなに重かったっけ。
土砂降りの窓際に座って半分寝ているサーリアと目が合った。
「おはよ」
サーリアは、少しずつ目を開け……やがて目を大きく見開いたまま固まった。
「おーい」
「……」
「ええーっ無視?」
なんだか反応が悪いサーリアに向かって手をぱたぱた振っていると
「———お……お……起きた……! 起きました! アレス! フィリス! フレイが起きました……!」
そう叫んで、部屋から大急ぎで出て行くサーリア。
「あっ」
出て行く瞬間、ドアから顔を出して
「おはようございます!」
そう元気よく言って、走り去っていった。
……なんだなんだ?
暫くすると、走って来たであろうお父様が部屋に入ってきて、アタシと目が合った。そのまま寝ていたアタシの右近くまで来て……アタシの頬を、両手で包み込んだ。
あまりに大げさな反応と、今までで一番近いお父様との距離に、アタシは驚いた。……肌年齢は上がったけど、まだ若いなー。
「フレイ……本当にフレイ、起きたのか?」
「い、いやいやどう見ても起きてるじゃない? 寝ぼけているの?」
「寝ぼけてってお前———」
すると、今度はドタドタと走って来たお母様が、アタシの左側に来て、お父様からアタシの顔を奪って再びお母様の両手に包み込まれた。
「フレイ、フレイ!」
「え、ええっと、うん、フレイだよ」
「フレイ!」
「分かってるわよ」
「分かってないわ!」
受け答えが意味不明だ。どうしたのお母様、いつもちょっと説明不足だけど、今日はいつもに増して意味不明。
「アレス、フィリス。落ち着いてください。フレイがまるで状況を飲み込めていないではないですか」
「あ、ああ……それもそうだな……」
「でも! でもフレイが! フレイなの!」
「はいはいフィリスちゃん、分かったから落ち着きましょうねー」
サーリアが、お母様をこつんと叩いてアタシから引きはがす。お母様は恨めしそうに「うう〜」と言いながらアタシからずるずると離されていった。
そう思っていたら、エリゼ様が走ってやってきた。
「エリゼ様? どうしたんですか」
「だって、だってフレイが起きたんです! 私も行かなくちゃって……! ダニー君もずっと会いたがってましたし!」
ああ、そういえば魔術大会中は構ってあげられなかったな……。
「わかりました、大会中は行けず申し訳なかったです」
「ああいえ、そうじゃなくて……でも私から言うわけには……」
エリゼ様は、何か言いよどんでそのまま黙ってしまった。
「で、どういう状況なの?」
そもそも、アタシは確か……病室にいたはずだ。
「えーと、こういう状況なので、私から説明するね」
「うん、お願い。こういう時の二人ってアタシの両親ながらなんつーか呆れるぐらい全く頼りになんないからね」
「あはは、手加減してあげて……」
お父様とお母様が、同じようにうなだれていた。
「それでは質問です。今どれぐらいの日付でしょう」
「どれぐらい……って、魔術大会で病院入ったから、その翌日だよね?」
「2週間後です」
—————。
……2週、間?
「は!? 2週間!? 2週間ってことは」
「騎士学校の卒業式も終わってます」
「え、ええーーーーー!?」
さすがに衝撃だ。その間ずっと眠っていたのか。ということは……
「というわけで、お三方の驚きようも分かっていただけたと思います」
「……なるほどね……」
そう言うと、お母様が再びずずいと近くまで寄ってきた。
「そうなのよ〜! もう、フレイちゃんがこのまま目を覚まさなかったらと思うと、私、私……!」
お母様はそれを思い出したのか、涙を浮かべて肩を震わせ始めた。お父様がお母様の方へ行き、肩を抱く。お母様は、お父様の胸の中でくぐもった声で泣いていた。
今度はお父様がこちらに顔を向けた。
「不安なフィリスの震える体を止めるように毎日一緒にいたが、正直俺自身も不安で仕方がなかった。サーリアが治せなかった前例がなかったからな」
「……サーリアが?」
「魔術大会会場からの報告を聞いてから、サーリアを抱えて俺が馬で行って、病院で寝ているお前に回復魔術をかけたんだが……」
「……」
「お前は、全く目を覚まさなかった。サーリアは回復魔術が得意で、どんな重い怪我でも治せるほどの王国屈指の魔術師だ。だが……怪我は治ったのに、お前は目を覚ます気配が全くなくてな……。
少し強めに体を揺すっても、頬を張っても、お前はまるで死んでいるんじゃないかというぐらい、全く目を覚まさなかった……」
それは……不安になる。
「そして、部屋に連れ帰り、ベッドに寝かせていたが……その翌日も、翌々日も、お前は目を覚まさなかった。
昏睡状態の人間の話や、植物人間が年単位で寝ている話を思い出したから……俺自身もお前がたった2週間で目を覚ましてくれたことに、本当に安心しているよ……」
2週間……長かったようだけど、お父様とお母様、サーリアにとっては本当に「これで済んで良かった」と思えるほどの短期間なんだろう。
「……なあ。どうしても、聞きたいんだが」
「……」
「魔術大会、何があった?」
「……」
お母様も、お父様の胸から顔を出して、アタシの答えを待っている。
「俺が言うのも何だが、お前は剣士としても、魔術師としても、同年代ではもはや比較する者がいないほどに圧倒的に強い。3年前の時点で完成されていたといっていいほどに強かった」
「……」
「大会は、毎回一瞬で決着が付いて、相手はもはや棄権して、優勝間違いなしと言われていた」
「……」
「だというのに……決勝は一瞬で負けたと聞いた」
「……」
「負けたというだけならわかる……だが、あの瀕死の怪我は? あのサーリアが買ってきていた最も強力で頑丈な杖が粉々になっていたのは? あのフィリスから見ても無尽蔵だった魔力を消費し尽くして切り刻まれた服は?」
「お前は……決勝で、『何』と戦ったんだ?」
……お父様は……さすがにごまかせないか。
アタシは……お母様の方を向いた。
「……一言で言うとね。闇に囚われていた水と風の魔術師に負けたわ」
「……!」
「しかもね、最後に対戦相手が自力で闇の呪いを解いたらしくて、殺される寸前に風魔術で助けられた」
「……そんな……ことが……」
「今は……対戦相手に、感謝しているわ。あの人が自力であのドス黒い目を試合中に戻してくれなかったら、顔も分からないぐらいに潰れて即死していたから。
……はは、これ知ってるかな。魔術大会の円形のコロシアム会場って、上空から見たら少し歪んでいたのよ。片手で掴めるぐらい小さく見えたもの……」
「—————」
「話すことはそれぐらいよ」
さすがに皆、絶句している。
そりゃそうよね、本当に死ぬ寸前だったんだから。アタシだって思い出しただけで身がすくむというか、恐怖で震えが来てしまう。
でも、少し話すと気が楽になった……かな?
「まだだよ」
突然サーリアが口を開いた。
「まだ、言ってもらってない」
「どうしたサーリア。言ってない……って何がだ? 決勝の話はもうしてもらったはずだよな?」
お父様が口を挟む。尤もだ、話すことは話したはずだ。
「……約束したじゃない」
「約束……?」
「初日」
……。
……そうだった。約束していた。試合会場からの帰り、アタシはサーリアに……かなりひどい言葉を投げつけた。
「……そう、だったね……」
「約束、絶対守ってもらうから」
「うん」
「私、怒ってるんだからね」
「そう、だよね、ごめん」
「謝るぐらいなら話して」
アタシは一呼吸置いた。
「……じゃあ、この話は……お母様と、サーリアの、二人だけにしたい……」
「俺とエリゼは無理で、二人にか……理由を聞いてもいいか?」
「ん……魔術師として、かな」
「そうか…………よし、わかった! お前がそれで二人に話す気になるのなら、俺とエリゼは出ていこう」
「ごめんね、お父様。嫌ってるわけじゃないの。ただ、どうしても言いづらいというか……」
「ははは、今更なに言ってやがる。毎日剣を合わせてりゃ、そいつの内面ぐらい分かるってモンだ。
……お前は俺とフィリスの娘なのが信じられないぐらい真っ直ぐで芯が強い女に育ってるからな。父親としてはもっとわがまま言って振り回して欲しいぐらいだぜ」
「ふふ……ありがとう、お父様」
お父様は年齢を感じさせない若々しい表情で笑いながら、「じゃ、出ようか」「ええ」とエリゼ様とともに部屋から出て行った。
-
「……」
「……」
「……さて……と……」
言い出しづらい沈黙とともに、改めて二人を見る。
魔術師、というのはもちろん嘘も方便である。
……でも……言い出しづらい……。
「お母様」
「……うん」
「アタシは、初戦で、お母様からいただいた大切な、大切な魔力の泉を使って、相手を殺しかけてしまいました」
「……」
「威力が高くなった超級火魔術で、相手の事情も知らずに一方的に燃やして」
「……」
「その上で、まだ謝れてもいない」
「……」
「アタシ、こんなことのためにお母様から力を受け継いだんじゃないのに」
「……」
「……お母様の誇りの魔力を、穢してしました」
「……」
「ごめんなさい」
そう言って、頭を下げた。
「……」
「……」
「…………フレイ」
「……はい」
「バカにしないで」
……え?
「バカにしないでちょうだい」
信じられないぐらい、今まで聞いたこともないような硬い声が聞こえてきた。
アタシは、少し緊張して顔を上げて、お母様の顔を見た。
サーリアの驚愕した顔が視界の端に映り、お母様を見ると……その顔は……今まで見たことがない、本気の怒りの顔をしていた。
……なん……で?
「わかります」
「おか、あ、さま……」
「あなたが、今、嘘をついていることがわかります」
「なん、で」
「きっとあなたは、私が嘘の仮面を付けている時、こんな気分だったんでしょうね。なるほど確かに、これは本気で気分が悪い……ムカつきますね」
「———」
———ああ。
ばれている。
お母様に。アタシの嘘が、ばれていた。
「私はね、あなたの母親になると決めました」
「……」
「あの日、あなたの体に抱かれて」
「……」
「心から安心し、家族の愛を感じ」
「……」
「そして……情けなくて部屋に帰って再び泣きました」
「……」
「この世のどこに、初等部の娘に慰められる母親がいるのでしょう」
「……」
「だから、決めました。もう逃げません」
「……」
「…………本音を言うと、まだ少し怖いですが……」
「……お、かあ、さま……」
「でも、言います」
「———あの日。あの日あなたが、私に激昂したあの日。恐らく、初戦の相手は、その男の子だったんですね」
—————ああ……。
いつまでも子供っぽいと思っていたお母様が……ちゃんと、アタシの、お母様になっていた。
「……はい」
「やっぱり……。それは……つらかったね……」
「はい……」
「フレイは……きっと、悪くなかったんだよね……」
「いえ……悪かったの……」
「そんなこと……」
「悪かったの……アタシが、悪かったの!」
アタシは強い口調で言って、話を切った。再び沈黙が降りる。
「……お母様」
「うん」
「話す切っ掛けをくれてありがとう」
「うん、うん」
「さっきのお母様、かっこよかったよ」
「……ふふっ、よかった」
「お母様……サーリアと場所を代わって」
「……え?」
「サーリアと場所を代わって、そこで、話を聞いて」
「う、うん……」
「今から話すことは、サーリアに聞いて欲しいから」
「サーリアに……?」
「そう」
サーリアは、少し緊張した面持ちをしつつも……きっと、なんとなく予測しているんだろうな、と思えるような、覚悟のできている目をしていた。
「お母様、先に言っておくわ」
「うん」
「これからアタシは自分の話をしますが、多分……お母様の心を、関係ないけど折りに行くことになると思います」
「……え?」
「その覚悟を持って、そこにいてください」
「……え、ええ……」
「ああ、でも。お母様は何一つ悪くないし、サーリアとももう話が済んでいることなので、そこは分かっておいてください」
「なんだかよくわからないけど、わかったわ」
そう言って、お母様は離れた場所で椅子に座った。アタシはサーリアを見た。サーリアは……完全に、分かっている顔だ。
「大丈夫。フレイが受け止めてくれた分、ちゃーんと受け止めちゃうからね」
「ま、サーリアに言うわけじゃないけど、耐えてね」
「まかせて!」
サーリアは笑った。アタシは少し気持ちを落ち着けて……サーリアの目を見て、ぽつりぽつりと話し始めた。
「———アタシが一番愛されていると思っていた」
「お父様の特徴の何もかもを受け突いたアタシにとって、魔術はお母様との唯一の繋がりだった」
「……」
「アタシは、自分が魔術を使って死にそうになった時、魔術を教えてくれたお母様が、アタシに魔術を教えたことを後悔したと言った」
「……」
「親子の縁を切られたと思った」
「———ッ!」「続けて」
「ん……アタシは、魔術学園で必死に練習した。必死に練習したけど、結局平民相手に当たり散らす貴族の女でしかなかった。片っ端から喧嘩を仕掛けて、勝って、魔力切れ。結局魔力の制御なんて出来ないまま勝つから、何も好転しなかった」
「……」
「そこで、1位の……レナード……愛称は、リオ。リオと出会った」
「……リオ」「……」
「……喧嘩を売る形で、勝負を持ちかけた。リオは、圧倒的に強かった。2位以下を引き離す圧倒的な、お母様以上の風魔術。アタシは簡単に負けた」
「……」
「そんな一方的に喧嘩を売ったアタシに、リオは、魔術の制御を教えてくれた。それは、胸式呼吸を腹式呼吸に変えるだけだった。それだけで、アタシの魔力はすぐ回復するようになった」
「……」
「それから、ずっと魔力制御と、新しい魔術を教えてくれた。教えてくれたというより、アタシが毎日放課後に腕を持って引っ張り回した」
「……」
「2年間。アタシは強くなって……それと、その男の子はね、全く強くならなかった。アタシに全部の時間を使ってくれてた。どうしてここまでしてくれるのかと思った。ちょっとこれ愛されてるんじゃないのかって勘違いするぐらいね」
「……」
「アタシにとって、お母様との繋がりを確かなものにしてくれた救世主。たった一日でアタシを救ってしまった王子様」
「気がついたら、好きになっていた」
「別れの日。アタシに練習方法を教えてくれた。家の中で出来る練習方法。そうして、騎士学校へ行くことになった」
「……」
「騎士学校は。出会った男はガサツで、お前を守るとか言っておきながら、負けたら剣を置いたアタシに剣を振り上げるようなダサい男と、そいつより弱いヤツしかいなかった」
「……」
「リオみたいな人を、求めた。退屈だった。3年間、アタシは誰とも交際しなかったし、する気も起きなかった」
「魔術大会で……リオと再会した」
「……」
「かっこよかった。でかいアタシよりちょっと背は低かったけど、本当にかっこよくなっていた。アタシみたいな跳ねっ返りの口からじゃ直接伝えられないけど……もう、出会った瞬間には好きでたまらなかった」
「……」
「きっと、強くなっていると思った」
「……」
「全力で撃って……殺しかけた。彼がマジックシールドを発動していなかったら、確実に殺していた」
「……」
「アタシは、リオに、家での練習方法を教えてもらっていた。……2年間アタシに教えている間、どうしてリオも家でも練習できることを考えなかったのか。どうして放課後振り回すだけで伸び悩んでいたのか」
「……」
「アタシは……アタシだけは、ちょっと冷静になれば、彼がもう10歳の時点で成長が止まっていることに気づけていた」
「……」
「勝手に、ライバルだと思って舞い上がって、勝手に追いかけているつもりで強くなって……停滞していた彼を一方的に病院送りにして」
「……」
「だというのに、謝れていない」
「……」
「怖がられたから」
「……」
「アタシを見て、怯えたから。好きな男の子が。アタシを見て欲しかった男の子に、アタシを見せるのが怖いから」
「……」
「まだ……怖い。会えない。謝りに行くのが怖い」
「……」
「アタシは……今度あの顔をされると、多分本当に、自分で自分の命を絶つんじゃないかとさえ思う」
「……ッ!」「———」
「だから、アタシ、まだ、会わない……でも、いずれ、謝りたい……」
「……」
「……」「……」
「……でも……本当につらいのは……ここから……」
「ここ、から……」「……」
アタシは、サーリアの両肩に手を置いた。
サーリアが息を呑む音が聞こえてきた。
「アタシは、放課後リオを連れ回しながらも、昼休みに一緒にリオといる女の子のことを目で追っていたの」
「……」
「白い髪がふわふわした、天使のような女の子だった。多分、無意識のうちに嫉妬してアタシはじろじろ見ていたんだと思う」
「……」
「でも、結局。アタシはずっとリオを見ていて、その子のことは名前も知らないままなの。今もね」
「……」
「……」
「……」
「……アタシは……アタシは、自分がリオに一番愛されていると思っていた……!」
「魔術大会で、久々にあったその子は……王女様と同じ青い瞳! 聖女様のような白い髪! マルガ以上の美貌! お母様より大きな胸! そして……リオと横に並べるぐらいの、ちゃんと女の子らしい身長……!」
「あんなの……あんなの! アタシみたいなガサツででかくて筋肉質な女が逆立ちしたって勝てない……それだけでもキツイのに!」
「決勝で戦ったその子は! アタシの超級魔術を無詠唱初級魔術で消し飛ばした! 不利な風魔術の一撃でアタシは殺されかけた! アタシの唯一の取り柄だと思い込んでいた魔力でさえ……強さでさえ絶望的すぎる実力差だった!」
「えっ……!」「そんな……」
「初恋のライバルで容姿で勝てない子が、よりによってアタシが魔術で唯一勝てない子だった! こんなの! 何も勝てる要素がない!
2年間一緒にいたアタシだからわかる! 間違いなくリオに教えてもらっている! あの強さはそれしかありえない!」
「アタシが一番愛されていると思い込んでいた……!」
「2年間振り回して、勝手に一番になったと舞い上がって……! アタシが編入した時点であの子はアタシと出会う前に4年間同じ事をしていた! アタシが出て行った後は3年間していた!」
「最初からアタシは一番じゃなかった……!」
「……しかも……その子は……! 恐らく一回戦でアタシの暴挙を見て心を闇に染めたのに……! 最後の決勝で、自分で闇を振り払って、アタシを助けた……!
アタシは嫉妬でリオに近づくあの子を睨んでいたというのに! そのボーイフレンドを殺しかけたアタシの身を案じて……!」
「もう、性格も負けている……! あんな、あんな心まで綺麗な子、恨めるわけないじゃない……!」
「2週間も経ったら、リオは退院している! 一番の、その子と一緒に!
反則の魔術で病院送りにしたアタシを、ぶっ倒して仇を取った子……!」
「サーリア! アタシ、あんたに言葉をぶつけてもらった日!」
「……」「……うん」
「わかったつもりでいた! 身を引いた話! 勝手に分かったつもりでいた! ごめんなさい……!」
「……!」「……」
「一番になれないのが! 好きな人の一番になれないのがこんなにつらいなんて……!」
「サー、リア……あなた……」「……」
「ごめんなさい! アタシは何もわかってなかった! 諦めること! 諦めなければならないこと! 相手のことを考えたら諦めるしか状況がないこと!」
「ああ…あ………」「………………」
「それが身を引き裂かれるほどこんなにつらいなんて、知らなかった!」
「ごめんなさい! 分かった気になっていてごめんなさい! 怪我して心配かけてごめんなさい! 回復してもらったのに敗北感に囚われて起きれなくてごめんなさい! あのとき酷いこと言ってごめんなさい……! せっかくアタシのために大会を調べてくれたのに惨めに負けてごめんなさい……もらった杖を粉々にしてしまって……」
「もういい! もういいよ……! もう、いいんだよ……」
「……っ……うわぁぁああああん! アダシ、アタシぐやじいよ……! なんで、なんでアタシの相手があんなにデタラメに強いのよぉ……! どうして何も勝てる要素がないようなのが相手なの、ア、タシが、何をしたって、いうのよ……! ひっぐ、う、うええぇぇぇん……」
「フレイはっ……グスッ……悪くない……悪くないから……!」
アタシは、サーリアを抱きしめて、大声で泣いた。サーリアも一緒に泣いてくれた。今日が一番泣いた日になった。
————。
———永遠に続きそうな涙の雨も、やがて晴れる時が来て。
「っはー! 泣いた泣いた! 付き合わせちゃってごめんね! もう、大丈夫」
「ほんとに? フレイってば空元気じゃなくて?」
「んー、ギリギリ惜しかったらもっと悔しがったんだけどねー。あそこまで圧倒的なのがライバルだったら、逆にスッキリ諦めがつくというか」
「そう。フレイがそう言うのなら、わかった!」
アタシは、言っちゃって、泣いちゃって、スッキリしていた。サーリアが一緒に泣いてくれたから、二倍スッキリしたかな?
と、そこで、問題の人物がいた。
「……」
「あ〜、ほらぁ結局この人まだ心折れてる」
「フィリスちゃーん、そろそろ起きてねー?」
肝心のお母様が、やっぱりというか、立ち直れていなかった。顔を手で覆っている。
「えーっと、フィリスちゃん?」
「……ごめんなさい」
「それね、15年前に聞いたから今更いいんだって」
「でも、納得してなかったんだよね……」
「うーん、まあ、そうだね!」
サーリアはあっさり言い放ち、まだ少し憔悴した顔のお母様がサーリアを見る。
「でもねー」
「……?」
「フレイが受け止めちゃったから」
「フレイ、が……?」
「うん。改めて思うと、跡継ぎじゃないからハーフエルフが救えない、身を引いた意味がないなんてのを出生を選べない娘に責めるなんてほんとどうかしてた」
「……」
「そんな愚痴を聞かせてって言われて。受け止めてもらって。それだけで、私はかなり救われたのに」
「……」
「だというのに……そもそもハーフエルフ自体をあの1件でフレイが完璧に救っちゃったからね。公国と帝国で野良のハーフエルフ全員こっち来ちゃったぐらい。
だから、まあ男子が生まれるより成功しちゃって、私たちハーフエルフにとっては夢のような国となっちゃった今となっては、ほんとフレイを生んでくれてありがとうと言うしかないよ」
「……ふふ、そっか」
「そういうこと」
ようやく笑ったお母様。やっぱりお母様の表情が暗いとそれだけでつらいし、普段笑ってる顔ばかりだから安堵する。
ここでアタシはふと疑問を思いつく。
「今思ったんだけどさ」
「ん?」
「跡継ぎ問題とハーフエルフ問題が解消したなら、サーリアがお父様の側室になればいいんじゃないの?」
「……それは、ちょっとまだやりたくないかな?」
「なんで?」
「私の子供がクォーターになって、そっちが活躍するのはきっとまだ難しいし、活躍したらしたでワンエイスとワンシクスティーンスのインパクトも薄れるし。
まあなんといってもアレスがフィリスちゃんを救いたいわけだから……結果的に難しくなりそうかなあって」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの」
アタシは、さらっと流したサーリアの発言を、聞き逃さなかった。
「ふふっ」
「……どうしたの、フレイ?」
「今、『まだ』って言ったよね」
「———あ……っ!」
サーリアが顔を赤くする。これは、まだ諦めてないわね!
「ハーフエルフ全体を救うとかピンとこなかったし、家族以外にがんばろうって気にはなんなかったけど、そうね……サーリアのために、救国の英雄とやらになってみようかな?」
「え、えええ?」
「元はと言えばお父様が悪いんだし」
「えええええ!?」
「事実よ」
「わかる」
「うえっフィリスちゃん!?」
お母様が乗ってきた。
「甲斐性ないわよね、ばかアレス父様」
「今日無茶苦茶言うね!?」
「客観的事実よサーリア」
「そうよサーリア」
「誰かこの会話止めて!」
お母様がノリノリで便乗してくる。やばいこれ楽しい。
言いたい放題言ったけど、お父様の気持ちはわかる。なんてったってそれをしないと、お母様が救われないのだ。ハーフエルフから見ても珍しいものとして見られるであろう特殊すぎるお母様。そのお母様に惚れちゃったお父様。
アタシ自身、お母様を救いたい。母親だからってのもあるけど、なんてんだろ、やっぱりパパの子なのかな、このフィリスって一人の可愛らしい女性がどうしようもなくほっとけないのだ。
アタシが英雄になれば、お母様は英雄の母のワンエイスとして、誇り高い一つの種になるだろう。クォーターなんて、珍しくもなんともなくなる。
「お父様の壮大な計画だけど、なんかアタシ、実現できそうな気がしてきたから」
「いけるいける! フレイちゃんなら余裕で国の二つや三つ救えるわ!」
「任せなさい! さくっとSランク? とやらになってちゃちゃっと英雄になってくるわ!」
「きゃーっフレイちゃんかっこいいー!」
お母様はとっても楽しそうだ。サーリアは赤面しつつ頭を抱えて、小声で「ダメそう……」とか言ってる。
アタシはとりあえず、なんだか溜め込んだものも全部出せたし、目的もしっかり持てたし、今とても良い気分だ。今日はお母様とサーリアには心の中まで大分助けてもらっちゃったな。
それに……お母様がお母様らしくなったところが見られて、ほんとに嬉しい。やっぱりお母様は、アタシの憧れのお母様だ。
「ちょっと体動かしてくる!」
「あっ、まだ起きたばかりなので気をつけてね」
「へーきへーき、なまっちゃっていけないわ!」
そう言って、アタシは部屋を出た。いつもの服、いつもの木剣。アタシの日常が戻ってきた。久々に動かす体は重かったけど、心は今までになく軽かった。だから、体を動かしたくてたまらなかったのだ。まだまだ先は長いけど、きっとできる。
すっかり晴れた青空のもと、アタシは今日もお父様と剣術訓練をしようと決めたのだった。
これにてフレイちゃんを沈めるのは一旦終了予定




