喜びの宴
光が消えて、そっとてのひらに視線を落としてみる。
身体に変化はない。
だけど。私の中に、いると感じる。
__いつでも呼んで。
__君の力になるよ。
__君の力になるよ……
ヤマトの声が頭の中で聞こえるように。
炎の精霊達の声が頭の中で優しく響いた。
「何が、どうなってるの……」
__炎の精霊が、お主に応えたのだ。
「応えた?」
__今此処に、炎の精霊の加護を得たという事だ。
「加護を、得た?」
私の目の前で燃え上がる焚火の中に、精霊の姿はもうない。
静かな炎の揺らめきだけが見える。
でも、一緒にいると感じるこの、感覚。
「巫女様!!」
「アスカっ!!」
ガシッ! と正面から肩を掴まれて、ハッとする。目の前にはミカンの顔があった。
「あ……ミカン……」
「何が起きたのですか!? 何をなされたのです!!」
オスカーさんもテオも、従者もモルモットも、皆が私を取り囲んだ。
皆が真剣な顔をして見つめる中、どう答えたものか悩み、
「良く分からない。ははっ」
結果、笑って誤魔化してみた。
____愚か者が。
「良く分からないって……気が付いたら、巫女様の周りが紅く光っておられたのです。此処にいる者全員が見たのですよ。あれは、なんですか?」
「えーと。焚火の中に炎の精霊がいてね、お願いしたら加護くれたみたい」
そう言うと、私が巫女の器だと知る人間は驚愕に目を見開いた。
モルモットと従者達は首を傾げている。
何を言っとるんだ? とモルモットがトキをつかまえて問いただしていた。
「炎の精霊って……」
テオが愕然とした表情で呟き、オスカーさんは、ハッとしたように私の前に進み出た。
「事実か」
「多分。そうだと思います。私も加護、貰ったの初めてなので自分でもよく分からないんですけど。ヤマトがそう言ってるので」
オスカーさんの視線がヤマトに注がれる。
オスカーさんは暫くそのまま考え込むような素振りを見せ、徐にその場の皆を振り向いた。
「皆、よく聞け。これからこの場にいる者に重大な話をする。しかし決して他言してはならない。よいな」
ミカンやテオは、オスカーさんが何を言おうとしているのか悟ったみたいだった。
強く頷き、私の隣に並び立つ。
その様子に唯ならぬ雰囲気を感じたのか、領主一行も固唾を飲んでオスカーさんの言葉を待った。
「ここに居られる立花朱鳥殿は、まだ承認こそされていないが、あの時見の巫女様が予言なされた次世代の巫女様である」
ざわっ、皆の中に静かに動揺が生まれた。
巫女様……誰かがそう呟く。
オスカーさんは構わず話を続けた。
「今此処で起きた事も、それ故の事だろう。我々は巫女様が承認を受けるまで、この事を隠匿する必要がある。なぜか分かるか」
隠匿って隠すって事よね?
巫女が現れるのは、皆が心待ちにしていた事なんでしょう? なぜ隠す必要があるの?
だけど、その意味が分からなかったのは、どうやら私だけのようだった。
「巫女様をお護りする為、ですな?」
厳しい目つきでそう問いかけたのは、モルモットだった。
護る? なんで? 誰から?
「そうだ。承認を受けていない巫女が現れたとなれば、どこの輩が巫女様を狙うか分からん。
下手をすれば、他国からも手が伸びるだろう。その事を皆重々心に留め、他言せぬよう努めるのだ。よいな」
オスカーさんがそう言うと一同が力強く頷いた。
トキもその中にいて、力強く頷いたのが見えた。
他国からも手が伸びる? 狙われる?
いきなり物騒な気配を匂わせたオスカーさんの言葉に、不安になって顔をしかめた私に、ミカンが気がついて声をかけてくれた。
「巫女様。心配なさらなくても大丈夫です。
このアイゼン国の民は皆、長い事巫女様の出現を待ち侘びていたのです。その彼らが、巫女様を害そうとする筈が御座いません。
オスカー様は万が一の事を考えて、ああ仰ったのだと思います」
そう言って優しく笑いかける。
その言葉を聞いていたテオも頷いた。
「そうだぜ。何も心配いらねぇって。俺達も付いてるしな。でも俺さあ。実は今すっげぇ感動してる! あれが加護ってヤツなんだな! 初めて見たよ。本当に凄かった!」
にかっとテオが笑うと、その場の空気が和んだ。
張り詰めていた緊張感が解けて、領主一行も本当に凄かった、輝いてた、と笑顔で口々に感想を話し始める。
「うん。私が一番驚いてるけどね。まさかこんな所で加護を貰えるなんてね」
誰が昼食の準備中に精霊の加護を貰えると思うのよ。どんなタイミングなのよ、これ。
「なあなあ、加護貰ったら何が出来るんだ?」
「知らない」
「知らないってお前……まあ、アスカらしいけどよ」
呆れ顔でそう言って、テオはまた笑った。領主一行も皆楽しそうに笑っていた。オスカーさんから怖い話を聞いたと思って不安になっていた私は、みんなの笑顔に拍子抜けしてしまう。
「嬉しいんだよ、きっと」
そう呟くように言ったのはトキだった。
いつの間にか私の隣に来て、きゅっと手を握る。
「そう、なの?」
「うん。みんな本当に巫女様の事待ってたんだ」
600年。
それは、私も想像がつかない長い時間。
それでも、ここの人達は巫女を待ち続けていた。
不思議だった。なぜこの国の人は、そんなに信じ続ける事が出来たのかと。
600年もあったら期待なんて薄れてしまう。
時見の巫女の伝承を手にしていたユリウスや、その伝承の存在を知るアイゼン国の上層部が次世代の巫女の出現を信じるのならば分かる。
だけど遠方の領主やその従者まで、巫女の出現を今も尚、信じて待ち続けていた。
それほど巫女の存在というのは大きいのかな。
でも、まあ。
「皆が喜んでるなら、それで良いわね! さあ、お腹空いたわ。ご飯にしましょう!」
私が張り切って声を出すと、皆が笑った。
従者がシチューを作ってくれて、皆でそれを取り囲み、談話しながら昼食を摂る。
そのシチューには少ししかお肉は入っていなかったけど、とても美味しくて、私は鍋の中身がなくなるまでおかわりをした。
その側では何事もなかったように、ヤマトがよそられたシチューを舐めながら食べている。
草原にみんなの笑い声を乗せて和やかな風が吹く。
その心地よい空気に包まれながら、私は思った。
ヤマトって猫舌じゃないんだ、と。




