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黒騎士 乙女にアドバイスする

 あっけにとられていたローナちゃんと私が復活出来るまで、数分の時間が必要だった。けれど、私たちは現実にちゃんと帰って来られた。


「なんだったのかしら?」


「お嬢様にはお嬢様なりの苦労があるってこと、かな」


 ふたりでパトリシアお嬢様にご馳走して貰ったお茶の残りを飲んだ。温かくて、甘くて、でもスパイシーなお茶はお嬢様みたいだ。


 お茶の入っていたカップを屋台に返却して、私たちは平民街の方へ向かう。貴族街にある貴族様専用ホテルやレストランとは違って、落ち着いて暖かみのあるホテルやレストランが並ぶ。


 更にその奥、この温泉郷で暮らしている人達の生活地域がある。昔からこの郷で生活している人達の家や、他の街出身のホテルで働いている従業員の寮や集合住宅、地元民用の食堂に食料品や雑貨を扱う店などだ。


 私は生活地域に入ってすぐの集合住宅の一室に暮らしている。ローナちゃんはもう少し入った所にある、赤騎士用の家族宿舎にお兄さんと暮らしている。


 私たちが向かうのは生活地域の一番奥にある薬店だ。メアリという名のお婆さんが営む薬屋さんで、薬と生薬を使った化粧品なんかを扱っている。


 ドアを開ければ、木製のドアベルがポコンポコンと優しい音を立てた。


 ローナちゃんは咳を止めるお薬、私は手足の引き攣れを解消するクリームと、体内に残った毒成分を排出するものと、魔力焼を治療する飲み薬を作って貰っているのだ。このクリームと飲み薬のお陰で、私の傷んだ体も少しマシになった気がする。


「メアリさーん、こんにちは。いつものお薬お願いします」


「メアリお婆ちゃん、私の分も」


 薄暗くて、天井からは干した薬草が吊り下がっていて独特の匂いのする店内。壁に設置された棚にはトカゲっぽいものや、虫っぽいものも並んでいて……まあ、不気味な感じがする。

 でも、用意される薬は効果抜群なのだから、多少の不気味さや匂いは我慢だ。


「……はいよ、用意するから待ってな」


 カウンターの奥で薬を調合していたらしいメアリさんは、私たちの姿を確認すると準備を始めてくれた。私たちは店内の隅に用意されている椅子に並んで座る。こうやって座って、薬の出来上がりを待つのももう慣れたものだ。


「…………さっきの話しなんだけどね」


 切り出すと、ローナちゃんは体を硬くして息を呑んだ。


「春にここに来たってことは、半年くらいになるよね。で、今になってアレクさんの恋愛事情に気が付いたのはどうして?」


「あ……この間、お弁当を届けに詰め所に行ったの。そこで、兄さんと同僚の人が話してるの聞いちゃって……恋人と別れて、ここに来たのかって兄さんに言ってたの」


「ああ、そういうことか。それで、そう言われたら恋人さんがいたな、とか結婚してもおかしくない年齢だなとか考えちゃった?」


 首を縦に振って、ローナちゃんは俯いた。


「そうかー。私としてはそれが事実だったとしても、アレクさんと恋人さんが納得して決めたことならローナちゃんが気にすることじゃないと思うよ? でも、ちゃんとアレクさんに確認してみたらどうかな」


「確認?」


「うん。だって、その話しはお弁当を届けた時に聞いちゃったものでしょう? 聞き違えたかもしれないし、同僚さんの言ったことに対してアレクさんがなんて答えようとしてたのかも分からない。大事なことなら、ちゃんと本人に確認しなくちゃ駄目だよ」


 ちょっと説教臭いことを言ってるな、と自分でも思ったけれどちゃんと本人に話しを聞いて、確認することは大事なことだろう。騎士団でも報告・連絡は大事なことだと教えて貰った。


「そうだよ、ローナ。大事なことは、ちゃんと自分の目と耳で確認しなくちゃいけない。他人の言うこと、聞きかじったことなんかに惑わされたらいけない。アンタにとって大事な相手のことなら尚更ね」


 メアリさんはそう言って、ローナちゃん用の咳止め薬が入った袋をカウンターに置いた。


「……うん、分かった」


「最近はちゃんと運動もしているし、薬もきちんと飲んでいるらしいじゃないか。偉いよ、もう少し時間はかかるかもしれないが良くなるから」


 薬の入った袋を受け取ったローナちゃんに、メアリさんは「薬を飲んだ後に舐めな」とオレンジ味の飴の入った缶を渡していた。メアリさんの薬は良く効くけれど、味に難があるのだ。薬を飲んだ後の口直しにお茶や飴、蜂蜜などは欠かせない。


「こんにちはー。ローナ、来てますか……っていたいた、良かった」


 ローナちゃんのお兄さん、アレクさんが丁度のタイミングで迎えに来てくれた。今日は早番だったみたいだ。


「兄さん! お仕事終わったの?」


「ああ、終わったし、明日は休みだから。薬はもう貰ったんだな?」


「うん」


 アレクさんは薬代をカウンターに置くと、ローナちゃんと手を繋いだ。ご両親を亡くして、ふたりだけの家族であるふたりにある絆は強い。お互いを大事にしていることがいつも感じられる。


「リィナ、色々とありがとう。お陰でローナが運動するようになってくれたし、安心だ」


「いいえ。私もローナちゃんが一緒に歩いてくれるから、楽しいよ。ローナちゃん、またね」


 小さく手を振って、兄妹を見送る。


 呼吸器の病気であるローナちゃんには、適度な運動が必要なんだそう。私が遊歩道の魔獣避けランタンに魔力を補給するとき、ローナちゃんが一緒に歩いてくれるのだ。

 ローナちゃんは運動が出来て、私は楽しく仕事が出来るという、双方に利のある関係というやつだ。


「……さて、リィナはこっちに来な。傷の様子を見せてごらん」


 どこかニヤリとした笑顔に、私は「はひっ」と妙な返事をしていた。

お読み下さりありがとうございます!

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