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黒騎士 戦う

 空気が響き、地面が大きく揺れる。


「……?」


 森の奥から再び鳥たちが飛び立ち、鹿や栗鼠などの動物たちが飛ぶように走っているのが見えた。なにかから逃げるように。


 木が打ち倒されるメキメキという音が響き、巨大な咆哮が空気を震わせる。


 髭の隊長さんは言っていた、今の季節は魔物の目撃情報が多いと数年に一度郷に侵入されると。前回の侵入がいつだったのか、私は知らない。


 でも去年魔物の侵入があったから、今年と来年は安全だというわけじゃない。魔のものやドラゴンたちは、人間の理とは全く違う理で生きているのだ……毎日のように侵入されてもおかしくはない。


 地響きと咆哮が続き、徐々にこちらへ近付いて来ている。


「逃げてっ!」


 掃除をしている老人とお孫さんに向かって叫ぶと、私は地面に美しく装飾されているモザイクタイルに向かって火薬玉の入った袋を投げ付けた。


 バシッという火薬の弾ける音が響き、黄色味がかった煙がたち上る。この煙を見た警備隊がすぐに駆けつけてくれるはずだ。


 けれど問題もある、それはこの場所が郷で一番奥まった場所であること。郷の正面入り口近くにある警備隊詰め所から、ここまで駆けつけるのにほどほどの時間が必要だ。

 それに、足腰の弱ったご老人が逃げるには時間が必要。


 私が黒騎士として現役だったのなら、イノシシやヘビやクマといった魔獣を相手に戦うことは問題がない。けれど、今の私は動きが鈍った体を抱えて、武装もない状態なのだ。


 ご老人とお孫さんが咆哮や森から聞こえる破裂音に驚きながらも、公園から出て行くのが横目に見えた。それとほぼ同時に、森と郷の境界に設置されていた数個の魔獣避けのランタンが火花を散らして割れた。


 鼓膜を破らんばかりに響かせる咆哮と共に木をなぎ倒しながら現れたのは、巨大なクマ型魔獣。鋭くて長い爪を持ち、前足の腕部分には爪が変化して出来た手甲のような装甲を纏っている。


 黒騎士として現役時代に何度も遭遇した魔獣で、装甲と硬い毛皮と分厚い脂肪を持って打撃は余り効果がなく、魔法攻撃の方が効く。

 重たい体の割りに素早く動き、年齢を重ねると炎を吐くようにもなる山岳地域に生息する魔獣。


 現役時代だったのなら、そう手こずるような魔獣ではない。けれども、今の私にとっては強敵だ。


 怪我と毒による痺れと麻痺で上手く動かない手足。

 許容量を大幅に超えて使い続けた魔法のせいで、魔術回路は焼き付いて発動に際してひりつくような痛みを感じ、尚且つ威力が低い。


 極めつけに、私は武器をなにも持っていない。持っているのは、私を支える杖のみ。なんの飾りもない棒きれのような杖。


 郷の敷地に入り込んだ魔獣はぐるぐると地響きのような唸り声をあげ、私と貴族街へと続く通路に視線を向けた。


 なんにせよ、この魔獣を貴族街へ行かせるわけにはいかない。赤騎士たちが到着するまで、この公園に足止めするか仕留めてしまわなくてはいけない。


 貴族街へ続く道を封鎖するように、私は立ち塞がった。


 メアリさんには魔法は使うな、と言われている。でも、そんな場合じゃない。


 身体強化の魔法で動きの悪い手足を強引に動かせるようにし、手の中にある杖に属性である地成長活性の魔法を流し込む。


 切り倒され、杖に加工されてしまった木に再び命が吹き込まれる。その杖を地面に思い切り突き刺せば、淡い緑色に光る魔方陣が地面に広がった。


 普通なら魔法を使っても違和感のひとつも感じない。

 血管の中を血液が流れるように、魔力回路の中を魔力が巡るのは自然なこと。血液と違うのは、魔力の流れは自分で制御出来る部分だ。


 杖から木へ再生された元杖はその根を勢いよく伸ばし、地面からタイルを突き破り、後ろ足で立ち上がり吠える熊型魔獣へと絡みついた。そのまま足から胴体に向かって根を伸ばし、締め上げ動きを止めようと成長を続ける。


「……ううっ」


 絡みつく根を引き千切ろうと、魔獣は暴れる。それを阻止し絞め殺そうと木の根は成長する……私の魔力が続く限り。


 私の焼き付いた魔力回路はすでにはち切れそうで、魔力の流れる腕や手指は焼けるように痛む。けれど、足が思うように動かない私には、戦う手段が魔法しかない。


 暴れる魔獣によって、美しく設えられた噴水公園は無残な姿になっていく。


 この地方に伝わるとか言う、妖精伝説をモチーフにして作られたモザイクタイルの通路は跡形もなく割れて飛び散り、噴水と通路を囲むように設えられた寄せ植え花壇も砕けてしまっている。


 中心に設えた噴水はまだ残っているけど、ヒビが入って傾いているのが分かる。


 仕方のないこととは言っても、お祭り直前にこの荒れっぷりはこの郷の住人ではない私にとっても残念に思えた。


 クマ型魔獣が一際大きな咆哮をあげる。


 大きく体を震わせる魔獣の体に木の根をより巻き付かせ、強く締め上げそのまま絞め殺そうと魔力を多く流した。元杖を握る手指に鋭い痛みが走り、左手中指の爪が縦に割り裂けて血が噴き出した。


「うぐぐぐ」


 痛い。シンプルに痛い。正直やめたい。

 でも、ここで私が引くことは郷の中心へこの魔獣を招き入れることになる。それはまずい。


「……リィナ!」


 背後にある貴族街へ続く道の方から私の名前を呼ぶ声と、バタバタと走ってくる音が聞こえた。声の主は髭の隊長だ。


 赤騎士が来てくれた、その安堵からか自然に杖に流す魔力を弱めてしまった。それと同時に「わああああああああ!」という悲鳴があがる。どうやら隊長と一緒に来た見習い従士くんの悲鳴らしい、初めて魔獣を見たのなら悲鳴もあがるだろう。


 その悲鳴に刺激されたのか、クマ型魔獣は大きく腕を振り自分を傷付けながら木の根を引き裂いた。バキバキと生木の裂ける音が響く。


「……っう!」


 魔力放出の衝撃で左手人差し指の爪が裂け新しい血を流しながら、元杖に流れた魔力から新しく生えた木の根が魔獣の目に突き刺さる。


 魔獣の青黒い血が噴き出し、痛みで暴れる魔獣を抑えきれなくなってきたとき、黒い影が横薙ぎに走った。


「え……」


「なに?!」


 クマ型魔獣の首が横に飛んでいた。

お読み下さりありがとうございます。

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