黒騎士 目を覚ます
瞼をあけると世界がぼやけて見えた。
何度か瞬きを繰り返すのだけれど、一向にピントの合う気配が無い。世界は酷くぼやけていて、大まかな色と明るいか暗いかしか分からない。
「ああ、グランウェル様! お目覚めになられたのですね! ここは病院です、安心して下さい」
ベッドに横になっている私を覗き込んでいる白っぽい服を着た女性は、病院の看護師さんらしい。どんな顔をしているのかは分からないが、声からしてまだ若そうだ。
「……」
言葉を掛けようとしたのだけれど、口から出るのは掠れた吐息ばかり。声が出ない。
「無理にお話しないで大丈夫ですよ。すぐに先生を呼んで来ますから」
急いで病室を出て行くぼやけた彼女の背中を見送ってから、ゆっくりと腕を動かす。両手はまばらに白いので包帯に覆われているのだろう、両方とも感覚は酷く鈍いけれど、指の先まで動くのは左だけ。足も左足は指の先まで動く、が右足は動かない。
どうやら右半身の損傷が激しいようだ。
少し体の様子を確認しただけなのに、もう疲れてしまったようで瞼が重く落ちてくる。堪えきれず目を閉じれば、誰かが部屋に入って来る音が響いた。
「……グランウェル様、リィナ・グランウェル様。お目覚めになられて良かった。あなたは五日、意識が戻らなかったのですよ」
声からさっするに中年以上だろう魔法医師はベッドの横に立つと、なにかをパラパラと捲った。カルテだろうか。
「ご気分は如何ですか? それと、どこか痛みが非常に強い所がある、または全く感覚が無い所があるとか……」
小さな身振り手振りで声が出ないことを伝える。
「では、こちらの質問に『はい』なら私の手を一回、『いいえ』なら二回叩いて下さい。どちらでもない、分からないなら三回で」
『はい』 左人差し指で医師の手を一回突く。
「私の声が聞こえていますか?」
『はい』 一回突く。
「目は見えていますか?」
『どちらでもない』 三回突く。
「……私の指を目で追いかけて下さい」
ぼんやりとした視界にブレブレに見える肌色、それを右に左に目で追いかける。
「ぼやけて見えているのですか?」
『はい』 一回突く。
その後も質問は続き、右手と右足が動かないこと、感覚が鈍いことなどを訴えた。それだけを伝えるのにも一苦労だ、言葉を話せるってとても大事なことなんだと改めて感じる。
「さて、黒騎士リィナ・グランウェル様。あなたはご自身がここに運び込まれた経緯をどれだけ覚えておられるか分かりません。ですので、こちらが把握している部分のみになりますが、ご説明させて頂きます」
正直な所、まだ記憶がはっきりしないので状況説明がありがたい。私は定まらない視線を医師に向けて頷いた。
「あなた様はここから東にある深淵の渓谷に現れたドラゴンと対峙され、そのドラゴンを見事討ち取られた。ですが、同時に重傷を負われました。砦付きの青騎士たちが傷付き、意識のないあなた様を回収し、回復魔法を掛けながらここへ搬送してきたのです」
説明を受ければ、徐々に記憶が戻って来る。
黒っぽいような深い紫色のような鱗に覆われて、頭に羊のような大きく巻いた角を二本持った大きなドラゴンだった。前足は小さくて攻撃には使ってこなかった、けれどトゲトゲしい針に覆われた尻尾を振り回し、たっぷり毒を含んだブレスを吐いて飛び回ってくれた。
私には討ち取った記憶がないが、そいつをちゃんと倒すことが出来たらしい。
東の渓谷から最寄りの街までは案外距離が違い、途中に騎士団の詰める砦はあるけれど、無事に倒せて本当に良かった。
因みにドラゴンの解体処理は青騎士たちが総出で当たってくれたとのことで、感謝しかない。
「グランウェル様、あなた様は死にかけてらしたのですよ? ドラゴンの毒をたっぷり浴びて、裂傷も酷いものでした。ここに運び込まれる間、砦の白魔法使い三人が魔力回復薬を飲みながら、交代で傷を塞ぎ毒の回りを遅め、解毒を試みていたのです」
それは……それは大変申し訳ないことをしてしまった。
動けるようになったら、なにかお礼をしなければいけない。
「お陰で命は助かり、裂傷は殆ど回復しております。問題は……毒による症状です。目がよく見えない、声が出ない、右半身が動かないのは毒によるものとお考え下さい」
頷くと、医師は私の左手に優しく触れた。
「ともかく、生き延びて下さって良かったです。今後は解毒の治療を中心に施術して参ります、まずはゆっくりお休み下さい」
私は医師の手を一回突くと、目を閉じた。
あっという間に体がベッドマットに引き込まれるように意識が落ちていく。真っ暗だけれど、温かい闇の中へ。
ありがとうございました!




